未亡人ディアナの療養生活
ディアナが目を覚ましてから数週間。
ディアナは、ベッドの上で一日のうちのほとんどの時間を過ごしていた。
三ヶ月もの間、意識がなかったために筋力も体力落ちていて、本当に少しずつしか動けなかったのだ。
主治医であるラウラも、徐々にでいいというのでディアナは安心して怠惰な生活を送っていた。
フィリプはずっと一緒に過ごしたがっていたが、仕方なく書斎で商社の仕事をしていた。
ディアナの意識がない3か月の間、クーデターの後始末が済んでからはフィリプは家からほとんど出ない生活をしていたらしい。基本的には秘書や部下に仕事を振り、どうしてもフィリプがやる必要があるものは秘書が自宅まで持ってきていた。
フィリプも安心したのか、それとも、もうどうにもならないくらい仕事が溜まっていたのか、ディアナの意識が戻ってからは自宅の書斎にこもって仕事をし、休憩がてら合間にディアナに会いに来るようになった。
それを可能にしている秘書の努力に、ディアナは感嘆した。
見舞客も来てくれた。
最初に来たのは、ヘレナだった。
部屋に入ってきて、ディアナと目が合うなり、ヘレナは声をあげて泣いた。
「ディアナさん、よかったわ、目を覚まして……!」
おいおいと泣くヘレナに、ディアナは申し訳なくてたまらなくなった。
「ごめんなさい、ヘレナ先生。勝手にラダイアを飛び出して……」
「本当に、本当にどれほど心配したことか……!
夕食の時間にいなくて、ホテルの受付でディアナさんをみなかったか尋ねたら、『王都へ行った』と聞いたときの私の気持ちを考えたことはあって!?
しかも、その後、王都で旧王朝派のクーデターが起きたと聞いたときは、もう……!!
でも、本当に、生きていてよかったわぁっ……!!」
ヘレナに抱きしめられ、ディアナも抱きしめ返した。
目を覚まして割とすぐに、モニカにも同じことで怒られた。
あのときディアナは、行先は伝言を残してきたから大丈夫、と思っていたが、逆の立場だったらそんなわけないことが今となったらよくわかる。
とにかくあのときは、フィリプのことが心配で頭が一杯だったのだ。
ディアナを抱きしめたままわんわん泣くヘレナ。
徐々に抱きしめる腕に力が入ってきたので、ディアナはヘレナの背中をぽんぽん叩いて、いたいです、と伝える。
ディアナとしては王都に戻ってから市庁舎での話もしたかったが、ヘレナはその後すぐに帰ってしまった。
フィリプやラウラから『体調のことを考えて、面会時間は5分』との厳命があったらしい。
あとからフィリプにそう聞いて、ディアナは、過保護すぎるわ、と唇を尖らせた。
それでもヘレナはほとんど毎日のように会いに来てくれた。
そのおかげもあってか、毎日少しずつ会える時間が長くなっていった。
マティアシュもセリヴォーンからはるばる見舞いに来た。
「大変だったね!」
と明るく言って部屋に入ってきて、声がデカすぎるとラウラにぽかっと殴られていた。
ディアナの見舞いに来つつ、ラウラに資料を届け、フィリプとも魔法談義をしに来たようだ。
ディアナの面会時間は1日5分程度だったが、ペトラーチェク邸にかれこれ一週間くらいは滞在して王都を満喫していたようだ。
帰る頃には
「また来るね。またセリヴォーンにも来てね」
とからっと笑って帰って行った。
騒がしいけれど明るくて、一緒にいると元気が出る人だ。
ディアナが何の気なしにラウラに対してそういうと、ラウラは目を丸くして、首を傾げ、確かにな、とつぶやいていた。
マティアシュがセリヴォーンに帰る頃には、時計工房ノヴァークの職人クリシュトフがやってきた。
ディアナが意識を失っていた三ヶ月の間も何度も何度も見舞いに来てくれていたらしい。
クリシュトフは部屋に入ってきて、ディアナが
「いらっしゃい」
と笑いかけただけで、その場に蹲って泣き出した。
そうそう泣くような子ではない。
そう思っていたけれど、彼の心境を思うと、ディアナも涙が浮かんできた。
「クリシュトフ、こっちまで来て。
一緒に泣きましょう」
まだベッドから出るのもままならないディアナは部屋の入り口で動かないクリシュトフをそう言って呼び寄せた。
フィリプから、時計工房ノヴァークは一時的に休業していると聞いた。
当然だ。
たった二人しかいない職人のうちの一人が、死んだのだから。
それも、その経緯を全て知るのはクリシュトフと、ペシュニカ夫妻だけ。
ヴラディーミルは実は別人が成り代わっていて、グスタフの父やディアナの両親、グスタフを殺し、しかもクーデターを起こし死んだ、などということを見習いたちは受け止めきれないだろう。
見習いたちには、ヴラディーミルはクーデターの騒ぎに乗じて、恋人と駆け落ちをしたという作り話で彼が姿を消した理由を説明したらしい。
そして、事情を知っていて、今回の件で亡くなった人間をよく知るのはもうクリシュトフとディアナだけになってしまったのだ。
まだ、亡くなった人たちを偲んで思い出話ができるほど二人の心の傷は癒えていない。
それでも同じ悲しみを分かち合える者同士、共に泣きたかった。
クリシュトフは、ディアナが目を覚ましたことで、そうした相手がやっと戻ってきたのだ。
ほかの人が見舞いに来たときはいつもラウラが同席するのだが、クリシュトフが来たときばかりはラウラも席を外し、二人で思う存分泣いた。
泣き疲れた頃、クリシュトフは顔を上げて、
「俺、時計工房ノヴァークを、どうにか繋いでいきますから。
技術をどうにか残していきますから」
と宣言した。
「ありがとう、クリシュトフ。ありがとう」
クリシュトフは、目元を冷やして腫れた目をましな状態にしてから帰って行った。
クリシュトフばかりに重荷を背負わせてしまっている。
ディアナは、誰に何を思われようと、クリシュトフや時計工房ノヴァークをどうにか支えていこう、と心に決めた。
それから直接の訪問はなかったものの、アルブレヒト・ペトラーチェクからは見舞いの品や手紙が届いた。
フィリプが、なんだか大変不本意という様子でディアナにその手紙を持ってきたのだ。
手紙には、先日の非礼を詫びること、クーデターの際に王太子殿下に協力したことを褒めること、結果としてフィリプの命を救ったことを感謝すること、今後はフィリプ・ペトラーチェクの妻として認めることなどが書かれていた。
それを読んでディアナは、やった、と無邪気に喜んだ。
けれども、フィリプは、
「なんでここまでしてくれたディアナにこんなに偉そうな手紙が書けるんだよ」
と怒っていた。
確かにそれもそうか、と思いつつも、ディアナはまあまあと夫を宥める。
「なんだかんだアルブレヒト様も、あなたの幸せを願っているでしょう?
その、幸せの形がちょっと違うかもしれないけれど」
「ええ?うーん、まあ、うん……」
アルブレヒトとの付き合い方はフィリプに任せることにした。
複雑な親子関係の根は深い。
一朝一夕にはどうにもならないだろうから。
それでもフィリプの妻として認められたことは嬉しかった。
これでフィリプを悩ませる『離婚して見合いしろ』という圧がなくなるのだから!
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フィリプは仕事が終わると毎日ディアナと共に過ごしていた。
見舞い客の話や仕事の話をすることもあるが、ただ二人で過ごしていた。
ディアナが起き上がれるようになるころには、無理のない範囲で、という前置き付きで膝枕をねだられるようになった。
「市庁舎でのあの夜、ディアナが膝枕をしてくれたのが幸せだった。
だって、ずっと大好きだった僕の奥さんが危険を冒してまで僕に会いたいってきてくれたんだから」
フィリプはディアナの膝でそう言って本当に幸せそうに笑った。
ディアナが目を覚ましたときには死んでしまいそうな顔色だったのに、二週間もするころにはすっかり元気そうになってディアナは心から安心した。
それから、フィリプは、ディアナの全ての食事を『あーん』して食べさせてくるようになってしまった。
ディアナとしては、幼い子どものようでこれが本当に恥ずかしくてたまらなかった。
自分の方が年上なのに……!!
「自分で食べられるって言っているじゃない……!!」
とディアナが言っても、フィリプは真剣な顔で首を横に振るのだ。
「いやだ。僕が食べさせる。
三ヶ月間、食事をしない君を見続けていた僕の気持ちがわかる?
君が何か食べている。しかもそれを僕が与えられている。
これが僕にとってどれだけ幸福か、君にはわからないでしょう?」
切実にそう言われるとディアナはもう何も言えないのだ。
心配をかけ続けた負い目を感じているから。
ディアナだってあの夜顔色が悪くて意識のないフィリプをどれほど心配したことか。
たった一晩でも身が引き裂かれる思いだったのに、それが三ヶ月!
それでもやっぱり1日か2日おきに恥ずかしさがぶり返して、やっぱり自分で食べるというたびにフィリプが同じことを言うのだった。




