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帝国の皇子 -4-

 風の国。

 そこは魔法大国だった。

 間接民主制を採用する共和国であり、魔法技術によって生み出される様々なものを輸出し経済を回していた。

 国土は非常に狭かったが、魔法技術こそがいちばんの資源である風の国からすればあまり問題ではなかった。

 魔法技術は現代において非常に重要で貴重なものであったから、それだけでこの国は経済大国とすら言える国家となっていた。

 そういった関係から、この国家で大きな声を持つ者はそれだけの魔法技術が要求された。大魔法使いと呼ばれるような存在が選挙に勝つことが多かったのである。


 そう言った点で、この国は完全に魔法国家と言えた。

 魔法技術という点で帝国を上回っているかどうかはわからないが、帝国よりも魔法を重視していることは確かだった。

 それだからこの国は『魔法技術という点では帝国を超えているかもしれない国』とまで言われているのである。帝国をすら超える魔法技術への力の入れようを考えると、そうあってもおかしくないと。そう思われるほどの魔法国家なのである。


 晶とグシェナはこの国の首都に来ていた。

 この国の首都はドーナツ型の構造になっていた。ドーナツの輪の部分が一般住宅・商売などの場所。輪の内側が研究機関などである。

 基本的に輪の部分は誰でも入ることができるのだが、内側は許可された者しか入ることはできない。

 魔法技術の漏洩こそが最も忌避すべきことである国家であるから、この許可を得ることは非常に難しい。強引に入ることも魔法技術の粋たる外壁によって阻まれているので不可能に近い。


 しかし、許可さえ得ることができれば入ることができる。グシェナが同行したことにはそういった理由もあった。

『全魔』たるグシェナはこの国の出身であった。それも、国家のトップに立っていてもおかしくないほどの立場の。

 魔法技術の頂点に存在しているとも言える『全魔』の称号。それを持っているグシェナはこの国の尊敬を一心に受ける存在と言えた。

 もし今、グシェナがこの国の議会に入りたいと言えばすぐに入ることができるだろう。

 風の国とはそういう国であった。


 グシェナから晶はこの国の存在を知り、興味を持った。

 この世界において魔法が持つ重要性は計り知れない。この世界では魔法こそが科学の最先端なのだ。つまり魔法大国とは科学大国に等しい。ただ、科学とは違い、魔法は個が一騎当千の力を持ち得る技術である。

 科学大国であっても最高の科学者が国家の頂点に立つというようなことはないだろうが、魔法は違う。だから、この国家では魔法使いが国家の頂点に立つなどということになっているのだろう。そう晶は予測していた。

 しかし同時に疑問でもあった。科学者が政を、というのに晶は大きな違和感を持っていたのだ。それなのに国家として成立しているとは、どういうことなのだろうか。

 そう考えて、晶はこの国を見てみたいと思ったのである。


「グシェナ、君はこの都市のどの辺住んでいたのかな」

「……住んでいたという表現が適切かどうかはわかりませんが、外地区のとある学校です」

「そうなのか。正直意外だ。それはたぶん、『全魔』の育成機関なのだろう? そうだとすると、内側にあってもおかしくはないと思うんだが」

「私の例を見ればわかるように、『全魔』がこの国家に属するとは限りませんから」

「そうか、それはその通りだな。……ん?」


 納得しかけた晶だったが、この論理には矛盾があることに気付いた。


「でも、君が居るというだけで、内側に入ることができるんだよな? 矛盾していないか?」

「それは……」


 グシェナは顔を曇らせる。


「……この国家を知れば、わかることです」

「今、君に言ってもらった方が手っ取り早いんだが」


 グシェナははっとして晶の顔を見る。しかしその顔に笑みが浮かんでいたから、グシェナは安心し、ぷくと頬を膨らませる。


「意地悪ですよ、アキラ」

「悪い悪い。でも、一応本心だ」


 そんな晶にグシェナはふうと息を吐き、


「わかりました。でも、私もきちんとわかっているわけではないのです。ただ一つ言うことがあるならば、政治に関しては確実に素人である私ですらわかるほどに、この国は狂っているということです。そして、この国に居る頃は、そんなことにすら気付かなかった。この国の政治は、破綻している。ただ、それだけのことです」

「……まあ、予想通りだな」


 この世界における魔法とは科学である。

 晶の感覚では、科学者と政治は結びつかない。どちらもを理解している人間も少なくはないが、生粋の科学者が政治に興味を持つことは少ないというのが晶の考えであった。興味を持つことがあっても、『政治家』と呼べるだけの能力を有している可能性なんて無に等しいだろう。


 もちろん、無に等しいだけで存在はする。晶は知らないが、レインなどはそのいい例だ。魔法研究の第一人者とも言える存在であり、戦争の天才であり、政治の才まで持っている。


 晶もそのような人間が存在する可能性は考えていたが、国家を運営するような立場にある人間がすべてそのような人間だと言う可能性は限りなくゼロに近い。一人居るだけでも驚愕するべきことなのに、過半数がそうであるなどとは考えられるわけもない。


 結局、グシェナの言葉の矛盾とは、そのままこの国家の矛盾なのだ。

 矛盾を抱えながら運営される危うい国家。『全魔』がこの国に属するかどうかわからないという理由でその育成機関を機密保持の外に置き、そのくせ『全魔』はこの国に所属していなくても自由に機密情報でいっぱいの内側へと招き入れる。

 どちらが先かはわからないが、適当に法律を追加していったような感じだ。矛盾する法律が両方存在するような、ただ制度のみが存在し、実際の運用を、その意味を理解していないというような。

 要するに、制度が形骸化しているのだ。

 形だけで、意味がない。

 そういうことだろう。

 

 そしてそこまで考えたところで、晶はあることに気付いた。

 今、この世界はどのような状況か。

 少なくとも、平和ではない。

 そんな状況で、この国家が存在しているということは――


「……グシェナ」


 晶は言った。その声はいつもの軽い調子ではなく、どこか深刻な調子であったからグシェナは驚いた。


「はい、なんでしょうか」

「君は、この国が好きか?」

「なんですか、いきなり」

「好きか?」

「……好きかどうかはわかりませんが、思い入れは深いですね」

「そうか」


 晶は言った。


「この国は、危ないかもしれない。まだ確認できていないが……急いだ方が、いいかもしれないな」



      *



 知の国。

 その首都。

 その中心。

 この国家を治める様々な人間たち。民主的に選ばれた国家の頂点。そんな人々が集まる場所。

 昔は王城だったそこは、主に議場として使われていた。政治家が集まり、将軍が集まる。国家の頂点たるすべてが集まる場所。

 そこでは、ありえないようなことが起こっていた。

 たった一人の人間の前に、この国家の頂点たる人々が土下座していた。

 地に頭をこすりつけ、あることを懇願していた。


「どうか……どうか、命だけは。私たちは構いません。ですから、民の命だけは」

「ダメだ」


 しかし、彼らの必死の懇願を前に立つ男は切り捨てる。


「俺はさ、お前らみたいな奴らが嫌いなんだよ。お前らの文化、民族、そういったものが、大嫌いだ。気に入らない。だから、殺す」


 黒き髪に、赤き目。見る者すべてが惹きつけられる美貌を持つ。無造作に伸ばされた髪は彼の性格を表しているかのようで、その肉体は彼の人生を表している。鍛え抜かれたように見える肉体はしかし決して鍛えたものではなく、自然とできたものであった。


 彼の名は、レクス。

 帝国第三皇子である。


「そ、それは、差別ではないか。帝国がそのような……」


 一人の男が言った。レクスは彼を見る。すると彼はびくっと肩を跳ねさせ、口を閉じる。


「ああ、お前の言う通りだよ、ミルナイン。帝国はそのような差別を許してはいないし、レインとは違い、俺に虐殺なんてする評判はない」


 レクスは優しげな表情とともにミルナインと呼んだ男に近付く。ミルナインは驚いていた。どうして、自分の名前を知っているのか。もしかすると、自分は気に入られたのかもしれない。自分だけは助かるかも、いや、そもそもこんなことは冗談だったのかもしれない。そうだ、きっとそうだ。悪名高いレイン皇子とは違う。この方に、そのような悪名はない。聞いたことがない。だから、きっと。


 ミルナインの目前に立ったレクスは笑みを浮かべて言う。


「何故だと思う? ミルナイン」

「そ、それは、あなたがそのようなことをやらない人間だから」

「残念、不正解だ」


 そう言って、レクスはミルナインに触れる。とん、と人差し指で軽くミルナインの額を叩く。


「正解は」


 そして、直後。


「評判を広める人間が残らないからだ」


 ミルナインの頭が弾け飛び、その肉片が周囲に飛び散る。周囲の人間は悲鳴を上げかけるが、そうした瞬間に殺されるかもしれないと思い、思い切り唇を噛んで悲鳴を抑える。ただ滂沱と涙だけが流れ、全身が暴れるように震えるのみ。そんな彼らを見て、レクスは笑う。


「ずっと、ずっとだ。俺はお前らに腹が立っていた。この国の人間は、どこかで他人を見下している。選民思想を抱いてやがる。宗教からして自分たちの民族だけが救済されるなんていう歪んだものだし、本を読むことこそが素晴らしいなんてもののせいで無駄に知識だけは豊富に持っていやがる。魔法を使う奴らを見下して、奴隷みたいに扱っている。奴隷魔法もなしに、だ。魔法使いを好きなように使っていやがる。それで魔法以外はそこそこに有能だからタチが悪い。本当に、本当にむかつく奴らだ」


 レクスは言う。


「だから殺す。お前らみたいな人間はこの世界には不要だ」


 その言葉に、彼らは震え続ける。逃げ出すような人間は居ない。この部屋のすべての扉にレクスの兵が立っている。彼らはレクスとは違い厳しい目でこの部屋に居る人々を監視している。逃げることなど、できるはずがない。


「だが、帝国としては、この国の知識は捨てるに惜しい。そこで提案だが、この中で一人だけ殺されない奴を決めろ。ここに居る奴らなら知識量にそこまで大きな差はないだろう。特別にそいつだけは殺さないでおいてやる。隔離することになるが、帝国が提供できるものならどのようなものであっても提供することを約束する。一時間の猶予をやる。俺が次に帰ってくるまでに、決めておけ」


 そう言って、レクスはその部屋から出て行こうとする。


「ど、どうやって決めると言うのだ」


 その背に、一人の男が言った。

 レクスは振り返ることすらせずに答えた。


「そんなもん知るか。お前らが決めろ」


 そして、レクスはその部屋から出て行き、扉が閉まった。



      *



「とは言ったものの、生かす必要があると思うか?」

「この国の人間はすべての知識を本に書き残すって習慣があるみたいだし、必要ないかな。無駄に殺すってことに賛成するわけじゃないけど」

「反対もしない、だろ? じゃ、皆殺し決定だな」

「あんた、やっぱりひどいわね」


 部屋から出たレクスを待っていたのは一人の女性だった。金髪碧眼の美女であるが、白衣にワイシャツとジーンズのみ、髪はぼさぼさという外見に一切気を使っていないことがそれを台無しにしている。


「最初から生かすつもりがないくせに、あんなことを言って、しかも皆殺しにする理由は別にある」

「いや、そんなことはないぞ? あれは本心だ。無論、他にも理由はあるがな」

「私としては、その理由ってやつも理解できないんだけどね」

「……ソフィア、お前は本当に科学以外に関してはダメらしいな」


 レクスは呆れたように言う。それに対してソフィアと呼ばれた女性は笑う。


「あはははは。ありがと」

「褒めてないがな」

「うん、知ってる。で、どういうことなの?」

「そうだな……まあ、要するに、この国の奴らを生かしておくことは帝国にとって大きな損失を生む可能性がある、ってことだ」

「……ん?」


 ソフィアは首を傾げる。


「私、『民は国家にとって最も重要なもの』って聞いたことがあるんだけど。それなのに、その民が、大きな損失を生むの?」

「その可能性がある、だな。この国はもう帝国のものとなる。帝国の一部となる。つまり、この国の国民は帝国の国民となる。だが、だからこそ厄介なんだ」

「厄介? 何が?」

「この国の人間の思想は帝国とはかけ離れている。この国の人間ははっきり言って有能だからな。帝国の人間となったならば、すぐに力を持つようになるだろう」

「力を持つことの何がダメなの? ……あ、もしかして」

「まあ、そういうことだな」


 レクスはうなずく。


「この国みたいに『民主的』であることや『自由』であること重視する奴らってのは、頭は良いことも多いんだが、前提を見失っていることも多い。そして、それなのに、こいつらはこう騒ぐんだ。『戦争反対!』ってな。平和やら愛やらを謳うことは大変結構なことだが、その手段として軍縮を行ったりしやがるからタチが悪い。まあ本来であればそんな奴らは少数派なはずなんだが、この国は違う。実際、そういう奴らが多かったから、この国は軍縮を行い、こんなにも簡単に、俺たちに負けた。そんな思想を広げられたら困るんだよ。なら、皆殺しにした方が手っ取り早い」

「へぇ。そうなんだ……ん?」


 一瞬は納得したソフィアであったが、あることに気付く。


「手っ取り早い……ってことは、それ以外の方法もあるってこと?」

「ああ」


 レクスは即答する。


「例えば、レイン。前に話した俺の弟なら、絶対にこの国の国民は殺さない。有能だからな。活用しようとするだろうし、実際、それくらいならできる。俺にはできないが、まあ、放っておいたら第一皇子サマが何とかしてくれるだろう」

「レイン……あの悪魔とか何とか言われている人?」

「ああ」

「でも、はっきり言って、あんたの方がよっぽど悪魔よね?」

「んなわけないだろ。俺は悪魔じゃあない」

「じゃあ何よ」

「人間だ」


 その言葉にソフィアは一度目を丸くして、ふっと笑う。


「確かに。でも、さっき言ってた理屈なら、べつに皆殺しにはしなくてもいいんじゃない? あなたがやらなくても、その、第一皇子さんがやってくれるんでしょ?」

「そうだ。だが、最初に言った理由を忘れてないか?」


 そうして、レクスは凶悪な笑みを浮かべる。


「俺はこいつらが嫌いだ。だから、皆殺しにする。第一皇子サマには今の建前を話すがな。第一皇子サマの仕事を増やすのも悪いから、ってな」

「……あんた、本当、悪人ね」


 呆れたように言うソフィアに、レクスは言う。


「お褒めいただき光栄だ」

「褒めていないけど」

「わかっている」


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