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帝国の皇子 -5-

 帝国第三皇子、レクス。

 第一皇子ルーラーどころか第四皇子レインにすら劣る政治の才。戦争の才においてもレインには劣る存在。

 レインをして『愚兄』、ルーラーをして『愚弟』と呼ばれる彼は、優秀過ぎる兄と弟に比べれば普通の人間に近かったが、ある意味で、この兄と弟とは比較できないほどに普通の人間から外れていた。いや、あるいは、誰よりも、人間らしかった。

 しかし人間らしいにも過ぎるが故に、彼は人間から外れていた。


「……結局、こうなったか」


 この国のトップが集まった部屋。そこには、多くの死体が転がっていた。

 血まみれになった一人の男。彼だけが、彼一人だけが、生きていた。しかし、彼の身体にも大きな傷が刻まれており、余命幾ばくもないといったところだろう。


「まあ、お前らみたいな奴らが集まる国は個人主義に走るってことはわかってるからな。国家のためよりも個人のためを重視する、国家としては考えられない思想だ。『国家のための犠牲』を『国家による殺人』なんて表現するんだからな。まあ、こうなるのは予想していたよ。……平和を愛する奴らってのは、本当、矛盾しているよな」


 その男の前に立ち、レクスは言う。男は口から血を流し、ただレクスを見上げている。


「こ、これで、私は」

「ああ」


 レクスは笑う。


「これでお前は俺に殺されない。俺はお前に手出ししない。約束しよう」


 その言葉に、男は笑みを見せる。そして、言う。


「で、では、治療を」

「それは無理だ」


 レクスはにっこりと笑う。


「俺はお前を殺さない。それだけだ」

「そ、それでは、約束と」

「約束? そんなもんを約束した覚えはない。そもそも、勝手に殺し合ったのはお前らだろう? 俺の約束とは関係のない話だ」

「そ、それは、私に、死ねと言っているのか」

「んなわけないだろ。頑張って生きろ」


 そう言って、レクスはそこを立ち去ろうとする。が、その直前で、止まる。


「ああ、そうだ」


 レクスは、血まみれになって倒れている多くの人間を見て、笑う。


「一人以外は、皆殺しって言ったよな?」


 そこに紛れる、隠れ潜む、死んだフリをしている人間を見て、笑う。


「これは約束だ」


 そして、彼は魔法を発動する。


「約束はしっかり果たさなきゃ、な」



      *



 レクスは議事堂の外に出る。

 そこには地獄があった。

 この国の兵は既に居ない。ほんの少しであれば残っているかもしれないが、すぐに皆いなくなる。

 レクスの部下。レクスの兵隊。彼らが民衆を殺していた。

 外に民衆は居ない。外に居る人間は最初に殺される。魔法によって駆逐される。だから、今していることは、ただの作業だ。自宅、その他の場所に隠れている人間。彼ら彼女らを探し殺すだけの作業。燃え盛る火炎などはない。人の悲鳴などはない。世界は無音が支配している。

 これはわかりやすい『地獄』ではない。

 これこそが、真の『地獄』だ。

 レクスの部下、レクスの兵隊。彼らの笑い声が響く。彼らの喋る声が響く。彼らの話題のほとんどはこの戦争とはまったく別のことである。そんな彼らを見ながら歩くレクスの表情は穏やかだったが、ふとその表情を歪め、呆れたように溜息を吐く。


「コトエ」

「何でしょう」


 レクスが名を呼ぶと、コトエはどこからともなく姿を現す。黒衣に身を包んだ少女である。ソフィアが「……NINJA?」などと評したその姿は確かに地球の人間が見たならば忍者と表現してもおかしくはないものだった。


「わかってるだろ」

「はい」

「どこだ」

「こちらへ」


 コトエが姿を消す。レクスは目を細め、目に意識を集中させ、目に、眼に、魔力を流す。そうしてレクスは地を蹴り、姿を消す。こちらはコトエとは違い、異常なほどの速度による。

 そこには女性の悲鳴があった。それと、男の怒声。男の笑い声。そんなものがあった。


「……この声、前に入った、あの、お坊ちゃんか」


 レクスはその発信源である家に入る。そこには、顔が腫れ服が破けた女性とその股にめがけて一心不乱に腰を振る男の姿があった。


「よお、ゲルミニィ」


 そう言った瞬間、ゲルミニィは固まり、ゆっくりとレクスの方を見る。


「れ、レクス、皇子……」


 そうして彼は女の方を見て、慌て出す。


「ち、違うんです、これは、その」

「何が違う?」

「……そ、そうだ、こ、ここには誰も居ません。だから、レクス皇子、貴方も」

「ここに誰も居ない? 何を言っている」


 レクスは言う。すると、レクスの隣にコトエが姿を現す。


「コトエが居る。それと、ゲルミニィ。お前、俺の隊の規則、覚えているか?」


 ゲルミニィの身体が硬直する。唇を震わせ歯をがたがたと鳴らし、言う。


「お、覚えて、います」

「なあ、ゲルミニィ。俺の隊の規則を破った者がどうなるか、わかるよな?」

「……わ、私は、セルドア家の」

「そうだな。帝国の有力者だ」

「では」

「だがな、んなこと、知ったことじゃあない。一人の例外も許すわけねえだろ、クズが」


 レクスは言う。


「コトエ」

「御意」


 コトエがケルミニィに向けて手をかざす。すると、ケルミニィの身体だけが吹っ飛び、壁に張り付く。コトエはそのままナイフを投げ、ケルミニィの身体を壁に固定する。そのままコトエは女性の傍に寄り、その首ねっこを掴み、レクスの方に投げる。


「投げるな」


 レクスは呆れたように言って、その女性を風の魔法で減速させ、ふんわりと抱きとめる。そして彼女の顔をやんわりと撫でる。すると、彼女の腫れた顔は元の美しいものへと戻る。


「ほう」


 その顔を見て、レクスは満足気に微笑む。


「これはなかなかの上玉だ。ゲルミニィ。お前の気持ちもわからんでもない。ここまでの美貌であれば、無理やり自分のものとしたくなるのは男の性とすら言えよう」

「そ、そうでしょう。だから」

「だが、その上で、だ。我が隊の規則にあるだろう。戦場での陵辱は禁ず、と。強姦などの行為は禁じている。よっぽど気に入った女が居るなら、その女は捕虜とせよ、とな」


 レクスは言う。それはレクスの隊の規則である。はっきり言って、これは当然とも言える。当然でないことがあるとすれば、それは虐殺にある。レクスはしばしばこのような虐殺行為をとる。捕虜とするのではなく、皆殺し。兵士だけでなく民衆をすら皆殺しにする。その点において、レクスの隊は異常なのだ。そのような隊であれば蛮行に及んでもおかしくはない。ゲルミニィのような人間が居ることはむしろ自然とすら思えるかもしれない。

 しかし、レクスはそれを許さなかった。レクスは隊の規律に厳しかった。そして、隊の人間はほとんどがそれを厳守していた。隊の人間以外はあまり知らないが、このようなレクスの真の顔を知れば、誰でもレクスに逆らおうとは思わなくなるだろう。ゲルミニィのような例外も稀に出てくるが、それは往々にして新入りである。レクスに対する畏敬の念がまだ完全には備わっていない人間。レクスがどれだけ恐ろしいかを知らない人間だけである。


「なあ、ゲルミニィ。お前はまだ知らなかったな。いや、ひょっとすると。話くらいは聞いていたのかもしれないが、まだ見たことはないだろう。残念ながら、お前がそれを見る機会は永遠にないが、特別だ、それを味わわせてやろう」


 そして、運悪く、その恐ろしさを理解する前に、レクスの規則を破った者は。


「ゲルミニィ」


 レクスは言う。


「お前の家は結構な力を持っている。だから、伝えなければならないことがある。それで、提案がある」


 その顔に、凶悪な笑みを浮かべて。


「お前の死因は、何がいい?」


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