帝国の皇子 -2-
『狂人』こと長野晶は現在、休暇をもらっていた。
内政に関して晶は素人と言っていい。ある程度までならわかるが本物の政治家に敵うほどの能力は持っていないのである。
今の王国は地盤を固める時期にある。晶にできることは非常に少ないのである。
だから晶は『休暇』と称して他国を巡ることにした。諜報活動に近いがあくまで休暇である。『騎士』である晶は休暇中であっても『王国』の名を背負っている存在だが、晶もわざわざ王国の名を傷付けるようなことをするつもりはない。道歩く美女に声をかけたりはするがそれくらいである。
「……美女と一緒ってのは嬉しいが、べつに付いて来なくても良かったのに」
「諜報活動なのですから、『全魔』である私が付いて来た方が良いでしょう。魔法の訓練も私が居た方が捗るでしょうし」
「諜報活動じゃあない。あくまで休暇だ、グシェナ」
「同じことです」
そんな晶のお目付け役として選ばれたのがグシェナだった。『お目付け役』という言葉は不適切かもしれないが、美女と見れば誰にでも声をかける晶を監視する役割がないとは言えないので間違ってはいないだろう。
「それで、どうしてここに来たんですか?」
「休暇なんだから理由はないよ」
「休暇であっても理由くらいはあると思いますが」
「アテもなく旅をするってことはよくあることなのさ」
「信じられませんね。まだ『美女が居そうだから』の方が信じられます」
「じゃあそれで」
晶とグシェナはある国に来ていた。魔動車を使ったので三日と経たず到着した。音速を超えて移動することができる晶ならむしろ魔動車を使わない方が速かったかもしれないが、それとこれとは別の話である。そもそも晶の超音速は一種の兵器と言っても良いものであり、軽々しく使うわけにはいかないのだ。他国の人間にわざわざ手の内を明かす意味はないということである。
「ふざけないで下さい」
「ふざけてないさ。美女を求めて、って方が俺らしいだろ?」
「そうかもしれませんが、私は悲しいです。お母さんには何でも打ち明けてほしいです」
「そう言われると困るな。でも、母だからと言って何でも話すわけにはいかないだろう? エロ本の隠し場所とかさ」
「エロ本……?」
「ああ、すまない。この世界にはまだそういう文化はないのか。エロ本っていうのは、そう、ポルノのことだよ」
「……わからない方が良かったです」
魔動車を使う人間は珍しいが驚かれるほどのものではない。扱える人間が少ないとは言っても、構造としてはそこまで難しいものではなく、馬よりも安価である。だから魔力を扱える人間であれば移動手段として馬車よりも魔動車を選ぶ人間は珍しくないのだ。魔動車の扱いが魔法に比べれば非常に容易であることも関係している。魔法を扱えるまでになると珍しいが魔動車を扱える程度ならそこまで珍しくはないのである。魔動車を使う人間は珍しいとは言っても日本で言う外車を使う人間程度の珍しさであり、少し目を引く程度の珍しさしかないのである。
それでも馬車よりは魔動車の方が珍しいのだが、これは魔動車が『人力車』的な側面を持っていることが大きい。人力車ほど直接的に疲れはしないが、長距離となると馬車とは比較できないほどの疲労をもたらす。速度は上だが、長距離には適さない。魔動車はそんな乗り物である。そういったことまで含めると、魔動車を扱えたとしても馬車を選ぶ人間は多く、結果的に魔動車は少し目を引く程度の存在となった。
「そろそろ、本当のことを話してくれませんか?」
「そこまで気になるか? 息子の性事情まで気にするのは良くないと思うよ、お母さん。何をオカズに使ってるかなんて、俺は言いたくないんだがな」
「オカズ……?」
「自慰をする時のネタだよ。ポルノもそうだけど、君とすることを想像したりね」
「……母とすることを想像するなんて、いけない子ですね。私としては、べつに、いいですが」
「それは夜が楽しみなことを言ってくれるね」
「監視役という役目もあるのでするわけにはいきませんが」
「それは残念」
「私もです」
しかし、この国に限っては魔動車の外車程度の珍しさもないに近いものになっていた。
「だから、早く言ってくれないと困ります。できないのにここまで焦らされてしまうと辛いです」
「言ったらしてくれるのか?」
「言わなかったら別の部屋に泊まります」
「監視役なのに? そんなことをされると、俺は適当な女の子を引っ掛けるぞ?」
「クレアに言ってもいいのなら」
「そりゃ困る。別の部屋に泊まられるのも俺としては最悪だしね」
「親離れができてませんね。まだおっぱいがいる年頃ですか?」
「君のなら十年経っても乳離れすることはできないだろうね」
この国は、この惑星の中では先進国と言えた。
「そんな君のおっぱいのために、そろそろ言おうかな」
「……おっぱいを差し出すとは言っていませんが」
「ダメなのか?」
「私はあくまで監視役ですから」
「子供が母の胸を求めることの何がおかしい?」
「……それもそうですね」
この惑星の最大国家である帝国をすら、一部では超えているかもしれない国。
それが、この国である。
「よし。これで目的は達成した。早速話そう」
「このためだったんですか?」
「おいおい呆れないでくれよ、グシェナ。俺としては非常に重要な問題だったんだよ」
「呆れますよ。普通に頼めばそれでよかったのに」
「もし普通に頼んだら君は『けだもの』とか言って避けるだろう? それは嫌だったからね」
「だからと言って、ここまで回りくどいことを……」
「俺は美女のためにすべてを捧げている。そんな俺からすれば、君の胸のために全力を尽くすことは自然とさえ言えるんだよ」
その超えているかもしれない分野。
それは、
「でも、君も俺がこの国を選んだ理由は見当がついているだろう?」
「……まあ、そうですが」
「君の思っている通りだよ。単純に他の国を見たかったというのもあるけれど、本命はそっちだ」
「それじゃあ、ここまでして訊く意味はありませんでしたね」
「意味はあったさ。俺が君の胸を手に入れたっていうね」
そんな晶に呆れながらも、グシェナは言った。
「しかし、魔法なら私に聞けば良かったんですから、魔法大国とは言っても、わざわざこの国に来る必要はなかったように思えます」
「必要なんだよ。魔法のことというより、魔法大国がどういう国なのか知ることが」




