帝国の皇子 -1-
『帝国』。
玉座に座るは黒髪金眼。
跪くは黒髪黒眼。
三十にして帝国の玉座に座りし第一皇子。
二十にも満たず帝国一の将軍となりし第四皇子。
異母兄弟――いや、異母兄妹だが容姿は異なる。
似るはその黒髪と『帝』となるに相応しき万民を魅了する美貌のみ。
第一皇子は男性的な魅力の具象。
第四皇子は悪魔的な魅力の具象。
第一皇子は世界のすべてを征服せんとする『帝』の威。
第四皇子は世界のすべてを征服せんとする悪魔の魅。
第一皇子が見るは悪魔の如き異母兄妹。
第四皇子が見るは帝威の如き赤の絨毯。
第一皇子が浮かべるは愉悦。
第四皇子が浮かべるは虚無。
第一皇子は口を開く。
愉悦に顔を歪め彼は言う。
「レイン。余の前でその姿はするな」
第四皇子、レインは悪魔的な魅力の権化たる容姿をしていたが、その姿は男のものであった。第一皇子の言葉にレインは無言でその姿を女性のものへと戻す。
「来い」
レインは立ち上がり第一皇子に歩み寄る。第一皇子はレインの顎に触れ、頬に触れ、髪に触れる。
「やはり、美しい。レイン、レイン。我が妹よ、我が国の誇る将軍よ、我が世の誇る天才よ。天の寵姫、我が寵姫。そなたは我が胤を孕むに相応しい」
レインは何も返さない。何も言わず、ただそこに在る。
「それで、先の戦争の言い訳は言わなくても良いのか?」
その言葉にレインはやっと口を開く。
「言う必要はないと思いまして」
「その通りだ」
第一皇子はくっくっと笑う。
「『月の契り』、あれは確かに有用だ。『連盟』からすれば喉から手が出るほど欲しいものだろう。しかし、『我が国』からすれば別だ」
第一皇子は言う。
「それなのに、そなたは戦争をした。そう、『そなたには』必要だったからだ。だが、失敗した。まさか失敗するとは思わなかったが、これは僥倖か否か。そなたならば『よもや』という可能性があったことを考えると僥倖だろうが、そもそも不可能に近いということを考えれば僥倖と言うほどのことでもないのだろう」
レインが仕掛けた戦争。
『月の王国』を征服せんとして仕掛けた戦争。
あれは『月の契り』を目的にしたものだった。
奴隷契約の魔法。
その原点。
これがどれだけの有用性を持つかは明白である。
『ナガノアキラ』。
あの異世界人は『月の契り』を行った後、飛躍的に戦闘能力が向上した。
単なる奴隷契約であっても有用であるのに、対象の戦闘能力をあれほどまでに高めるのであれば、これが非常に大きな有用性を持つことは言うまでもないことであろう。
しかし、それをすべて理解した上で、第一皇子は『不要』と切り捨てた。
それは、なぜか。
それは、
それは――
「レイン、レイン。そなたは優秀だ。我が帝国の中でも一、ニを争う天才だろう。だが、余には逆らえない」
第一王子はレインの服を掴み、ぐっと下げる。胸元がはだけ、見える。
心の臓の位置。
そこに、ある『紋様』が刻まれていた。
「『これ』がある限り、そなたは余に逆らうことができない」
その紋様は、ある意味を持っていた。
物心つく前から刻まれたその紋様は、『所有物』であることを表すものだった。
その『所有者』の『所有権』を表すものだった。
「余とそなたの間に交わされた、『月の契り』がある限り」
そう。
これが、理由だ。
帝国第一皇子、ルーラー。
彼は現皇帝と『ある国』の姫との間に生まれた子供だった。
『月の王国』。
それが、現皇帝の最初の子供を孕んだ女が居た国である。
『月の王国』は現女王、クレアの叔母にあたる彼女が帝国に嫁いだ経緯には様々な噂が流れているが、それに関しては措くとしよう。
今、語るべきはただ一つ。
帝国は第一皇子、ルーラー。
彼が『月の王国』王家の血を継いでいるという点である。
そして、彼は『継承』した。
『月の契り』。
『月の王国』王家にのみ許されたはずのその魔法を、継承したのだ。
彼はその魔法を、自らの弟妹に使った。
弟妹と、一方的なまでの『契約』を結んだのである。
結果、彼は本来であれば手に余るような弟妹を自らの意のままにすることができた。
帝国第一皇子、ルーラー。
彼は現在、帝国の実権を握っていた。
現在の帝国は、彼が動かしている。
「と言っても、そなたは我が帝国の最高戦力でもある。故に、今、我が胤を孕ませるわけにはいかない」
第一皇子、ルーラーは言う。
「だから、レイン、余は待ち遠しいのだ。世界の征服を終えることを。そなたが『戦力』としての役目を終え、余の妻となることを」
愛おしそうに髪に触れ、微笑みを浮かべ、彼は言う。
「我が帝国に、栄えあらんことを」
レインは表情を少しも変えることなく返す。
「我が帝国に、栄えあらんことを」
*
レインは自室へと向かっていた。先程、あのようなことをされたばかりであるが、彼女に動揺などない。いつも通りのことだ。今更動揺するほどのことでもない。
が、今回はいつもよりも不快だった。何故だろうか。そう考えて、ふと一人の男の姿が思い浮かんだ。『ナガノアキラ』。あの異世界人の姿を。
レインは思う。
--ひょっとすると私は、自分の思っているよりも、あれに惚れているのかもしれないな。
そう思って、レインはふっと微笑んだ。彼女のその微笑みは優しさに溢れており、偶然居合わせた侍女が、一瞬ではあるが、スノウと見間違えた程であった。
「レイン様、何か、良いことがありましたか?」
黒にいくつかの白が混じった髪を持つ、妙齢の女性。
レインを昔から知る侍女、ミーアであった。
さすがにレインが女性であることは知らないが、この城でレインに話しかけることのできる数少ない人間の一人であることは確かである。
「いや、少し、ある人間のことを想っていただけだ」
レインは言った。優しげな微笑みを浮かべたまま。
ミーアはまあと口に手を当てて驚き、
「まさか。レイン様が恋をなされるとは」
と言った。
「やはり、これは恋なのか」
「断言することは出来ませんが、今の貴方様を見る限りでは、そう思えます」
「そうか」
そう言って、レインは少しだけ考えこみ、訊ねる。
「……私はその者に、どれほど惚れていると思う?」
その言葉にミーアはふむと考え、
「貴方様のお顔を見る限りでは、かなり」
「そうか……そうか」
レインは思う。
--そうか、私は、そこまで惚れているのか。それも、顔を見ただけでわかるほどに。……これは、何と言うべきか、むず痒い気持ちだな。
「しかし」
とミーアが口を開く。
「レイン様にそのようなお顔をさせるとは、その方はさぞ素晴らしいお人なのでしょうね」
その言葉にレインはきょとんとして、ふっと笑う。
「ああ。あいつは素晴らしい。いつか、必ず、我が物とする」
それにミーアは目を丸くする。
「レイン様がまだ手にしていないとは、その方は何者なのですか」
レインは「そうだな」と考えこみ、言った。
「一言で言えば、狂人だ」




