『女王』
そうして晶たちは『連盟』を発った。なお、魔王は既に『連盟』には居なかった。『連盟』が魔王の滞在をよろこぶわけもない。それだから魔王は「終わったら来る」と言い残して『連盟』を去ったらしい。が、晶たちが『連盟』を発った『魔動車』にいつの間にか彼女の姿があった。
「まさかあれに勝つとはな」
その神出鬼没にはやはりほとんどの者が驚いていたが晶は違った。平然として晶は言った。
「信じてくれてなかったのか?」
魔王は含むように笑った。
「信じていたよ」
『連盟』の件についてクレアに話すかどうかは迷った。『連盟』との契約では『話してはならない』ことになっている。何も感じなかったがこの世界の魔法についてよく知らない以上、安易に話してはならないだろう。『奴隷』についての魔法があるのなら、こういった『契約』に関する魔法も存在すると思うべきだ。レインとはそういった魔法による契約をやっていなかったようにも思えるし、それから考えると『ない』のかもしれないが、警戒するに越したことはない。その上で話すかどうか。晶は迷っていたが、すぐにそんな必要がないことがわかった。
「アキラ」
クレアが言った。『王』の声だった。
「私、わかったの。あなたはもうとっくに見抜いていたんでしょうけれど、私はやっと理解した。私の国を亡ぼしたのは、帝国ではなく『連盟』だったのね。そして、それはきっと帝国の、正確には、レインの目的と同じ。なら、『連盟』はまだその目的を達成していないことになるわよね」
晶はクレアを見た。彼女は冷徹にただ前を見据えていた。
「だから、我が国は『連盟』に加盟している国家すべてを敵国と認定するわ。帝国よりもそっちの方が危険。そもそも、我が国はそれほど国土が広いわけでもなければ資源が豊富なわけでもない。我が国の資源は『人』。帝国がそこまで優先して狙うような国じゃあない。レインは『私の魔法』を狙っていたけれど、それが帝国の意志と同じとは思えない。そもそも帝国の意志ならレインの独断で終戦を決めることなんてできるはずがない。だから、あれは『レインの意志』と考えるべき。あいつのことは大嫌いだけれど、有能なことは確か。私との『契約』がある時点でレインは我が国の敵にはならない。レインは『それ』がわかっている。『それ』が最善であることを理解している」
クレアは既に以前とは別人と化していた。そう、『成長』などという次元ではない。これは『別人』と言うべきだ。この世界で最大の『王』たる魔王の教えを受けた天才は『王』たる資格を得た。現時点で『王』の『視点』を有している。
「それらを総合して考えると『帝国』ではなく『連盟』にこそ警戒するべきでしょう。そして、だからこそ、『連盟』を利用するべきよね」
クレアは言った。薄く笑みを浮かべていた。
「ねえ、アキラ、私の騎士。そうするのが最適なのよね。きっと、そうよね。レインの言葉から考えると、優先順位が低いとは言え、いつか『帝国』が私の国を征服しようとしてくることは確実。世界征服をするのなら、私の国も征服するはずだもの。……と言っても、『帝国』がそんなことを許すはずもないから、それはレインが帝国の主導権を握った後の話だけれど。その後になって初めて『帝国』は私の国を征服しようとしてくる。レイン、あれは非常にムカつく奴ではあるけれど、天才であることは確か。きっとそれを実現させるわ。なら、私がするべきことは、いつかくるだろう『その時』に備えること。その時に備え、出来る限り力を蓄えること」
クレアは言った。
「アキラ。私は『連盟』を利用するわ。そのためにあなたを利用する。私は『無能』でなければならない。だから、あなたには『私の代わり』になってもらう。私の騎士にも奴隷にも、あなたのように『理解』している者は居ないもの」
クレアは晶の頬を触れた。その瞳には狂気が見えた。『狂気』。そう、狂気である。いくら天才とは言っても、この成長速度は異常にも過ぎる。それを達成させたのは、クレアの狂気だ。狂気的なまでの『愛国心』。それがクレアをここまで成長させたのだ。
――いや、そもそも、クレアは『天才』ではなかったのかもしれない。晶がそう勘違いしていただけで、彼女は天才というわけではなかったのかもしれない。
彼女は凡人だった。ある時点までは、確かにそうだった。
だが、彼女に『転機』が訪れた。
亡国。
それが彼女を変えた。
彼女は奴隷商人として商売を始めた。『連盟』から『国家』を買い戻すだけの金を稼ぐために。無論、『国家』なのだからその値段は尋常なものではない。しかし、彼女は『それ』を達成しようとした。
その狂気によって彼女は『商売』をした。奴隷商人を選んだのは簡単な理由だった。本来、奴隷契約の魔法は非常に難易度が高く、『使えること』がそもそも普通ではない。さらに『使える』と言っても常識から外れたほどの努力と時間を必要とすることがほとんどだ。そういったこともあって奴隷の値段は高価だ。使用人を雇った方が余程効率的である。だが、クレアは違う。そもそも、奴隷契約の魔法とは『月の契り』を起源としている。それだからクレアの元家臣であった例の邸宅の主が奴隷協会の管理を任されているのである。クレアからすれば、奴隷契約ほどに簡単な魔法はない。『月の契り』に比べれば奴隷契約の魔法は非常に簡単な魔法なのである。つまり、クレアは大した努力を要さずに多くの奴隷を『作れた』のである。奴隷とならざるを得ない人々は少なくない。特に子供に多く見られている。孤児などはその最たる例で、彼ら彼女らは孤児院に居るよりも奴隷となる方が良いとさえ言われている。今の時代、この世界は帝国だけでなく多くの国が戦争をしている。結果、多くの戦争孤児が生まれる。するとすぐに孤児院はパンクする。孤児院の中には『善良でない』孤児院もある。孤児院に入れない子供は数多く、街の裏側は『身売り』するような少女で溢れている。そういった観点からすれば、『奴隷』とはむしろ『孤児』を救う慈善事業とも言える。
もちろん、実際のところはそんなわけもないが。
そんなこともあって、奴隷になることを希望する子供は多い。つまり、クレアは『奴隷』の『材料』に困らない。奴隷協会の中でも最高の『奴隷魔法師』であり『奴隷商人』。それがクレアだ。本来であれば、それだけでも巨額の富を得ることができる。だが、彼女の『商売』においてそれはただの『きっかけ』でしかない。そこからさらに莫大な金を生み出すことが彼女の『商売』だった。『個人』レベルではなく『国家』レベルの金を生み出すことが。『奴隷商人』として数多くの貴族や資産家とのコネクションを築き上げたクレアにはそれができた。彼女の『狂気』がそれを可能にした。温室育ちの一王女でしかなかった彼女は、『狂気的』なまでの『愛国心』によって、『国家を取り戻すため』にすべてを捧げた。結果、彼女は『莫大な金』を得た。
現在、クレアが所有する金は個人では稼ぎ得ない金額であった。『国家』レベルの金額であった。それを彼女は個人で稼いだのだ。未だ二十にも満たない少女が、である。これは何故か。『才能』? それもあるかもしれない。だが違う。違うのだ。彼女の『狂気』こそがそれを可能にしたのである。『狂気的』なまでの『愛国心』が。
亡国によって彼女は知った。『国家』は何もせずとも続いていくようなものではない。不断の努力によって初めて維持できるものだ。どうすれば『国』を取り戻せるか。それは誰がやらなければならないのか。
『私』だ。
この国の第一王女たる私が救うのだ。父も母も既に死んだ。それ以外の親族など頼りにならない。ならば、『私』こそが『国家』を取り戻さなければならない。
彼女の『愛国心』は亡国によって膨れ上がった。『当然』だと思っていたものはなくなった時に初めてその大切さがわかるとはよく言うが、クレアの『それ』は常人と比較できるものではなかった。
そして、『国家を取り戻す』という一個人では成し得ない大業を成すために、彼女は『狂気』に身を染めた。凡人の彼女がそのようなことを成すためにはそうするしかなかったのである。
『天才』は常人の枠を外れた人間だ。凡人がその次元に到達するためには『狂気』にすべてを捧げるくらいしか方法がないのだ。
晶は思った。
この人はよく似ている。俺に、彼女に。
晶には特別の才能はなかった。幼少の頃より厳しい訓練を受けた彼だが、それだけでここまでの男になるはずがない。幼少の頃にすべてを失った彼は、二度と失わないことを決意した。幼少の頃に、既に彼は『狂気』に染まっていたのである。
『我がすべては美女のために』。
その言葉は軽薄のようにも思えるが、晶の場合はそうではない。彼の場合、それは『本当にそう』なのだから。彼は『本当にすべてを美女に捧げている』のだ。これを『狂気』と言わず何と言おう。目的を達成するために、彼は『天才』にならざるを得なかった。師匠であるリリィに近付き目の前の美女を守れるだけの武力を。経済的困難から美女を守ることのできるだけの経済力を。心理的に困っている美女を助けることができるだけの精神力と話術を。美女を守るために、彼はすべての力を求めた。『狂気的』なまでにすべてを求めた。美女のために自らのすべてを犠牲にして力を求めた。何もかもを捨て何もかもを求めた。それを成し得たのは彼の『狂気』だ。クレアと何の変わりもない。『愛国心』という『狂気』にすべてを捧げた彼女と『美女』にすべてを捧げるという『狂気』に身を染めた彼は酷似していた。晶とクレアは非常によく似た人間だったのである。
晶はそれを自覚していた。クレアが自覚していたかどうかはわからない。
だが、彼女が自覚しているかどうかは大した問題ではない。晶の『狂気』が何を選択するかは明白である。
「アキラ、私の騎士。王である私に従い、私の『代行者』となりなさい」
クレアの言葉に晶は即答した。
「我がすべては美女のためにある。あなたのような美女のために」
「そう」クレアは微笑む。「『私』ではなく、『美女』のため、ね」
その言葉には何も言わない。それが答えになるのだから。
「まあ、いいわ。アキラ、あなたは『そう』でないといけないものね。あなたは私の騎士である前に『あなた』なのだから。いいわよ、うん、いいわ。許してあげる。アキラ、『ナガノアキラ』。あなたには『それ』を許すわ。『王国』に迷惑がかからないよう最大限の注意を払うことを前提にして、しかしそれでも迷惑がかかる場合は必ず報告しなさい。前の世界に居た頃はどうか知らないけれど、『今のあなた』は『王国』の『騎士』よ。それさえ忘れないでいればすべてを許してあげる」
「すべて、ですか」晶は微笑む。「エロいことも含めて、ですか?」
「私には、ね」クレアは言う。「……まあ、今はまだ心の準備ができていないから、まだ、ダメだけど」
恥じらいとともに、クレアは言った。その眼からはその時だけ『狂気』が消えたように見えた。
その時、晶がどれだけ安心したかは筆舌に尽くし難い。クレアは『愛国心』にすべてを捧げた。そう思っていた。だが、まだ『残っている』。
まだクレアは完全には『狂気』に支配されていない。まだ残っている。思えばそうだった。レインと話している時も、その前も。彼女はしばしば以前までと同じようなところを見せていた。『王』ではなく『クレア個人』としての顔を見せていた。
これが良いことか悪いことかはわからない。『王』でない時のクレアは以前とあまり変わらない。魔王やレインどころか晶さえも下回る能力しか持たないような一少女だ。以前からその傾向は見られていたが、今、確信した。レインの話の時の『あれ』も完全に『虚構』というわけではなく、一部は確かに『本心』だった。だからあのレインすらも騙すことができたのだ。『本心』なのだから『騙す』という言葉は適当でないようにも思えるが、結果的にはそうなった。
しかし今、彼女は『王』に近くなってきている。それは良い傾向のようにも思えるが、晶にはそう思えない。美女にすべてを捧げる晶には、そう思えないのである。
晶はクレアと似ているが異なる存在である。『狂気』を自覚しそれを受け入れている。自ら『そう』であることを望んだ人間。凡人では叶えられ得ぬ大望を抱いたが故に、『狂人』となることを選んだ人間。それが晶だ。表面上は『取り繕って』いるが、その本質は変わらない。変えるつもりもない。晶は既に『決めて』いる。『我がすべては美女のために』。そんな『狂気』とも言える思想を抱く彼の価値観は明確なまでに歪んでいる。
名前も知らない大勢の命と一人の大切な人の命。それが天秤にかけられたとしても、晶はそれを迷わない。それどころか、『名前を知り人柄を知り友人知人がたくさん居るとわかっているような大勢の人々』と『たった一人の美女』を天秤にかけても晶は一切迷わずに『美女』を選ぶのだ。晶の価値観からすればそれは当然のことなのだ。
だから、晶はクレアが『クレア』であることを望む。『月の王国』なんて晶にとってはどうでもいいのだ。『月の王国』に住まう美女のことは別だが、それ以外はどうでもいい。それが晶だ。彼が国家や世界を考えるのもすべては美女のために過ぎない。他のすべてはどうでもいいのだ。
クレアには『王』であってもらわなければならない。それは確かだ。そうでなければ他の美女がどうなるかわからない。だが、クレアにも幸せになってもらわなければ晶は納得できないのだ。そもそも、クレアが『王』として有能であったならば『月の王国』内の美女は助かるが『他国』は逆となる可能性が高い。なら、クレアの有能は『月の王国』内の美女が危険にならない『程度』で良い。それが晶の判断だった。そもそも、晶は『月の王国』内の美女をよく知らない。しかし、クレアは知っている。知っているものと知らないもの。どちらを優先するかなど言うまでもない。
だから、晶は言う。
長野晶は言う。
『狂人』は言う。
「そう言われると、今すぐ要求しちゃいたくなりますね」
「なっ」クレアは顔を赤く染める。「あ、あなた、私の騎士なんだから、私の言うことは聞きなさいよね!」
「いやいや」晶はいやらしい笑みを浮かべる。「『私のカラダくらいなら、好きにしてもいいわよ?』って言ったじゃないですか」
「そ、それは、言ったけど……」
「あれあれー? 嘘だったんですかー? これから女王になろうって人が自分の騎士にそんなことしちゃっていいんですかー?」
「うっ」クレアは呻くように声を上げる。「だ、だけど、いや、確かに、でも、うー……」
「あっはっは」頭を目をぐるぐる回しころころ表情を入れ替えるクレアを見て晶は笑う。「ああ、ごめんなさい。冗談、冗談ですよ。前にも言った通り、俺は『無理やり』っていうのは好きじゃあないんで、心配しなくても、クレアさんの準備ができるまでは何もしませんよ」
「な、な……」クレアの顔がこれまでになく赤く染まり、爆発する。「なんて冗談を言うのよ! わ、私がその気になれば、あなたを処刑することだってできるのよ!」
「うわーこわいこと言うなーこの女王サマ。ちょっとエロいこと言っただけで顔を真っ赤に染める『初心』っぷりなのに、そういうとこだけは『悪い独裁者』の典型だ。もしくは『子供』?」
「う、うるさいわね! わ、私だってそういうことに興味がないわけでは」
「え? 興味、あるんですか?」
「あっ」クレアが声を上げる。「ち、違う違う違う! 興味なんてない! 興味なんてないわよ! わ、私は女王だもの! そんな俗なことに興味なんてないわ! そもそもそういうのには触らせてもらえなかったし! あのバカはそういうとこだけは厳しかったもの!」
「いや王族ってそういうのに興味アリアリどころかこの世界でいちばんって言ってもいいくらい性に乱れて淫れている存在じゃないですか。あと触らせてもらえなかったって明らかに興味はあったってことじゃないですか。あとあのバカって誰ですか」
「そ、そんな一気に突っ込んでこないでよ! ひ、ひとつひと」
「え?」晶はクレアの言葉を遮り言う。「そ、そんな、『突っ込む』なんて……やだ卑猥」
「そ、そういう意味じゃないわよ! あなたの頭にはそれしかないの!?」
「そうですね!」
「そんなことを自信満々に言わないでよ!」クレアは叫ぶように言い、いじけ始める。「もうもうもう私は女王なのに主なのにそれなのにどうして私にそんなことを言うのよもうもう騎士のくせに主に女王に逆らうなんて生意気なこと言うなんてダメなんだからもうもうもうどうして私はこんな奴を騎士にしちゃったんだろうちょっと有能だったからってこんなのが居たら国の沽券に関わるじゃない絶対そこらで女の子と何か問題を起こして国の評判を落とすわよもうもうどうして私はそんなことにも気が付かずにあんなことをしちゃったのよもうもうもう……」
「あっはっは」しかし晶はそれを見て笑う。「いやあやっぱりかわいいですね、クレアさん。あなたみたいな美女をからかうことに俺は幸せを感じるんです」
「性格悪いわね!」
「ふっふっふ。俺のすべては美女のためにある。つまり、あなたのかわいいところを見るためならそんな評価を受けても構わないということさ!」
「あなたやっぱり最悪ね!」
「そんな言葉も俺にとってはご褒美です!」
「気持ち悪い!」
「もっともっと!」
「本当に気持ち悪い! 最低! 死ね!」
「いい感じです! もっとです!」
「人間のクズ! 下半身男! 性欲のみで生きている男! 女好き!」
「まだです! まだ足りない!」
「狂人! 嫌な奴! 性根が腐ってる! 美女と見れば誰にでも声をかける女好き!」
「あっはっは! 素質ありますよ、クレアさん! あなたは『女王サマ』にぴったりだ!」
「そ、そう? それは悪い気分じゃあないわね」
「じゃあもっと言ってみましょうか!」
「え、ええ! 私もなんだか気持ちよくなってきたわ! じゃあ、続けるわ――」
ガチャ。
扉が開く。
プリミヤが固まりスウが固まりグシェナが固まりボーニャが顔を輝かせ魔王が笑いをこらえている。
一瞬、沈黙が場を支配した。
「なんだか楽しそうですね!」
そうボーニャが言った瞬間、魔王が噴き出し晶が笑い、クレアが顔を真っ赤に染めながら慌てて「誤解よ」と言ってプリミヤたちの誤解(誤解ではない)を解こうとしたりしたが失敗に終わったりプリミヤが呆然としていたりグシェナが「……けだもの」とかわいく頬を膨らませていたりボーニャがクレアの真似をして晶に暴言を吐いていたりしたが省略。
ただ一つ言えることがあるとすれば、『これは晶の狙い通りだ』ということである。
『狂人』は『狂人』を演じていたということである。




