戦争 -19-
「待ったかい?」
「いや、ちょうど暇つぶしの相手も居たからな」
「それは良かった。じゃあ、始めようか」
「ああ、始めよう」
晶は魔力を変換、肉体強化の魔法を発動、床を蹴る瞬間に極小の『足場』を形成、それを蹴ることで床へ破壊力が伝わることなく晶は加速、レインに向かう。
対するレインは『暴風域』により晶の行動を阻害しようとする。が、グシェナがそれを邪魔する。レインは舌打ちする。「今は邪魔をするな、愚民が」レインはグシェナに魔法を放ち『暴風域』に巻き込まれていた様々な物を投擲する。魔法と物理の同時攻撃。これを前にグシェナは防御に集中せざるを得なくなる。その間もレインは晶へ攻撃を続けているが、晶に当たることはない。その悪魔的とも言える計算能力は音速を超えた速度で動くという晶の行動を予測し避ける方向までをも的中させていたが、それでも当たることはない。たとえ相手の行動を先読みすることができたとしても、音速で動き回る者に攻撃を『当てる』ということは尋常ではなく難しい。レインはその動きをある程度までなら誘導させることさえできたが直撃には至っていない。
そんなレインを見て晶はやっと理解した。そうか、そうだったのか。レインは知能も魔法技術も何もかもで悪魔的と言えるほどの能力を有している。だが、それなのに自分は負けていない。まだ生きている。それは余裕とも思えるが、晶に対して『だけ』はその可能性はないと考えていい。
晶の使う魔法は『肉体強化』。レインが唯一『消せない』魔法である。その使い手はレインにとってはまさしく『天敵』と呼ぶに相応しい。『音速をすら超える速度』で『意志を持ち動き回る』『成人男性ほどの質量』を持った『弾丸』。それが晶だ。その威力は尋常なものではない。まさに『常識を外れている』。さらに音速を超えて動き回っても『無事』でいられるだけの肉体強度。それを『常に』成立させている。この異常性がわかるだろうか。並大抵の攻撃では傷一つ付けることはできず小指の先でも触れようものなら木っ端微塵に弾け飛ぶ。こちらの攻撃は通らないのに相手の攻撃はかすりでもすれば即死する。このような相手にいったいどうやって勝つというのか。常識的に考えれば不可能だ。
しかし、先程、レインは晶の攻撃をまともに『受けた』。それなのに『無事』だった。そう『見えた』。そう、そのように『見えただけ』である。実際のところ、レインは確実に晶の攻撃でかなりのダメージを受けていた。何らかの魔法により『即死』を免れ、『治療』した。そして『それこそ』がレインの弱点である。
たとえ晶の攻撃が当たったとしてもレインはそれを瞬時に修復する。だが、『即死』を免れる際には絶対に『肉体強化』に近い魔法をする必要がある。晶ほどの魔力変換効率を持ってでもいない限り『燃費が悪過ぎる』その魔法を、だ。つまり、レインは晶の攻撃を受ける度にそれだけの魔力量を失っている。膨大なまでの魔力量を引き換えにすることで初めて晶の攻撃を受けて『生き残る』ことができるのである。
無論、晶の攻撃を受けて『生き残る』だけでも尋常なことではない。しかしそれは重要なことではない。重要なことは、レインは『無敵ではない』ということ。何度も殺せばいつか死ぬ。その魔力量が尽きるまで殺せばレインは死ぬのだ。
だから、その晶を相手にレインが手を抜くわけがない。レインが晶の子を産みたいなどと言っていたことは本心だろう。だが、レインはその程度を分けて考えられない人間ではない。『殺す気で戦わなければ殺される』。そのことをはっきりと理解している。レインは晶を殺す気で戦っている。
だが、『これ』で『本気』なのだ。晶からすれば考えられない。晶は幼少の頃より戦闘術を学んでいた。『白髪赤眼の幽鬼』、『白銀の戦鬼』、『白き死神』……。様々な名を持つ彼に徹底的なまでに鍛えられた晶は『殺し合い』を理解していた。『戦争』であればレインが一枚どころか何枚も何十枚も上手かもしれないが、こと『殺し合い』においては晶の方が理解は深い。なぜか。『この程度』が『本気』だからだ。
レインの計算能力は異常だった。その先読みは『予知』に近かった。魔法も尋常なものではなかった。
だが、晶は生きている。
もしも晶がレインと同等の能力を持っていれば晶は『ナガノアキラ』を一瞬で殺すことができる。一瞬で戦闘不能にすることができる。レインのあまりの才能に圧倒されているから晶の方が弱いように見えるし実際そうなのだろうが、それでも『殺し合い』の『理解度』という観点から言えば、晶の方が上なのだ。
この原因にはまず戦闘経験の多さということが挙げられる。『戦争』ならレインの方が多いだろう。しかし『戦闘』ならば晶の方が多い。数多くの『戦闘』を『殺し合い』を経験している晶は『戦闘』を『殺し合い』をレインよりは理解していた。
なら、勝てる。
晶は『足場』を蹴って一瞬でレインから距離をとる。超音速で動く晶のその動きは瞬間移動に近い。レインはその悪魔的な計算能力から『先読み』していたが、本来であれば『先読み』できるものではないのだ。晶は『足場』を蹴る一瞬だけ止まる。加速と減速の刹那。レインはそれを見ることにより、その瞬間の晶の些細な筋肉の動きや体勢から移動方向を予測、どの位置にどのタイミングで魔法を放てばいいのかを『数十手先』を見据えて計算し、誘導する。なら、『それすらできなくさせればいい』のだ。
「レイン」晶は言った。「先程までは出来なかったが、今では出来ることがある。それを、見せよう」
「ほう」レインは笑う。「それが『月の契り』の成果、というわけか」
「まあそうだね。で、その前に言っておきたいことがある」
「話せ」
「俺は君に『今すぐ退く』ことを勧めるよ。さっきまでなら明らかに君の方が強かったが、今は違う。少なくとも『今の君』に負ける気はしない」
「答えを言う必要はあるか?」
「わかった。じゃあ、出来るだけ『殺さないよう気を付ける』から、頑張ってくれよ?」
晶は床を蹴った。晶の周囲の床が壊れ瓦礫と化す。晶はそれをレインに向かって投擲。レインは目前に迫る瓦礫を『暴風域』で逸らすが晶の手によって音速すら超える速度を得た瓦礫を完全に逸らすことなどできない。レインは『暴風域』の補助を得て高速で移動。相手の動きを妨害し自らの動きを補助する。それこそが『暴風域』。並の相手なら妨害するどころではなく殺せるが本来の用途はこちらである。ただ『在る』だけで敵の攻撃を吹き飛ばす風の壁、それをレインの悪魔的な技術によって完全に制御した結果。それは今回も自然に働く。レインは難なく瓦礫を避ける。
「相手の視界を奪うことは基本だ」
が、その瓦礫に隠れるようにしてもう一つの瓦礫がレインに向かっていた。レインは『暴風域』によりそれを逸らし避ける。レインの計算能力は悪魔的だ。だが、それがいつでも発揮できるとは限らない。『もし相手が見えなかったなら?』『もし相手が自分の知らない手を使ってきたら?』『もし相手が……』
要するに、レインは相手の『初動』から、『予備動作』から晶の動きをその計算能力で予測していたに過ぎないのである。レインの悪魔的な計算能力であれば『見なくとも』相手の動きを先読みする程度ならできるかもしれないが、少なくとも、今は無理だ。レインは晶のことをまだよく知らないし、先程の一瞬で幾らかの『癖』を見抜き『先読み』できるようになっていたとしても、それは『今の晶』ではない。『月の契り』によって晶は『全力』を出せるようになったのである。時間が経てばわからないが、少なくとも『今』はレインでも『先読み』することはできない。
「超音速で移動する物体ならたとえ数十メートル離れていても至近距離での『パンチ』と同じだ。超音速で移動する物体はたとえ数十メートル先にあっても至近距離にあるとして考えなければならない」
晶が投擲した瓦礫を逸らし避けたレインであるが、彼女は晶を見失っていた。晶はいくつもの瓦礫を作り出しそこら中に放っていた。これも十分の速度を持っているが、『超音速』である晶から見れば『水に沈むコイン』に近い。その瓦礫で晶は身を隠しながら音速で動き回る。
「つまり、予備動作を見ることができなければ避けることはできない。人間の反応速度から考えれば至近距離での『パンチ』も避けることは不可能なのだから」
晶の投擲した瓦礫の破片は破片であっても尋常ではない運動エネルギーを有している。レインが逸らした瓦礫などが当たり、天井や床がどんどん壊れていく。新たな瓦礫が生まれていく。晶はその瓦礫を利用する。
「戦闘において最も重要なことは『相手の気持ち』を考えることだ。相手がいちばん嫌がることをやる。それが基本だ」
いくつもの瓦礫が超音速で放たれた結果、既に『城』は倒壊しかけていた。壁が消え床が消えた。現在、他の階層ではスウやボーニャ、プリミヤなどが戦っているはずである。もちろん晶は彼女たちを心配しているが、彼女たちの場所に至る頃には瓦礫は粉々に砕けた塵となっている。それでも十分の威力を持っているが、それに当たっても死にはしない。しかし、レインとの戦いが長引けば彼女は死ぬ危険がある。彼女たちが戦っている者たちはそれほどまでに強いのだ。リリィは殺さないと思うがアブリリウスとやらは別だ。彼は殺す。躊躇なく殺す。スウやボーニャの実力は『魔王』の折り紙付きだが、それでもアブリリウスに勝てるという確信はない。見るからに彼は『戦い』を愛しているようだから、戦闘を長引かせていることを望むばかりだ。
だが、レインに勝てば戦争は終わる。なら多少の怪我を負わせることを覚悟してレインを倒すことにだけ集中するべきなのだ。
「そして、その応用が」
晶は瓦礫を思い切り殴る。結果、レインを瓦礫の散弾が襲う。
『全方位から』。
「相手の予想を超えることだ」
『暴風域』によってそれを逸そうとしたレインであるが逸らし切ることはできずに当たる。
「知っているか? 人間は音速で殴られると死ぬ」
いつの間にかレインの背後に居た晶は思い切りレインの首を殴る。レインの頚椎が確実に折れる。が、一瞬で修復する。
「『残心』を忘れてはならない」
晶はレインの首を掴む。握力だけでそれを折る。瞬時に修復。晶は首から手を離さずレインを壊れた床、瓦礫へと叩き付ける。頭が潰れる。瞬時に修復。晶はレインの体躯を思い切り踏みつける。レインの体躯が潰れ瓦礫が砕ける。瞬時に修復。レインが晶に魔法を放つ。直撃するが晶は『足場』を形成し自分の肉体を強制的にその場に留める。その一瞬でレインは晶から離れる。晶は『足場』を形成し瓦礫で身を隠しながらレインに近付く。レインはそれを読み既に魔法を放っている。
「状況が状況ならダメージを覚悟して飛び込まなければならない」
晶はその魔法に自ら当たりに行く。晶の左腕が消し飛ぶ。真正面からレインに向かう。レインは驚きに目を丸くしながらさらに魔法を放とうとする。だが遅い。
「困ったら『目』を狙え」
晶は五本の指を立てほとんど『予備動作』なくレインに『目突き』をする。『目突き』にはそれほど大きな威力は要らない。腕だけを動かせばいい。五本の指をばらけさせ適当に目のあたりを突く。それだけだ。しかし晶の肉体強化はそんな『手打ち』でも絶大な威力を発揮する。レインの目のあたりが弾け飛ぶ。瞬時に修復。しかし晶はまだ『手を引いていない』。眼底を突き破る。瞬時に修復。しかし手は引かない。『目』だけは離さない。修復しても修復しても壊し続ける。自分自身に『魔法』を使い晶は既に左腕を『再生』させている。目を右腕に任せ左腕で首や心臓を狙い続ける。執拗に執拗に。一切の手加減なく殺し続ける。
それを何十回と続けると晶はレインから手を放した。レインは傷一つ負っていない。そして表情に恐怖もない。あれほどまでの『死』を体験しておきながら、一切の恐怖を覚えていない。それどころか、『笑み』を浮かべてさえいる。
「殺さなくてもいいのか?」
レインは言う。既に『暴風域』は消え、戦闘を続行するだけの魔力はないだろう。それなのに、レインは最初に見せた顔のまま、悪魔的な笑みを浮かべたまま、言う。
「俺の目的は君を殺すことじゃあない」
「後悔するぞ?」
「殺した方が後悔する」
「お前はわざわざ私に『戦い』を教えたな。音の衝撃がうるさく聞こえ難くはあったが、私には聞こえた。あれは何故だ?」
「いずれリリィが教えたかもしれないが、こういうことは出来るだけ早い方が良いと思ってね。『君は死なせない』。そしてその最適の方法は『俺が守る』ことじゃない。俺は常に君の傍に居られるわけじゃあないからね。本当に大切な人が居るならば、その人を『守る』のではなく、その人が『自らを守るための技術』を得なければならない。だから、俺は君にこれを教えたんだよ」
「次に会う時はお前にこれを使うかもしれないんだぞ?」
「その時はその時だし、そんなことはただの仮定に過ぎない。そんな仮定で君の命を危険にさらすなんて俺にできるわけがないだろう?」
「……お前、やはり、私のものにならないか? お前の子が産みたい」
「それは種馬という意味で?」
「いや、一人の女としての正直な気持ちだ」
「それは心惹かれるね。でも、今は無理だ。俺はまだこの世界について知らない。そんな俺でもわかることがある。『君は間違っている』。俺はそれを正さなければならない」
「そうか、それは残念だ」
そしてレインはふっと笑い、言った。
「終戦だ」




