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戦争 -13-

 晶は床を蹴り上方に跳んだ。全力ではなかったがそれでも天井には届く。この部屋はそれほど広いわけではないのだ。


 この部屋の本来の用途は会議である。それも戦時下での会議を想定して設計されている。月の王国の初代王女の時代、この都市を振り分けられた騎士は実用性に特化した都市を求めた。戦に特化した都市を求めたのである。結果、この部屋は会議をする以上の用途では使えないほどに狭い部屋となってしまったのだ。それでも大勢で会議をすることを想定した程度には広いが、戦闘するには適さない。アブリリウスとスウ・ボーニャが戦っている場所、リリィ・ユクノとプリミヤが戦っている場所は『戦場』になることも想定されているからある程度は広い。さらに『戦場』となった場合は絶対的不利の状況となることは明らかなので攻撃と防御にあまり差が出ないような構造となっている。この城は『攻め込まれたならば奪取される』ということを前提にして設計されたという特異とも言える城なのである。逆に言えば『奪取された後、攻めこみ易くする』ということを目的に設計された城なのである。

 と言っても、これが今回の場合にも適用されているとは言い難い。現在この城で行われている戦闘は異常な状況下で行われている戦闘である。この城、と言うよりこの都市は『城内に攻め込まれたならば落とされる』と考えた方が良いようなものであるから『絶対に攻め込まれない』ような構造となっている。これに関してはどのような都市においてもそうであると思うがこの都市はあまりにもそれに特化している。(無論、最優先となるのは『城の防衛』ではなく『首都の防衛』であるからどちらかと言えばそちらに特化しており、つまり『都市』そのものが『犠牲』にすることを想定して設計されているのだが、それでも『城』が落とされた場合に戦況がどう傾くかは明らかであるため、防衛に関してもきちんと考えられているのである。それらを両立するために多大な努力が払われている都市なのである)。しかし、今回の戦闘は『城内に侵入した状態』から始まった。このような状況は想定されていなかったのである。あるいは想定した上で『そのための対処をする必要はない』と判断されたのかもしれないが、少なくともこの都市はこのようなイレギュラーを対処する特別な都市構造にはなっていなかった。そして『都市』だけでなく『レイン』もそうだった。ただしレインは『そのための対処をする必要はない』と判断した人間だったが。


 晶が跳んだ瞬間にレインは魔法を発動。風が起こり晶を襲うが横から起こった風に阻まれ相殺。レインは不機嫌そうに顔を歪めグシェナを見る。緑の髪に緑の眼。先程と色が変わっている。レインは驚き言う。「お前、『全魔』か。このようなところで見るとは思わなかったぞ」

 そうしていると跳躍した晶は『宙を蹴った』。魔法である。晶の肉体強化がより大きな効果を発揮するために覚えた魔法。『一回限定』で蹴ることができる足場を作るというだけの魔法。全力でなくとも『一回』で壊れ、全力だったとしても『一回』で壊れる。使い捨ての足場。それこそが『魔界』にて晶が覚えた魔法であった。


 全力でその足場を蹴った晶は途轍もない速度でレインに向かう。レインは魔法で迎撃しようとするがその魔法はグシェナによって阻まれてしまう。レインは嘆息しグシェナを見る。


「お前を先に潰した方が良いな」


 瞬間、グシェナは咄嗟に防御障壁を展開する。衝撃、衝撃、衝撃。一瞬で障壁が破れる。しかし既に解析済みだ。グシェナはレインの魔法を相殺する魔法を放つ。


 するとその魔法が消える。


 グシェナの魔法『だけ』が消える。


「なっ」グシェナは驚愕に顔を歪める。しかし驚いている時間など待ってはくれない。一瞬にして障壁を破った魔法がグシェナを襲いその身を大きく吹っ飛ばす。二、三度床に身を強く打ち回転しながら十メートル近く吹っ飛んでいく。グシェナは身を丸め動けない。その身から多くの術式が展開され自動修復が始まる。ごほごほと咳をして吐血する。全身の表面に展開されている自動防御術式によりダメージを軽減することは出来たが、それでも一撃で満身創痍になるほどの威力であった。追撃すれば確実にグシェナは死んでいた。だが、そう簡単にはいかない。


「できれば止めを刺したかったが」

 レインはグシェナに一撃が入ることを確認した瞬間に晶へと標的を変えている。

「お前は許さないだろうな」


「当然だ」


 尋常ではない速度でレインに接近しようとした晶だったが、レインの攻撃により方向転換せざるを得ない。空中に足場を構築しそれを蹴り強引に方向転換する。レインはそれさえも予測し晶の移動する場所に魔法を既に放っている。晶は大きく息を吸う。魔力を吸う。その絶大な魔力変換効率により一瞬にして人の枠を遥かに超えた魔力量を得る。晶はそれを即座に肉体強化へと費やす。全身に魔力を溢れさせ爆発させる。結果、晶は音速をも超える速度で移動する。


「まともに喰らえば死ぬな」


 そのような状況でありながらレインは平然として言う。音速でしかも意志を持ち空中で方向転換する成人男性ほどの質量を持った物体を相手にしてなお、レインがその余裕を崩すことはない。ただ悠然と泰然と構え魔法を放つ。晶はそれを紙一重で避けながらもレインに向かうがそこにはいつも魔法が待ち受けている。晶がそれを避けるためにはレインの近くから一度離れざるを得ず、振り出しに戻る。


「しかし、それだけの速度を出して『処理』できるのか?」


 レインの言葉は当然のものだった。音速を超える速度。そのような速度を脳が処理できるのかという話である。そのような速度を制御することができるのかという話である。人間の処理能力の限界を遥かに超えた速度を、しかし晶はある程度まで制御していた。晶には魔法の才能があまりなかったため、『魔界』で修行してもなお完全に制御するには至らなかったが、それでもある程度なら制御できていたのだ。


 だが、もし完全に制御出来ていたとしても――いや、もし完全に制御できていたのならば、晶は一瞬でレインに負けていたであろう。それほどまでにレインの『読み』は的確だった。相手の動きを予測しそこに魔法を放つ。予知能力か読心能力を持っているのではないかと疑ってしまいたくなるほどのその『読み』は、しかし晶を捉えきれずにいた。晶が自らの行動を完全には制御できていないことに気付きそれすら計算に入れたその『読み』を、晶はさらに読んでいた。こちらなら晶にも十分な経験があったのだ。地球に居た頃、彼は何度も銃を持つような相手と戦ってきた。その中には訳の分からないほど相手の動きを『読む』ことが上手く、百発百中に近い技術を持つ人間も居たのである。そのようなバケモノたちが居る戦場で十年は戦ってきた晶は『レイン』が『それ』と『同等かそれ以上』と理解できた瞬間にその対処ができたのである。そもそも、晶はこういう相手と『戦ったこと』なら十年ほどだが、『修行』なら物心ついた頃からやっているのだ。『白髪赤眼の幽鬼』、リリィ。彼の予知としか思えない『読み』に比べれば、レインの『読み』はまだマシだ。と言っても、自分より遥かに上ということは確かだが。


「さすがはリリィの弟子なだけはあるな。よく避ける。だが」

 レインは視線をちらとクレアとグシェナの方に向けた。

「こうすればどうかな」


 レインはクレアとグシェナの方に魔法を放った。直後、レインは表情を微かに歪め呟く。


「一手、誤ったか」


 咄嗟に展開された極大の防御障壁を一瞬で破壊し、晶の拳がレインの腹に突き刺さる。拳の軌道上だけでなく肉体の駆動域のほとんどを妨害するようにして展開された防御障壁により晶は十分に減速していたが、その直前まで音速で動いていた物体なのだ、晶の重量を考えるとそのエネルギーは莫大なものとなる。銃でなら何口径に近いものなのかという仮定すら無駄である。それほどまでに圧倒的な威力。レインの全身に展開された術式が発動し晶の攻撃、そのエネルギーを出来る限りレインの肉体外へと逸らす。それでもなおレインへの衝撃は尋常ではなく、グシェナがレインの攻撃を受けた時のように吹っ飛ぼうと全身が少し浮く。が、このような絶好の機会を晶が逃すわけもない。自分の攻撃により吹っ飛ぼうとするレインのその肉体を晶はその異常なまでの速度と精密の身体操作により容易に捉える。足場を形成し蹴りレインが吹っ飛ぶ軌道上を晶は全力で蹴ろうとするがすぐに引っ込めレインから離れる。すると即座にレインは姿勢を整え平然と床の上に立つ。そしてレインを蹴ろうと晶がつい先程まで居た場所がレインの魔法により消滅する。


「さすがに少々痛かったぞ、愚民」

「耐えるとは思っていたけれど、まさかここまでとはね」

「私は『人類最高』を自称している」

「初耳だよ」

「そうか。なら、今ここで知れ」

「ああ、知ったよ。自称『人類最高』さん」


 レインはクレアとグシェナに目を向ける。自己修復を続けるグシェナにクレアが寄り添っている。『まったくの無傷』で。


「お前は絶対にあれを守りに行くと思ったのだがな」

「知っていたからね」

「そうか。だが」レインはその顔に大きな笑みを刻んだ。「これは大きな収穫だ。よりこの国が欲しくなった」

 その言葉で晶は気付く。「レイン。君はクレアさんの『魔法』が欲しいのか」

「ほう」レインは豪胆の笑みを浮かべる。「さすがはリリィの弟子、と言うべきか?」

「かもしれないね。彼のせいで俺も細かいところを気にするようになってしまった。これが女性の心をなかなか掴めない理由なのかな」

「案ずるな。リリィほどではないし、私の心は掴めている」

「それは嬉しいね。でも、クレアさんの『魔法』を望むのなら『王国』ではなくクレアさんを狙うべきじゃあないか?」

「それもそうだな。では、標的を変えよう」


 レインがクレアに向かって魔法を放つ。が、クレアから一メートルほど離れた場所でそれは消える。レインは魔法で床を壊しそれでできた瓦礫を魔法により射出する。クレアから一メートルほど離れた場所で弾かれ砕け消える。


「ほう。さすがは『女王』。騎士の守りなくとも自身だけは守る、か。これで謎が一つ解けた。伝記を読んでいてずっと思っていたんだよ。『月の王国』初代女王。『月の女王』。『太陽の寵姫』。あれが国をつくれた過程、それにずっと疑問を抱いていたんだ。あれは何度も戦乱の渦に巻き込まれていた。だが死ななかった。それがずっと不思議だった。『騎士』が守ったのか魔王が守ったのかと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ」

「絶対防御、というやつなのかな」

「さあ? 聞いてみようか」レインはクレアを見た。「おい、愚民。そこの金々。お前だ、お前」

「……何?」


 クレアは不機嫌をあからさまに顔に出して言った。そもそも、クレアは帝国をひどく嫌っているのである。魔王の『授業』の成果が短期間で出たのか、あるいはクレアにそういった才能があったのか、激昂することはなかったが、帝国の一員で、それも皇子であるレインに好意を抱いているはずもない。彼女はその金髪を揺らしその金眼を嫌悪感に染めてレインに言ったのだった。


 しかし、レインはそれを歯牙にもかけず言う。


「その魔法、それの名前は何だ? 『騎士契約』を『月の契り』などと言う奴の魔法だ。きっと付けているのだろう?」

 それにクレアは驚く。「どうして、その名前を……」

「お前はまだその段階なのか」レインが嘆息する。「そもそもこの戦争の目的は『月の契り』だ。それくらいは気付いていると思っていたんだがな。まあそれはどうでもいい。早く言え、その魔法の名前を」

「……『雲隠れ』」

「そうか。じゃあ、その魔法を寄越せ」

「誰が」

「そうすればこの『王国』を諦めてやろう」

「……時間を」

「そうか」レインは一瞬にして看破した。「『教えられない』のだな?」


 それにクレアは言葉を失う。その反応にレインは笑い晶を見る。


「おい、このバカ王女はどうしてここまでバカなんだ。あのような反応をするなど、答えを言っているようなものではないか」

「俺に聞かれても困る。魔王やそこのグシェナなら知っているかもしれないけれどね」


 晶は言ってレインの目を見る。


「じゃあ、『教えられない』とわかったことだし、退いてくれないか?」

「退くと思うか?」

「望んではいるね」

「なら絶望しろ」

「残念だ」


 レインが退かなかった理由は単純である。クレアが『知らないだけ』という可能性を考えたのだ。調べれば何かわかるかもしれない。直接的な『方法』がわからなくともレインやミクリスのような研究者はその時にこそ真の力を発揮する。おそらくは『月の王国』にはその『魔法』の手がかりが存在する。それがどれだけ微かなものであっても、それらから『方法』を導き出すようなことを可能とするのがレインやミクリスのような存在なのだ。晶はレインが『そう』だとは知らなかったが、そういった人間を抱えていることくらいは予想していた。それだからレインが退かないことなど晶にはわかっていたのである。戦争をしてまで欲するようなものをそうやすやすと諦めるわけがない。


「そうだな、代わりと言っては何だが、一つ、お前が喜びそうなことをやってやろう。喜びそうなことを教えてやろう」


 レインは言った。その顔に悪魔的な微笑を浮かべて言った。


「愚民。どうやらお前は私の天敵のようだ。それでも私の方が圧倒的に上であることは間違いないが、万が一ということはあるからな。一つ、お前を無力化してやろうと思う」


 直後、レインの輪郭がぼやけた。


「お前は美女が好きらしいな。美女が好きで好きでたまらない。なら、その弱点は何だ?」


 レインの声が少しずつ高くなっていた。悪魔的なまでに男性的な色香に溢れた声がその色香だけは残したまま中性的なものへと変わっていた。


「光栄に思え、愚民。この姿は、帝国でも一握りしか知らない」


 レインの輪郭が黒くぼやけ、その黒いもやのようなものが小さくなっていく。その輪郭が、男性の形から、女性の形へと変わる。


「王位継承順位を上げるためには『女』であるわけにはいかなかった。『男』であることが必要だった。だから私は、ずっと『男』として生きてきた。だが、お前には教えてやろう」


 そして、もやが晴れ、『彼女』の真の姿が現れる。


「これが、私の真の姿だ」


 そこには、悪魔的な美貌があった。


 間違いなく女性であるにも関わらず、その性別すら疑いたくなるほどの、性別すら超越した悪魔的な美貌。


 腰にまで伸びた黒髪は夜空を思わせ、その黒き目は光すら飲み込む黒き穴を連想させる。


 まさしく悪魔的。その姿を一目見るだけで魂を引き換えにすることも厭わない人間が山ほどいるだろうほどの美貌。


 それはまるで、『スノウ』だった。


 帝国の寵姫。フェブライリスの邸宅で出会った少女。フェブライリスの邸宅から奪った少女。彼女の姿に、レインの姿は酷似していた。


 表情だけが違う『スノウ』。


 それが彼女を見た第一印象であった。


 しかし、スノウを真似ているわけではないことはすぐにわかった。


 むしろ逆だ。


 スノウこそが、彼女の姿を真似ているのだ。


 スノウのあの天使のような表情はその悪魔的な美貌とはどこか不釣合いであった。


 しかし、彼女はどうだ。


 彼女のその表情は、まさしく悪魔的なものではないか。


 悪魔的な美貌に悪魔的な表情、そして悪魔的な頭脳を有し悪魔的なまでに強い。


 これが、レイン。


「どうだ? この姿を前にして、お前はどうする?」


 レインは笑った。悪魔的な笑みを浮かべ、ゆっくりと、晶の方を見た。


 直後、レインの周囲に展開された自動防御術式が作動し幾重もの防御障壁が展開される。しかしそれは一瞬で破れ『その者』の侵入を許す。


「こうする」


 晶の拳がレインの腹部を的確に捉え、骨が折れる音と内臓が潰れる音がその場に響いた。


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