戦争 -11-
この人、本当に『人間』ですかー?
スウは思う。目前の男、アブリリウス。魔法を使っている様子がないにも関わらず自分とボーニャを相手にして互角の戦いをしている。これがどれだけ異常なことか。魔法とは地球のもので例えるなら『兵器』である。スウとボーニャはその中でも強力なものと考えていい。戦車をも超える性能を有しているのだ。耐久性は大きく劣るが、それ以外は超えている。そんな彼女たちと『ただの人間』が互角に戦う。それは丸腰の人間が戦車二両と互角に争っているようなものなのだ。
「ハッハッハッハッハッ! 面白い! 面白いぞお前ら! ここまで楽しめるのは久しぶりだ!」
それなのに、アブリリウスは笑う。一切の恐れなく、一切の怯えなく。ただただ愉悦の極みの笑みを刻む。
「あはっ。あはははははははは!」
空中に浮いた瓦礫に立ってボーニャは笑う。瓦礫の下に立って笑う。蝙蝠のように、あるいは重力が逆に働いているかのように、瓦礫に『立ち』、彼女は至福に笑い声を上げる。
「私も楽しいです。久しぶりです。血が滾る。血が燃える。全身の血が沸騰して脳が煮え滾る。理性が蒸発する。感情が融け始める。ああ、楽しい、愉しい、楽しくて愉しくてたまりません」
ボーニャは瓦礫を蹴り、宙に浮く。自らの身を抱き恍惚に顔を歪め息を吐き声を出す。
「ああ、故郷を思い出します。『煉獄』。あそこは本当に楽しかった。地獄のように愉しかった。早く好きな人と結婚して帰りたいなあ。それまで帰ってくるなと言われちゃったからなあ。そのためにも、早く、早く、この戦争を終わらせなきゃ。でもこの時間は永遠に続いて欲しい。私、どうしたらいいんでしょう? ああ、幸せな悩みだということはわかっています。でも、だからこそ、本当に悩みます。私、なんて幸せなんでしょう。ここ最近で幸せなことが続いています。アキラと出会えたし、あなたと出会えた。私は幸せ者ですね。本当に本当に、幸せ過ぎてこわいほどです」
「どうするかは簡単だ」
アブリリウスは言う。
「今はこの時を目一杯楽しむと良い」
「そうですね。とにかく、全力で行けばいいんですよね。それがいちばん愉しいに決まっているんですから!」
ボーニャが一瞬の鼻歌を奏でる。『歌』というただの『言葉』とは桁外れの情報量を有するものによる『詠唱』。それは一瞬で術式を紡ぎ魔法を発現させる。空中に浮いていた瓦礫がアブリリウスを尋常でない速度で襲う。ボーニャは天井に『降り立ち』、『歌』を続ける。天井が変形しアブリリウスを襲う。アブリリウスがそれらを防ぎ避けている間にボーニャは床に降り立ち、『歌』を紡ぐ。アブリリウスの立っている床が変形し彼を襲う。アブリリウスがその場を離れようと床を蹴ると床は泥のような感触となり彼の足が沈み込み直後固まる。一秒の時間もなくアブリリウスは床を破壊しそこを離れようとするがもう遅い。瓦礫や天井、床が様々な形に姿を変えてアブリリウスを攻撃する。アブリリウスは避けられない。
「面白い」
だから、アブリリウスはそれを弾き落とす。その場からは動かず上半身の動きと両腕だけですべての攻撃を捌き切る。人間の限界を遥かに超えた動き。
だが、だからこそ、そこを突く。
「私も居るということを忘れていませんかー?」
スウの髪が変形してアブリリウスを襲う。アブリリウスはそれを防ぐ。防ぐことが出来る。その異常がわかっているからこそ、スウは彼に対処することができる。
「私が『それしかできない』とでもー?」
魔法。
魔族の魔法は人間のものとは違う。魔族とは『魔力で構成された生命体』の総称。
故に、魔族は人類が不断の努力によって至る領域を最初から凌駕している。
『魔力の扱い』。
それこそが魔法の基本にして最も重要なことである。
魔族にとって『魔力を扱う』ということは自分の肉体を動かすのと同じなのだ。人間とは比べ物にならないほどの速度で魔法を構成し発動することができる。
アブリリウスによって掴まれた『髪』。それもまた『魔力』である。
魔法は魔力によって発現する。
魔法が発現する。
だが、
「それしきのことを読んでいないと思うか?」
アブリリウスは笑う。そうして、今度こそ床を蹴り、
「あはっ」
ボーニャが笑う。『詠う』。
「それしきのことを読んでいないと思いますか?」
床が沈みアブリリウスの足を掴む。逃げられない。魔法がアブリリウスを襲う。直撃する。アブリリウスのその生身の肉体に確かにその魔法は直撃した。障壁を張っていたとしても確実な死を与えるだけの威力だった。だから、アブリリウスは死ぬはずだった。
「でも、これくらいで終わりはしませんよねー」
スウが言う。その視線の先には口から鼻から全身から血を流しながらも姿勢を崩さないアブリリウスの姿があった。
「無論だ」
アブリリウスは笑う。
「しかし、うっかり魔法を使ってしまった。反省しなければならないな」
そう、そうなのだ。
確かに彼は異常だ。魔法を使わずして自分たちと互角にやり合える異常。
だが、だからと言って、『魔法を使えない』とは一度も言っていない。
「さあ、再開しよう。死が我らを分かつまで」
ボーニャが愉悦に笑い、スウが苦笑した。
はあ、どうして私はこんな戦闘狂どもと戦っているんでしょうかー。
スウは思った。




