戦争 -9-
『月の王国』。
首都を七つの都市が囲む国家である。
『月の王国』初代女王には七人の騎士が居た。その騎士の一人一人に都市を与えた結果、その都市はまるで女王を守る騎士のように成った。
騎士には様々な者が居た。それだから都市も様々なものであったが、一つだけ共通点があった。それはどこも『戦』に備えたものとなっていたということである。
領主たる騎士たちの住居は例外なく『城』であった。敵を迎え撃つための城。有事の際に勝つための城であった。
そして、今。
その都市の一つ、その城の一つは、とある軍のものとなっていた。
その最上。
命令を下すものが居るべき場所。
そこに、晶たちは、至った。
「来たか」
そこには一人の青年が居た。夜を思わせる髪に悪魔的な美貌。その美貌にまさしく悪魔的な笑みを浮かべて、彼は椅子に座っていた。
彼を見てクレアとグシェナは驚いている様子だった。正確には『予測できていたが圧倒されていた』といった様子か。
しかし、晶は違った。晶は言った。
「久しぶり、『スィラ』」
その言葉にこそクレアとグシェナは驚いていた。晶が『スィラ』と呼んだ青年は笑った。
「わかるのか、愚民」
「まあね」
「しかし謝っておこう。私の名前は『スィラ』ではない」
「へえ。それじゃあ名前を教えてもらおうかな」
「レインだ。今回の戦争を起こした者、でもいいがな」
「じゃあレイン。一つ頼みがある。聞いてくれるか」
「聞くだけなら」
「この戦争を終わらせてくれ」
「断る」
「そうか。理由は?」
「『連盟』が」
「そっちじゃあない」晶は言う。「『そもそもの理由』だ」
その言葉にレインは笑う。
「そうか。ああ、やはりお前は面白いな。素晴らしいよ」
レインは立ち上がり、晶たちに向かって歩いて行く。クレアとグシェナは警戒を深めるが晶は微動だにしない。
「私がこの戦争をしている理由。それは『私のため』だ」
「君のため?」
「ああ。私のためだ。私は私のために戦争をしている。今までの戦争もこれからの戦争も、すべては私のためだけに行っている」
「帝国のためではなく、か」
「帝国は利用しているに過ぎない。さすがの私も国家の力なしに戦争は難しいからな」
「君の最終目的は?」
「理想郷の実現だ」
「理想郷?」
「ああ。帝国はいずれ世界を征服する。私はその世界を私の理想郷へと変える。それこそ我が望み。我が目的だ」
「そんなの」
クレアが口を開いた。
「そんなの、間違っている。国家の上に立つ者が」
「間違っている?」
レインは言う。
「間違っているのはお前だよ、愚民。こういった話で『正しい』などと『間違っている』などと言うことが既に『間違っている』」
クレアは意味がわからないという顔をした。
レインは軽蔑に笑う。
「いいか、愚民。そもそも私は国家の上に立つ者として今の言葉を言ったわけではない。国家の君主たる者は国家の目的を果たす役割がある。それは確かにそうかもしれない。それでこそ『良き君主』だ。民の生存と発展だけを追求する。それこそが『国家』だ。だが、私が言っているのは違うんだよ。私が言っているのは『私』という個人の話だ。世界を征服し理想郷をつくる。それは『私』の目的だ。『国家』じゃあない」
その言葉は当然のことだった。しかし世界を征服すると宣言した者が言っているということこそが異常だった。国家どころか世界の上に立つ者。それが『自分』のためだけに『自分』のための理想郷をつくると宣言したのだ。これだけ見ればレインは最悪の独裁者のように思えるだろう。
「それで」
晶は言った。
「君の理想郷とは?」
レインは当然のように答えた。
「平和な世界だ」
「は?」
とクレアが呆けた。グシェナも同じような顔をしていた。晶は表情を変えない。
「へ、平和な世界にするために、戦争をして、世界征服を? それは、そんなの」
「おかしいとでも言うつもりか? 愚民」
レインは言う。不遜の笑みを浮かべて言う。
「それは違う。私が『平和』を愛しているのは『私のため』だし、そもそも『平和』とは絶え間ない努力と絶大な幸運によってのみ成立する奇跡だ。それを強引に成立させようと言うのだ。それならば、いっそのこと『世界を征服』すれば手っ取り早いとは思えないか?」
「す」
クレアは言う。
「スノウの、あなたの国の、スノウ姫のように」
「スノウ? 確かに、あれがやっていることは素晴らしいよ。無意味ではない。だが、それだけで戦争はなくならない。人間は根源的に戦争を愛する存在だ。いや、戦争を『せずにはいられない存在』なんだ。嫌いな人間に嫌がらせをしたくなるし気に入らない奴など誰にでも居る。そういう奴を黙らせたいと殴りたいと殺したいと思うことは人間の本能だ。だから戦争はなくならない。そして、だからこそ、私は戦争をなくすんだ」
「意味が」
「意味がわからない? それはお前だけだ、愚民。スノウすらも理解している。あれも自らの行動が戦争をなくせるとは思っていない。あれがやっていることは単なる自己満足だ。そしてそれを理解してあれは人を救っているんだ。だからこそあれは聖女と呼ばれるんだ。人助けをしたい。困っている人に手を差し伸べたい。それがすべて自己満足だと理解していながら実行する。実行できる。『正義』も『欲』には変わらないという事実に目を背けず、直視してなおあれだけのことをやってのけるからこそ、あれは聖女と呼ばれるんだよ。いいか、愚民。戦争はなくならない。だから戦争をなくすんだ。できないことをやるからこそ、それは『奇跡』と呼ばれるんだよ。『平和』は『奇跡』だ。だから私は『平和』を実現させるために戦争をして世界を征服しようとしているんだよ」
「矛盾して」
「矛盾などしていない。『戦争』が『平和』に必要であれば『戦争』をする。真に平和を望むならそうするべきなんだよ。そして私は平和を真に望んでいる。なぜか? 決まっている。戦争で他人が苦しんでいることに腹が立つからだ。戦争の悲惨。それが嫌いだからだよ。だからそれをなくすためなら私は戦争をするしこれ以上ないほどの悲劇を生む。人を殺す。それが平和に繋がるとわかっているからだ」
「そんなの、自己正当化してるだけでしょう」
「正当化? 何を言っている。『私は正しい』。お前から見て正しくなくとも私からすれば正しいんだよ。正当化する必要もない。それに、私は『世界』のために『人類』のために『戦争の悲劇で苦しむ人々』のために『平和』を望んでいるんじゃあない。『私』が嫌だから『平和』を望んでいるだけなんだよ。わかるか? 私は『世界平和』を望んでいるがそれは『私』のためでしかないんだよ。私は私のために生きている。私のしたいように生きているに過ぎない。すべての人間と同じように。お前と同じように」
「私はあなたなんかとは」
「同じだよ。人間はみんな『自分』のために生きている。みんなみんな利己主義なんだ。人のため、それもすべては自分のためだ。『人のために何かをやりたい』という『自分』の『欲求』に従った結果でしかない。すべては『自分』がどう思うかなんだよ。それが正義であっても悪であっても変わりはしない。『自分』のためにやっているということに違いはないんだ。違うところなんて他人の利益を損なっているかどうかくらいなものだ。それによって他人に要注意人物だと思われるだけだ。たったそれだけのことでしかない。そして私は『平和』を望んだ『私』の『欲求』に従っているに過ぎない。お前と同じように。自国を復興しようとしているお前と同じように」
クレアは言葉を失った。何も言えなかった。ただただ圧倒されていた。
だが、
「つまり、君は自己中心的な人、と思えばいいのかな?」
晶は端的にそう言った。
「そうだな」レインは答える。「私は自己中心的な人間だろう」
「世界は自分を中心に回っていると?」
「当然だ」
「世界のすべては君のために在ると?」
「違うのか?」
「世界は美女のためにある」
「ほう」レインは笑う。「それで?」
「俺のすべては美女のためにある」
「『我がすべては美女のために』、か。気障な台詞だ」
「気障でも何でもいいよ。俺の本心だ」
「そうか。それで、お前はどうする? 愚民」
「決まっている」
晶の全身から魔力が溢れた。
「君を止める」
「やってみろ」
レインの顔が悪魔的に歪んだ。




