戦争 -7-
「え」
進んでいると一人の少女と出くわした。目を丸くしてこちらを見ていた。
「えーと、侵入者さん、ッスよね?」
訊くまでもないその質問に晶たちはうなずく。少女は顔を歪めあからさまに肩を落とす。
「……えーもうアブリリウスさん何してるんスかもうちょっとこれどうするんスかやばいじゃないッスか」
そんな彼女に対して晶が思ったことはいつもと同じことだった。よって言った。
「俺は侵入者。君の心に侵入しに来た者さ」
「えっ気持ち悪い」
容赦なく切り捨てられた。後ろでぷっと誰かが噴き出した音が聞こえた。晶は後ろを見た。プリミヤがそっぽを向いている。そっぽを向きながらもぷるぷると肩を震わせている。
「あー、いや、まあ、もちろんこれは冗談なんだけれど」
仕切り直しとばかりに晶は言う。
「お願いだから、ここは何も言わず、俺たちを通してくれないか?」
「いいッスよ」
その即答に晶は目を丸くする。しかしすぐにふっと微笑む。
「君、『階級』は?」
「え?」
彼女もまた目を丸くする。そしてすぐにあははと笑い始める。
「教えるわけがないじゃないッスか! あなた、面白いッスねー」
「君の心に侵入させてくれるかい?」
「それは気持ち悪いッス」
少女の即答に晶の心はひどく傷付けられる。
「でも」
少女はくすくすと笑う。
「名前なら教えて上げるッス。まあその代わりに、あなたの名前も教えて欲しいッスけど」
「晶だ。長野晶」
「ナガノアキラ? じゃあ噂の異世界人ッスか」
晶は目を細める。「どうしてそれを?」
「フェブライリスさんが帝国に降ったことは知っていますよね? 彼は今ちょっと出撃しているんであなたとは会わせられないッスけれど、まあ、彼に聞いたッス」
「信じたのか? と言うか、そもそもフェブライリスからして信じている様子ではなかったが」
「色々あるってことッスよ」
「そうか」
晶は理解した。
「帝国にも『異世界人』が居るのか」
刹那にも等しい時間、少女は硬直する。そして言う。
「何を言ってるんスか。もちろん居ないとも言えないッスけど」
「そして俺を知っている」晶は思考を展開する。俺と同じくここに飛ばされるような状況にあって帝国に俺のことを少しでも教えるような人間は誰か。この少女の言葉から考えるとそこまでの情報は与えていない。俺が不利にならないように考えて情報を提供している。これらの条件に該当する人物は一人。「リリィか」
今度こそ少女は息を呑む。「……あなた、何者ッスか?」
「長野晶。君のように可憐な少女を愛する者だよ」
「気持ち悪いッス」
「ひどいなあ」晶はあははと笑う。「で、君の名前は?」
「……言いたくなくなった、って言えば、どうするッスか?」
「聞く必要があるか?」晶は笑みとともに莫大な魔力をその身から溢れさせる。
「そうッスよね」彼女は溜息を吐く。「ユクノ。私の名前はユクノッス」
「そうか」晶は言う。「じゃあ、ユクノ。ここの最高司令はどこに居る?」
「その『申し出』は断らせていただくッス」
「そうか。残念だよ」
晶は言う。言いながら、目の前の少女の聡明さに驚いている。
ユクノ。この少女は異常だ。ハッタリで何とか誤魔化したが、本来なら自分とは比べ物にならないほどに高い知能を有している。先程のことから少々『うっかり』なところが見受けられるが、それがなくなればどのようなハッタリすら歯牙にもかけないほどの異常と成長するだろう。もし将来敵になるとしたら絶対的な脅威となることは間違いない。しかし、これほどの天才が何の手も打っていないとも考えられないし、そもそもここの最高司令がそれを許すとは思えない。ここまでの逸材を守らないわけがないのである。
「では、またどこかで」
「ええ。またどこかで」
晶たちは歩を進めた。
*
「……リリィさーん。そろそろ出てきたらどうッスかー?」
ユクノが言った。すると白髪赤眼の男、リリィがどこからともなく現れた。補給部隊所属のリリィであるが、今はちょうど物資を補給しに戻ってきたところだったのだ。と言うより、ティルアナの『移動城壁』の『移動』を目撃したすべての敵兵の口封じを命じられていたから、このようなタイミングで戻ってくることになったのだが。
「と言うか、あなたが出れば良かったじゃないッスか。あなたなら誰にも負けないでしょうし、不意打ちすれば瞬殺ッスよね?」
「いや」リリィは首を振る。「気付かれていた」
「へえ」ユクノは感心するように言う。「そうだったんスか。相手もそれなり、ってことッスかね」
「そして」リリィはユクノの手を取り引いて片手で抱いた。それにユクノは驚き「なっ、何するんスか!」と顔を赤らめる。リリィは無視して続ける。「こうするような相手だ」
直後、リリィたちの周囲から火炎が出現しリリィたちを包み込む。リリィは腕を振る。魔法が発動し火炎は消える。
「晶が許すとは思えんが」リリィは言った。「何故来た?」
「決まっている」どこからともなく現れた赤髪の少女は笑った。「足止めだ」
「止めはしない」
「信じられるか」
「晶はどうだ」
「追いかけては来ないと言った」
「それでもお前は戻ってきた。晶を信じていないのか?」
「当然だ。あんな胡散臭い奴を信じる方がどうかしている」
「それで俺を止めに来た、か」リリィは嘆息した。「まあ、間違った判断ではないな」
リリィは思う。俺がこいつを殺さないとでも思ったのだろうか。まったくあのバカ弟子は。しかし『あの時』のこともある。仕方ない。今回は殺さないでおいてやろう。
「『白髪赤眼の幽鬼』などと呼ばれることもあったが、そんな棘々しい名前は好きじゃあなくてな。俺のことはリリィと呼んでくれ。お前の名前は?」
「プリミヤ。お前を燃やす者の名だ。覚えておけ」
「そうか。じゃあ、『覚悟しろよ』?」
「は?」そうプリミヤが顔をしかめた瞬間、
激痛が走った。
「おおっと叫ぶなよ」いつの間にか目前に居たリリィがプリミヤの口を塞いでいた。「叫ばれるとバカ弟子が来るかもしれん」
プリミヤはリリィを睨んだ。リリィは表情を変えない。
「威勢がいいな。だが」リリィは言う。冷徹に。「これでどうだ?」
プリミヤが声にならない叫びを上げた。その目の端から涙が流れる。指の一本一本から血が流れる。指と爪の間から血が流れる。
リリィがやったこと。
それは単純な魔法である。本当に本当に単純な魔法。対象に針で刺すほどの力を加えるというだけの魔法とすら呼んでいいのかわからないほど単純で微弱な魔法である。ただしそれは、場所を選べば最強の魔法に成り得る。
リリィのしたこと。
それはその魔法でプリミヤの指と爪の間に『針』を刺したようなものなのだ。指と爪の間に針を刺す。これはしばしば拷問で使われる手法である。つまり、リリィは戦闘中に『拷問』ができるのである。非常に繊細な動作を必要とするが、それさえできればろくに魔力を持っていない人間であっても可能な魔法。それがリリィの使った魔法であった。
リリィ。
彼は晶とほぼ同時期にこの世界に来た人間だった。そんな彼が晶とは違いこの世界の魔法をここまで上手く扱えた理由は単純で、それは『才能』だった。はっきり言って、晶には才能がない。彼は努力の人だ。リリィはそもそも努力するには適さない肉体で、つまり非常に病弱な肉体ではあったが、その短所をもってしても異常なほどの天才を有していた。戦闘の天才。彼はそれだった。たったそれだけの理由で、彼はこの単純な魔法を応用したのである。
「プリミヤ」リリィが言った。「心配する必要はない。人間が感じられる痛みには限界がある。その限界に達すれば、すぐに気絶することができる」
そんなリリィを見て、ユクノは「うわぁ……」と顔を歪めていた。
プリミヤは冷や汗をかき涙を溜めた目でリリィを睨み、
「ああ。心配、なんて、していない」
その髪が、炎のように揺らめいた。
「私にそれは効かないからな」




