開戦 -10-
「『詐欺師』とは、どういう意味だ?」
晶の言葉に対して『連盟』の者が言った。突然『詐欺師』呼ばわりされて良い気分になる人間など居ない。
しかし晶は平然と答える。
「心当たりはあるはずですよ。それとも、あなたたちの罪を詳しく述べてあげましょうか? 『クレア』さんと『魔王』の前で」
その言葉の意味は明白だった。『連盟』の人間は理解した。『こいつ』は自分たちに喧嘩を売っているのだ。自分たちを脅そうとしているのだ。何者かはわからないが、『こいつ』が一番危険だ。対処しなければならない。
「いったい何のことかわからないが」
ある者がそうやって誤魔化そうとしたところを晶は冷徹に貫く。
「帝国と『連盟』の戦争。その原因を話してほしいんですか?」
瞬間、『連盟』の者たちに再度緊張が走った。『こいつ』は知っている。なぜかはわからないし何者かもわからないが、こいつは知っているのだ。どうしてかクレアと魔王には話していないようだが、こいつは知っている。慎重にならなければならない。
「確かにあなたの言い分も理解できるが、私たちとしても準備といったものがある。全権譲渡と言うが今すぐに全権譲渡して困るのはそちらだと思うが。様々な引き継ぎというのには結構な時間を要するし、その中には『連盟』の秘匿事項もあるのだから」
今はこう言っておこう。そもそも今はこんな奴に構っている暇はないのだ。こう言っておけば少なくとも今は引くはずだ。そうすれば対策もとれる。今は時間を。
「聞こえなかったのか?」
しかし、晶は一切態度を崩さない。ただ冷徹の目で『連盟』の者たちを射抜き言う。
「こちらの要求は『月の王国』の全権譲渡だ。受け入れるかどうかだけを答えろ」
「だから私たちも」
「くどいぞ『連盟』」
晶は言う。全身に魔力と殺気を滾らせ溢れさせ言う。
「一つ、忘れていませんか? 『こちら』には『魔王』が付いているんですよ?」
「まっ」『連盟』の一人が恐怖から思わず口に出す。
「……魔王は」『地の王国』の王が言う。「魔王は中立のはずだが」
「ああ、そうですね。でも」晶はクレアと魔王の方を見る。「今、クレアさんは『月の王国』の代表者ではない。ただの『個人』だ。そして、今の魔王も『個人』だ」晶の視線が『連盟』に戻る。『連盟』を射抜く。「この意味がわかるか?」
「……魔王」『連盟』の一人が口を開く。「こいつの言っていることは、本当か?」
魔王は答える。「このような会議で『魔王』たる我が口を出すことは条約に違反する」
「では」
「しかし」魔王は魔族に相応しき笑みを浮かべる。「『手』はどうかわからんがな」
その時の『連盟』の動揺は尋常なものではなかった。無論、『連盟』の者たちもこれを信じているわけではなかった。魔王が敵になるなんてことはほぼありえないと思っていた。しかし、『個』にして星系を滅ぼすという魔王。それが敵になるという可能性。それが存在している時点で動揺からは逃れられるはずもないのだ。『魔王』とは地球で言う『核』に等しいかそれ以上の効力を有する。実際に撃つことはないと思っていても『持っている』という事実だけで尋常ではないほどの効力を持つのだ。
どうする? どうする? どうする?
『連盟』の者たちの頭にはそんな言葉が巡っていた。
誰も何も話すことはできなかった。
晶はそれをじっと見ていた。
*
ここが頃合いか。
晶は思った。そして言った。
「では、こうしましょう。対外的なこともありますから、一つ、条件を付けます」
「条件?」白い毛玉みたいになっている老人が疑問に顔を歪め首を傾げる。かわいくないから二度とそんなことするなよと思いながら晶は言う。
「俺たちが帝国との戦争を止めます。その報酬として『月の王国』を、ってことでどうですか?」
晶は言った。その言葉に『連盟』の者たちの間でざわめきが生まれた。かかった。晶は思う。最初からこれが狙いだった。しかし最初からこの条件を突き付けても跳ね返されるだけだっただろう。こうなることを見越して晶は先ほどのようなやりとりをしたのである。
そしてざわめきが止むと『連盟』の代表者だと思われる浅黒い肌の壮年の男性が言った。
「その条件を受け入れよう」
「では交渉成立ですね」
晶は笑った。
そうして振り返ると、クレアの表情が固まり魔王が必死に笑いを堪えていた。
あはは。これはひどく怒られる気がするなあ。
晶は思った。
*
交渉が終わり帰ろうとすると晶だけが引き止められた。クレアと魔王を先に帰らせて晶は『連盟』の話を聞いた。「先程の条件に一つ追加したいことがある」との話だった。その条件とは要するに『クレアと魔王に例の件について話すな』ということであった。晶は了承した。と言っても、おそらく魔王は気付いているが。
その『例の件』とは何か簡潔に言えば『月の王国を亡ぼしたのは連盟である』ということだ。『帝国』のせいということにされているがそれは『連盟』によるただの情報操作である。晶は様々な話を聞いて得られた情報を組み合わせてその結果を得た。そして現在の『月の王国』のことも調べ、『連盟』の目的を推理した。『連盟』が必要としたものは『月の王国』に隠された『何か』。そしてそれはまだ見付かっていない。だから『帝国』を相手にしても戦うのだろう。『帝国』を相手にするほどには価値のあるものなのだろう。それならば晶の条件に乗ったことに説明がつかない。そう思うかもしれない。しかしそれは違う。そもそも『帝国』に勝てなければその『何か』は手に入らないのだ。徹底抗戦するつもりではあるがレイン軍が本気を出せば敗北する可能性の方が遥かに高い。ならばいっそのこと、今はクレアに良くしておいた方がいいのではないか、ということだ。
晶は『連盟』の欲する『何か』をクレアならば提供できると思っていた。あるいは、その『何か』の場所を知っていると。(『何か』が物質的なものを指しているのかすら晶にはわからないしそもそも『何か』が存在することすら晶の勝手な想像に過ぎないのだが)。とすれば、『連盟』はクレアに少しでも恩を売っておきたいはずだ。『月の王国』の権利さえ手に入れば手に入ると思っていた『何か』をしかし『連盟』は手に入れられなかった。これまでずっと探してなかった。ならばもういっそのこと、クレア本人に聞けばいい。クレアに恩を売りクレアを騙し『何か』を得る。それが現状では最善だろうと『気付いた』のである。
『帝国』に勝てても負けても『現状』よりは悪くならない。そう思って『連盟』は晶の出した条件に乗ったのである。
無論、『連盟』が『帝国』に勝つことができたという可能性もあるのだが、それに関しては既に彼らの思考からは外れている。正確には晶が『外した』。意図的にそういった方向へ誘導したのだ。そもそもこれでは晶が最初に提示した『全権譲渡』と何も変わりはないどころか悪くなっていることに『連盟』は気付いていないのだ。もしあの時点で『全権譲渡』していたとすれば『連盟』は兵を引きどちらにしろ晶たちは自国を守るために『帝国』と戦う必要がある。しかし今の条件であれば晶たちは『連盟』とともに戦うことができるのだ。『連盟』の力を利用できる。晶たちこそ、負けても失うものは何もないのである。戦死する可能性はあるが、それくらいなものだ。負けたとしても元の状態に戻るだけ。しかし勝てばクレアの目的は達成される。
要するに、今回の交渉はすべて晶が支配していた。本来であれば『連盟』の人間を相手にあそこまで場を支配することは晶にはできなかったが、今回は最初から相手の『弱み』を握っていたことと絶対的なまでの『軍事力』を有していたから何とかできた。それだから相手が勝手に冷静を失って自分の思う方向に思考を誘導することができた。
これにて今回の交渉は終わった。
しかし、これからが本番であることは言うまでもない。




