開戦 -9-
「やはりそうなったか」
『連盟』は『月の王国』防衛戦、前線司令、ダーリア将軍。
彼は防衛拠点の司令室で報告を聞いてそう言った。
「兵たちには悪いが、彼らには尊い犠牲となってもらう他ない」
ダーリアは最初からティルアナに勝てるとは思っていなかった。彼の目的は『足止め』。ティルアナ隊の足を止めることこそが目的だったのだ。応援が着くまでの時間稼ぎこそがダーリアに求められていることである。だからティルアナに送った兵たちは最初から捨て駒だったのだが、捨て駒だとわかった上で兵たちがまったくの反感なく戦うはずもない。捨て駒の兵を扱うのに必要なことは『捨て駒が必要であることを理解し国のために命を捨てる覚悟を持つほどに練度が高い兵士』か『逆らったならば殺すといった恐怖による支配』、もしくは『嘘』である。
ダーリアは『嘘』を使っただけである。
彼が言ったことは簡単なこと。
『悪の帝国に正義の鉄槌を下すのは勇者である君たちだ』
『君たちもレイン軍の悪名は聞いたことがあるだろう。勝つためならばどのような卑劣な手段も厭わず極悪の限りを尽くす外道の集まりだ』
『私はあの悪魔たちを許すことはできない。だから君たちの力を貸してくれ』
『君たちの手で悲劇を止めるのだ』
『私と一緒に戦ってくれ』。
そんなバカみたいな演説をしただけだ。何も実のない話であるにも関わらずこんな話でバカというものは騙され死ぬ気で戦ってくれるのだ。
ここで重要なことは決して冷静にさせないことだ。将軍のような地位に立つ者が絶対にやってはいけない『感情的な物言い』をして兵士を鼓舞する。兵士から冷静を奪うのだ。これは聞いている相手が多ければ多いほど効果が増す。数人の『サクラ』を混ぜればそれは一瞬で広まり兵たちは冷静を失い熱に浮かれる。そうすれば兵たちはダーリアの『駒』と化す。ダーリアの命令について何か考えることすらない。
そんな兵たちを見てダーリアは思ったものだ。
ここの兵はこの程度なのか、と。
あるいは意図的なものなのか、と。
現在ダーリアが指揮している兵たちは本来の『ダーリア隊』の兵たちとは異なる。色々な体裁もあって、現在ダーリアが指揮している軍団は『連盟』に所属する国家から一定数の兵たちが混じったものとなっている。ダーリアとしては反対もしたいことだったのだが、こういった時には都合が良い。自分たちの兵たちは温存でき、他国の兵たちは『勇者』という名の『捨て駒』にできる。まったくもって最高だ。
「では、これからも持続的に少しずつ兵を送っていってくれ。少しずつ削っていくんだ。兵を送っている限り、あちらが動くことはないだろう。私たちの使命は『時間稼ぎ』だ。士気は十分過ぎるほど上げているから死ぬまで頑張ってくれるだろう。『使い切れば』また報告しろ。『術式』を起動する」
ダーリアは言った。
*
「おそらく、あちらは足止めをしてくるだろう」
レインが言った。それに対してユクノが「でしょうねー」と同意を示す。
「確か、今回はダーリアさんでしたっけ? あの人性格悪いからなー。たぶん兵を使い捨てに使い捨てする気ッスよ。『連盟』の、他国の兵なんて生かしておいても得はないなんて考えていそうですし。まあダーリアさんのことだから自国の兵だけが生きていることはどうにか誤魔化すんでしょうけれど、しかもどうにか帝国を悪者にして誤魔化すんでしょうけれど」
「あれはあの愚民のせいではない」レインが言う。「あの愚民はそういった些事を他に押し付けるような奴だ。ただの戦争狂だよ。政治には一切興味がない」
「戦争を見るに煽動は上手そうでしたが」
「『戦争に必要だから』だ。あれの頭の中には戦争しかない。今回の戦争もあれにとってはただの遊びだろう。ティルアナを相手にどこまでやれるかの実験と言ったところか。次に戦う時のために情報収集しようとしている。『捨て駒』を使って有効だと考えられるすべての方法を試すつもりなのだろう」
「それはひどいッスね」ユクノはからからと笑う。「まあ『甘い』ッスけれど」
「『甘い』、か」レインはふっと笑みを浮かべる。「ユクノ、お前ならどうする?」
「まず一人も生かさないという前提があるのなら、『悪評』が広まる恐れもないッスよね。自国の軍から反抗する人も居るかもしれませんがそういう人を炙り出すことは難しくありませんし、それで有能な人は絶対に知らないような立場に置いておけばいいんスよ。なら、どんなことでも試せるッスよね。ティルアナさんの『移動城壁』の攻略法は『もう考えてる』ッスけど、それは思いつかないということで考えていきましょう。ティルアナさんの『移動城壁』は発動中では『移動できない』と想定されているッスから、相手の攻撃は届かないがこちらからは届くギリギリのラインから攻撃していくッス。『移動城壁』は半自動的に『防御してしまう』ッスからね、『敵』に当たる軌道じゃなくても、『敵』に届く攻撃であればいいんスから射程距離は実際のものより遥かに長いものになるッス。まずはそうして『移動城壁』を削っていけばいいんスよ。でもそれだけじゃあせっかくの『捨て駒』が『もったいない』。洗脳された『捨て駒』は容易に特攻してくれるッス。単なる威力だけを考えれば最も強力な魔法は『自爆』ッス。たぶんダーリアさんは『死体』に『爆破術式』を組んでいると思うんスけど、生きているのと死体だと威力が段違いッスからね。それを利用して『移動城壁』の『耐久力』を調べるッス。もし『自爆』でも通らないようなものであったとしてもさすがに結構な量の魔力が消費されるって考えられるッスからね。他にも方法はあるッス。後ろから『捨て駒』を攻撃すればティルアナ隊に動揺が走るかもしれないッスからね。それで『捨て駒』に『捨て駒』の自覚を促せばティルアナ隊に寝返ってくれるかもしれないッス。助けてくれー、とかそんなことをボロボロになった身体で言われたら精神的にきついッスからね。もしも本当に助けてくれたら爆破術式を起動すればいいだけッスし、それがなくとも精神的ダメージを与えられるだけで良いッスよね。本当にティルアナさんを攻略したいと思うのならこれくらいはするべきッスよ」
平然としてユクノは言った。歳相応の少女のように言った。『歳相応の少女のまま』言ったのだ。
「どうッスか? どうッスか? 結構良い作戦じゃあないッスか?」
ユクノはレインに熱い視線を向けた。褒めて褒めてと飛び跳ねる子供のような様子だ。それを見てレインは微笑む。悪魔的に優しげに柔和に微笑む。
「まだまだ、だな」
「えー」ユクノが不満そうに声を漏らす。「じゃあどうすればいいんスか」
「裏側からの攻撃を忘れている。自爆術式を一点集中させるか分散させるかを言っていない。上空まで術式が作用してあるか考慮していない。それから――」
「ああもうやめて下さいッス!」ユクノが叫ぶように言う。「それも考えてたッスけど、言い忘れていたのと言う必要がないと思っただけッスよー!」
「『言い忘れる』だの『言う必要がない』なんてことは」
「わかってるッスよぉ」ユクノが呻くようにして言う。「ただの言い訳ッスよぉ。お願いだからもう許してほしいッス……」
「簡単に許しては学習しないだろう。反省しろ」
「はいッス……」
明らかに落ち込むユクノであったが、この年齢にしては考えられないほどの思考であったことは言うまでもない。さらに言えば、今回は思考に『縛り』があったから『この程度』だったのであり、本来であればこれを遥かに超える思考をしていたのである。十五にも満たない少女を『天才』と形容することに何の疑問があるだろうか。
事実、フェブライリスは納得した。そして帝国の異常性を理解した。これほどの人材が集まっている帝国が弱いわけがない。レイン一人だけが異常なのではなく皆異常。ただ、レインが突出して異常だから霞んでしまっているだけなのだ。レインがあまりにも人間の枠から外れてしまっているから気にならないだけで、本来であれば皆が皆『天才』と呼ばれない方がおかしいほどの存在なのだ。
フェブライリスは思った。今まで自分はそれなりの才能があると思っていた。しかし、これに比べればどうだろうか。この者たちに比べれば、自分など。
「フェブライリス」
レインが口を開いた。フェブライリスははっとしてレインを見る。
「そろそろだ。出ろ」
「……わかった」
自分が他の者たちほどの働きができるとは思えない。
だが、逆らうことなど、もっとできるはずがない。




