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開戦 -5-

「グシェナ。君はかわいいなあ」

「うるさいです。けだもの。あなたに言われても嬉しくないです」

「そんなこと言っているけれど本当は嬉しいんだろう?」

「嬉しくないです。不快です」

「じゃあどうして俺に何もしないんだ?」

「何もしたくないからですよ」

「俺のことが好きだってことか」

「違います」

「……ああ、グシェナ。本当に君はかわいいよ」


 青髪の少女、グシェナが隣に来てから晶と彼女はずっとこのようなやりとりを続けていた。赤髪は地球に居た頃でもしばしば見られたが青髪というのは本当に珍しく、本来であれば奇異に見えるはずだった。しかしグシェナの青髪は驚くほど彼女に似合っていた。その清らかな涼やかな水のような雰囲気がその原因だろう。それだからか、グシェナとは一緒に居るだけで癒される。美女と一緒に居るだけで多幸感を覚える晶であるが、このように癒やされることはあまりない。こんなにも癒やされたのは優理以来かもしれない。死ぬ直前、この世界に来る直前まで一緒だった彼女、俺が死にかける原因となった彼女、俺が最後に守れなかった彼女以来の……。


「……どうしたんですか?」

 晶ははっとしてグシェナを見る。「何がだい?」

「いえ、何だか、とても辛そうな顔をしていましたから」

「辛そうな顔……?」


 俺は、そんな顔をしていたのか? 晶は思う。優理のことを考えて、辛そうな顔をしていた? いや、違う。わかっている。俺が辛そうな顔をしたのは、きっと、守れなかったからだ。ずっと一緒に居たはずなのに。ずっと俺を支えてくれたのに。それなのに、幸せにできなかった彼女。俺のせいであんなことをしてしまった彼女。俺と世界と心中しようとした彼女。俺が居たのに、そんなことをさせてしまった。それがたまらなく辛いのだ。理性では辛く思っても意味などないということはわかっている。辛いと思うくらいなら次はそうならないように準備しなければならないのだ。過去は変わらない。変えられない。見るべきは未来だ。それなのに、俺は過去に背を向けることができない。晶は自嘲する。まったく、こんな俺に何ができるというのか。クレアさんに偉そうに説教したことが笑えてくる。お前が言うなと言いたくなる。まったくもって、無様と言う他ない奴だ。


「……アキラ」

 グシェナが口を開いた。

「今だけは、私の胸くらいなら貸してあげます」

「俺は」

「アキラ」グシェナは晶を見て言った。「私はまだあなたのことをよく知りません。でも、こういう時にどうすべきかは知っているつもりです」


 そしてグシェナは晶の頭を抱いた。豊満とは言い難く、ボーニャよりも小さな胸だったが、そこには世界のすべての優しさが詰まっているかのように思えた。


 永遠のように感じられた数秒間が過ぎ、晶はグシェナの胸から離れた。


「ありがとう、グシェナ。君は本当に良い女性だ」

「結婚してくれとか変なことは言わないで下さいね」

「ああ。だけどその代わり、俺の母になってくれないか?」

 その言葉にグシェナは目を丸くした。「……私、十六ですよ?」

「それくらいだろうな」

「あなたは、それより」

「上だな。おそらく、クレアさんよりも」

「じゃあ、それって、おかしくないですか?」

「おかしいかもしれないな。でも、俺は君に、俺の母になってほしいんだ」

「……やっぱりおかしいですね」グシェナはふふと笑った。「でも、いいですよ。あなたのような息子を持つと苦労しそうですが、そういう子ほどかわいいとはよく言いますからね」

「俺はかわいいか、お母さん」

「かわいいですよ、アキラ」グシェナは言う。「でも、女性をからかうようなことはあまり言ってはいけませんよ」

「善処するよ」

「いい子ですね。ご褒美です」


 グシェナは晶の頭を撫でた。身長の関係から腰を少し浮かせて晶の頭を撫でる姿は可憐だったが、晶にはとても頼もしい姿のように見えた。頼もしい母親のように見えた。もし俺に母親が居ればこういう人だったのだろうか。もし生きていればこういう人だったのだろうか。そんなことを思ったがやめた。もしそうだったならば晶はリリィとも出会っていない。当時ロシア軍に所属していたリリィが見付けた少年、それが晶だ。誰一人として生き残っては居ないだろうと思われた街で発見されたのが晶だ。そしてその経験があったからこそ晶は守りたいものを守ることの出来るだけの力を欲しリリィに師事するようになったのだ。そうして晶は何度も美女を救い何度も世界を救ってきたのだ。だから、母親が生き延びていた世界があったとしても、そこに行くことができたとしても、晶は決してそれを望むことはない。その世界に行くということは助けられた守ることのできた数々の命を数々の美女を見捨てることになってしまう。そんなことは許せない。もう二度と、あんなことはしたくない。だからこそ、晶は母のような存在を望んでいる。望んでいたのだろう。今まで気付かなかった。今まで気付けなかった。でも、気付いたからには手放せない。手放したくない。晶は思った。魔王、スィラ、クレアさん、スウ、スノウ、ボーニャ、プリミヤ、そしてグシェナ。俺は今、この世界に居る。彼女たちが居るこの世界に。なら、俺はどうするべきか。どうしたいのか。


 決まっている。


「今度こそ、全員幸せにしてみせる」


 その呟きにグシェナは不思議そうな目で晶を見た。しかしそれとほとんど同時に後ろから魔王が顔を出した。


「開戦した。帝国の狙いは『月の王国』、クレアの居た国だ」

「ああ」


 晶は魔王の方を見ることもなく応えた。


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