伏魔殿の勢力図と腐女子連合
食後、屋敷の構造改革の相談をしようとハザマの部屋を訪ねると、俺の顔を見るなり、ハザマはパッと顔を輝かせてスマホを掲げた。
「お、良いところに来たな、御影♡ 一緒にプレイしよう!」
「……あのな。『ゲームを』って言葉を抜かして、怪しげな台詞を吐くなよ。室生家に潜む腐女子連合の妄想にガソリンを注いでるって、わかってるのか?」
「何のことだ? 何か問題でも?」
白々しく首を傾げるハザマに、俺は呆れながら抗議した。「問題大ありだ。お前と俺をモデルにしたBL同人誌が、屋敷内で出回ってるだろ」
「ああ、あれか。案ずるな。次に出る2号目は、私とお前の名前を架空のものに変えさせた。室生家以外の人間に読まれても、モデルが我々だとは誰にもわからん。御影に至っては、ただのイ・ジュンギそっくりな青年としか認識されないから安心しろ」
「2号目!? ……待て、室生家以外って、お前、外に頒布するつもりかよ!? 正気の沙汰じゃねぇ!」
「初版の200部は、親戚内だけで即完売だったそうだぞ。代表の藤城が、『これ以上売れたらあわや確定申告が必要になる』と慌てていた」
「藤城が代表!? ……ていうか、200部って親戚の何割が買ってるんだよ」
眩暈がして、俺は深々とため息をついた。
「……まぁ、前回は内輪で盛り上がっただけだ。外に出したところで、そんなに売れやしないだろ。もういい、勝手にしろ」
伏魔殿の闇は、思っていたより深く、しかも斜め上に広がっているらしい。本題を切り出すきっかけを失った俺に、ハザマのほうから声がかかった。
「で? 御影は、屋敷の問題を解決したくて来たんじゃないのか」
さっきまでのふざけた調子は、もう消えている。
「……そうだった。お前のせいで忘れるところだったぜ。このドロドロの屋敷を、根本から変えたいんだ。ハザマの考えを聞かせてくれ」
「それなら、美麗が案を出している。まずはこれを見ろ」
差し出されたのは、一枚の紙だった。『使用人たちの勢力図』と題されている。
俺は紙を受け取り、手のひらに意識を集中させた。
流れ込んできたのは、紙の上を走るペンの感触と、書き手の落ち着かない気配だった。見つかったらまずい、という緊張。それから、庭で初音に笑いかけられた記憶の欠片。
「……藤城だな。あいつが調べて書いたのか」
「ああ。初音とも仲が良く、使用人の間を自然に動ける。スパイ役にはうってつけだ」
「怖がってたぞ、あいつ。初音のためじゃなきゃ、引き受けなかっただろうな」
「そこまで読んだか。なら話が早い」
ハザマは、紙の上の三つの印を、指で順に叩いた。
「今、屋敷で一番幅を利かせているのは、白川家の息がかかった者たちだ。新しいお役目が光に決まり、その光が白川の血を引いている以上、執事の惟光の天下になるのは当然の流れだな」
「その煽りを食っているのが、後継者争いに敗れた律と陸の派閥か」
「そうだ。そして、その間で踏みとどまっているのが、私の息がかかった腐女子連合だ」
「……あの連合が、緩衝材なのか」
「笑うな。私がお役目代理という肩書きを持っているおかげで、かろうじて均衡が保たれているんだ」
勝者の驕りと、敗者の苦しみ。そこへ、突然光の母親役に収まった初音への嫉妬が重なる。当の初音は、屋敷神の試験を実力でくぐり抜けて、今の立場を掴み取ったのだ。それなのに使用人たちの目には、努力もなく降ってきた幸運にしか映らない。一番神経をすり減らしてきたのは、彼女のほうなのに。そう思うと、胸がキュッとなった。
「あの食事に染みついているのは、きっとそれだ」
ハザマは短く言い、紙の端を指で弾いた。
「だから、まず人の配置から崩す。使用人のシフトを大幅に組み替える。白川派と律・陸派を同じ持ち場に固めるな。互いの顔を合わせる時間を減らして、嫉妬と恨みを台所に持ち込ませない」
「台所に立つ人間から、順に替えていくわけか」
「ああ。美麗の案は、そこから始まっている」
俺は紙を握り直した。伏魔殿を変えるなら、この一枚からだ。
縁側の向こうでは、花を毟られた花壇が、さっぱりと土を晒している。その方角を眺めていたハザマが、涼しい顔でぽつりと言った。
「ああ、そうだ。ミントの苗は、明後日、届く」
「……お前、本気だったのかよ」




