伏魔殿の食事とミントテロ
ハザマ様 =室生 透青
室生家の巫覡をしている。
今の立ち位置は、お役目様代理
中の人は月島 秀青。芸大の助手をしていた。
室生 御影
本家の人間。先代のお役目様の内孫、三人衆の内一人
霊的能力を持つ。光の父親
室生 初音 : 御影の内縁の妻
仕事として現・お役目様 光のお世話をしている。
光とは血が繋がりはないが息子のように接している。
室生 光
現・お役目様。まだ幼く、屋敷神の器なので自我がない。
参考図書 : 「生き神信仰 人を神に祀る習俗」宮田登 著
「日本神人伝」不二龍彦 著
俺は愛する初音の名誉を守るため、事の経緯——仕事中のスマホ使用の正当性と、雑草を食べさせたのではなく安全なリュウノヒゲを与えていたこと——を使用人たちのグループLIMEへと詳細に送信した。
最後に「以後、真相を調べないまま悪質な噂を流した者は、厳重な処罰の対象とする」と釘を刺した
ひとまず火種を消した後、俺はハザマの部屋へと足を運んだ。
「なぁ。ハザマなら、光が食事を摂らなくなった原因、わかってるんじゃないか?」
俺がそう尋ねると、ハザマは少し苛立った様子で言った。
「御影の息子のことなのだから、自分で調べろ。大事なお役目の食事だ、毒など入っていないし、食べたところで死にはしない。……それより、お前の息子、私の部屋の前に咲いていたブルーサルビアと椿の花を全滅させたぞ。早くなんとかしろ」
縁側からハザマの部屋の前の庭を覗き込むと、見事に花だけが毟り取られ、無惨な有様になっていた。
「あーあ、そいつはすまなかったな」
口では適当に謝罪しつつも、俺の心の底にはどす黒い本音が渦巻いていた。
(俺の留守中に、お前が光の異変をさっさと調べなかったせいだろ。良い気味だ。ざまあ www)
そう内心でほくそ笑んでいると、当然のように俺の心を読み取ったハザマが、冷ややかな声で宣言した。
「……今度、貴様の庭にミントとヒメイワダレソウを植えてやる」
俺は植物の生態に全く詳しくないため、その言葉の意味を理解できず、せせら笑って見せた。
「はん、草を植えられるくらい、どうってことねーよ」
——それが後々、どんなことを引き起こすかは、この時の俺は想像すらしていなかった……。
くだらない小競り合いの後、ハザマがふと真面目なトーンで尋ねてきた。
「御影のサイコメトリー能力は、手で直接触れないと記憶や残留思念を読み取れないのか?」
「まあ、そうだな。舌先の味覚だけじゃ、正確な情報まではわからない。ハザマはどうなんだ? 本家の食事を摂っても大丈夫なのか?」
「…………大丈夫ではない。皿からは何も読み取れなかったため、一口食べてみたらひどく気分が悪くなった。それ以来、私の食事だけは特別に美麗に作らせている」
「なんだと!? お前もそんなことになっていたのか……。霊的な能力が高すぎるってのも、生きづらいもんだな」
本家の料理に潜む何らかの異常を確信した俺は、ハザマに情報提供の礼だけを言い残し、部屋を辞したのだった。
*****
その日の夕食。本家から出された膳を見ると、季節の野菜や山菜、魚料理が並んでいた。どれも見た目は洗練されており、一口食べれば上品な味付けだとわかる。物理的な味には何らおかしな点はない……。
しかし、咀嚼した食事が胃の腑に落ちていくと、体内からチクチクとした痛みのような刺激と、得体の知れない違和感がせり上がってきた。ハザマの「気分が悪くなる」という反応とはまた違う感じ方だが……なるほど嫌な感覚だ。
(光は、俺よりもさらに敏感にこれを感じ取っているのか……)
霊能力とは、いわば食物アレルギーのようなものだ。霊的な感受性が高ければ高いほど、込められた情念や穢れという情報量を受け取ってしまい、心身に受けるダメージも半端ではない。
例えば、ピーナッツアレルギーを持たない人間にとってはただの美味しいナッツでも、重いピーナッツアレルギー患者にとっては命に関わる。それと全く同じ理屈だ。
本家の料理には、長年澱んだ伏魔殿の悪意や、古い旧家の重苦しい想念が、目に見えないアクとしてたっぷりと溶け込んでいるのだろう。
その一方で。
向かいの席に座る初音は、平然とした顔で屋敷の人間が作った料理を口に運んでいた。
「美味しい! 御影様、これも美味しいですよ」
ニコニコと笑いながら完食していく姿を見て、俺は呆れとともに深い感銘を受けていた。
やっぱり天n……いや、言い方を変えよう。天真爛漫な人間は、本当に強い。霊的な悪意すらも物理的な消化力で弾き返す、鋼のメンタルだ。
逞しく食事を楽しむ姿にふっと口元を綻ばせながら、俺は心に決めた。
食後にもう一度ハザマのところへ赴き、この伏魔殿の根幹を立て直す「屋敷の構造改革」について、本格的な相談を持ちかけよう、と。




