天才は、周りを歪ませる
初音が目を覚ますと、キャンバス上の絵はすでにほぼ出来上がっていた。
芸術というものは、追求しようと思えば何年経っても終わらない。そのため、雨宮自身が納得したその時点で、今回のモデルを終わらせた。
俺はすぐさま初音の体に上着を羽織らせ、奴の視線から妻を隠した。
雨宮は『何故、父親はパッタリと急に絵を描かなくなり、自暴自棄になったのか?』――ずっとそれが謎だったそうだ。
父が遺した最後の下描きにヒントがあると思い、妊娠した初音をモデルにして、当時の父親の追体験をしてみたいと思ったようだ。……あくまで、建前は。
何が
『女性のお腹に生命が宿る神秘を描き切りたい』だ。
嘘だろ、それ。
俺は、ハザマが月島家の遺伝子を通して翻訳したあの最低な言葉が、一番真実に近いのではないかと思っている。
初音の「天才のモデルをしてみたい」という自尊心をくすぐり、雨宮は彼女をキャンバスに閉じ込めながら、才能に対する尊敬や半裸の羞恥の反応を逐一観察して、己自身の歪んだ自尊心を満たしていたのだと――
俺にはそう感じられてならない。
それでも、奴自身は「自分の才能が父親を死に追い詰めていた」とまでは、今日この日まで思い至らなかったらしい。残酷な話だ。
ふと、以前、初音から聞いた話を思い出す。
かの有名なピカソの父親もまた画家だったが、息子の圧倒的な才能を目の当たりにして、自ら筆を折ってしまったとか。
――天才は、周りを歪ませる。




