贋作疑惑の本物の絵
俺はメモ帳に、現在直面している問題を書き出した。
俺の人生、ネタ神でも憑いてんのかよ?と思うぐらい色々起きるよな……
・雨宮青児の不穏な動きに注視
→ 金券にモノを言わせ、諜報要員に見張らせる
・ハザマが俺のことを特別な対象として見ている件
→ 厨房のシフトの編成に随時注視
・初音の産婦人科でプレパパ・ワークショップ
→ 俺は兄として振舞う
まぁ、まだ対処できる範囲の悩みだ。
そう自分を納得させていた数日後。
父方の叔父が、厄介な相談ごとを持って室生家を訪ねてきた。おそらく、ハザマと雨宮青児に関係ある。
「御影、この絵を見てくれ」
————という言葉とともに、叔父は風呂敷に包まれた油絵をテーブルの上で解いてみせた。
現れたのは一枚の美人画だった。おぼろ月が浮かぶ夜、湖でひっそりと沐浴をする女性の姿が幻想的なタッチで描かれている。
「叔父貴、すまんが、俺は絵のことはさっぱりわからん。……初音ならわかるかもしれないが」
俺と叔父のやり取りを横で見ていた初音は、流石は美術系大学の出身なだけあって、一目で誰の作品か見抜いたようだった。
「その絵は……月山青湖の作品ですね?」
「おっ、さすがは芸大を出ているだけあるな。その通りだ」
「一年程前に亡くなった画家ですよね? もしかして、絵をお売りになるんですか?」
初音はこういう美術関連のことになると察しが良い。一般的に、画家は死んだ後に絵の価値が跳ね上がるからだ。
「実は、室生家は月島家のパトロンでね。昔、金の工面をしてやる代わりに、この絵を担保として貰っていたんだ。……で、先日これを画廊に持っていったんだが、『絵のタッチが違う。偽物の可能性があるから買い取れない』と突っぱねられてしまってな」
「偽物……ですか?」
「そんなはずはないんだ! あの月山青湖本人から直接手渡されたものだし、初音さんも一目見て彼の絵だってわかったんだからな」
憤る叔父の前で、「…………」と初音は黙り込み、何かを深く考え込んでいる。彼女のことだから、この『贋作疑惑』について何か勘づいているのかもしれない。
「月山青湖の息子なら、何か知っているんじゃないか? ほら、この屋敷にいるし……」と俺はそれとなくハザマを示唆した。
「ああ、ハザマ様には私も聞いたんだ。だが、『自分が五歳の時に父は家を出ていったから、絵のことは何も憶えていない』と仰られてな」
なるほど。親父が幼い頃に失踪していれば、絵の真贋など分かるはずもない。だが、俺には心当たりがあった。
「叔父貴。俺、月山青湖のもう一人の息子を知ってるから、なんとかなるかも」
「何? もう一人息子がいるのか!? 亡くなった秀青の方じゃなくて?」
叔父が驚いて身を乗り出す。俺は溜め息をつきながら頷いた。
「ええ。思い出すだけで腹が立つ奴ですけど……一度、直接会って話し合わなきゃならない奴なんで」
ちょうどいい。雨宮青児の動向を探り、あの男に直接接触するための、完璧な口実ができた。




