産婦人科の夫婦ごっこと兄に成り下がる俺
急いで初音の部屋へ向かうと、彼女はちょうど湯呑みを片付けているところだった。
「初音、美麗さんが来たか?」
「はい。ちゃんと事の次第を一から説明しました。美麗さん、かなり驚いていましたけれど……」
「まぁ、驚くよな……」
俺は心底ほっとして、本題である例の『プレパパ・ワークショップ』の件を切り出した。
「俺に気を使ってくれたのは嬉しいが、また二人で経験しないまま父親になるのは、もうごめんだ。今度は俺も一緒に産婦人科へ行く」
満面の笑みで喜んでくれると思っていたのに、何故か初音の表情がさっと曇った。
「……何か不都合でもあるのか?」
「実は前々回、御影様がお仕事で長い間不在だった時……私だけ夫……パートナーがいなくて、すごく肩身が狭かったんです。それで産婦人科の入り口でうじうじしていたら、たまたま青児さんが声をかけてくれて……青児さんに夫役をしていただいたんです」
「なっ!?」
俺は信じられない言葉に、思わず声を荒らげた。
「何!? あいつと夫婦ごっこしたのか!? 産婦人科で?」
ついカッとなって責めるような口調で問い詰めてしまうと、初音はビクッと肩を揺らし、寂しそうに俯いてつぶやいた。
「…………だってみなさん、とても幸せそうに、ご夫婦で一緒に沐浴の練習をしたり……オムツ替えの練習をしたりしていて……」
しまった。
妊婦に過度なストレスを与えると、お腹の子に悪い。俺は猛烈な自己嫌悪に襲われ、慌ててトーンを落として謝罪した。
「い、いや、俺が悪かった。仕事仕事で、全く初音の事に気を使ってやれなくて……雨宮は、そんなお前を見かねて助けてくれたんだな?」
俺が必死に取り繕うと、初音は困ったように眉尻を下げた。
「でも、今回御影様を連れて行くと、他のご夫婦や助産師さんに誤解されてしまうのではないかと……。青児さん、一度見たら皆さんの記憶に焼きつきますよね。とても目立つ方ですし……」
確かに、あの魔性の男が「夫」として鮮烈なデビューを飾ってしまった後で、本物の(内縁の)夫である俺が登場すれば「え、この人は誰?」と現場が大混乱に陥るのは火を見るより明らかだ。
だが、ここで引き下がるわけにはいかない。俺は決死の覚悟で妥協策を叫んだ。
「も、問題ない! 『今日は夫が来れなかったから、代わりに初音のお兄さんが付き添いに来た』という設定で、俺が完璧に演技してやるから!」
「えぇぇえ?」
実の夫であるはずの俺の提案に、初音の素っ頓狂な声が空しく響き渡った。




