雨宮 青児の守備範囲
一斉送信からほどなくして、最初に俺の部屋へ現れたのは腐女子連合の藤城と武井だった。だが、彼女たちは情報提供ではなく、謝罪のためにやってきたのだ。
なんでも、彼女たちはハザマの個人的なスパイとして動いていたらしい。
藤城はてっきり外出から戻ったハザマだと勘違いし、屋敷の周辺をうろうろしていた雨宮青児に、同人誌を渡してしまったのだという。しかもその同人誌の間に室生家の従業員勢力図のメモを挟んでいたとの事。
武井は俺と初音が事実婚に切り替えたという情報をハザマと間違えて伝えてしまったらしい。
俺は彼女たちがハザマのスパイであることを見逃し、自ら謝罪してきた正直さを買って、LIMEギフトカード五千円分をそれぞれに贈呈した。
これを機に彼女たちを白川家派へ引き入れ、ゆくゆくはハザマや雨宮に対するダブルスパイとして働いてもらう魂胆だ。
そして、次に現れた問題の人物が、女中頭の小梅である。報告を聞いた俺は、思わずこう質問した。
「……なあ、小梅って俺の母さんと同い年じゃなかったか?」
「はい。白川のお母様と同級生でございました」
「息子ほどの年齢の男に、誘惑さ……れ……た……?」
俺が信じられない思いで確認すると、小梅は頬を染めて力説した。
「っ! ……あの男は魔性の男です! あの甘い声で耳元で囁かれたら、落ちない女はいません!屋敷を囲っている塀で、生まれて初めて壁ドンをされて……つい……」
雨宮の守備範囲の異常な広さに、俺は戦慄した。やるなあ、アイツ……。
「まあ、それは初音も一時期落ちたから、アイツの人たらしテクニックは凄いんだろうな。……で? 落ちた小梅は、奴に何を話したんだ?」
「初音様がお通いになっている産婦人科の場所と通院日、それから父親対象の『プレパパ・ワークショップ』の日程でございます」
「!!」
俺は思わず顔を上げた。
「プ、プレパパ・ワークショップだと!? 初音は俺に、そんなこと一言も言ってなかったぞ!」
「おそらく……お忙しい御影様をご配慮なさり、あえてお話しにならなかったのかと……」
「……そんな……。俺だって、そういうの出たいのに……」
情報漏洩の危機よりも、妻の気遣いによって大事なイベントを逃しかけていたショックで、俺は本気で肩を落とした。小梅が慌てて慰めてくる。
「み、御影様。ご出産までまだ四ヶ月ございますので、ワークショップには充分間に合いますよ!」
「……そうだな。そのプレパパ・ワークショップの件、もし聞き出せずに逃していたら、俺は一生後悔するところだった……。でかしたぞ、小梅!」
俺は感極まって小梅に力強く頷いた。
「小梅には、松◯屋と高◯屋の商品券をそれぞれ一万円分ずつ特別に贈ろう。——これからも、有益な情報提供をよろしく頼むぞ?」
かつての伏魔殿の主であった女中頭も、見事に寝返ったのだった。
※注釈 松◯屋、高◯屋 とは
ハザマと御影の住む中京圏住まいの人間にはお馴染みの格式高いデパート。商品券が絶大な効力を持つ。




