研鑽と冷雨 ④
帰国した。
松田が空港まで迎えに来ていて、車まで案内してくれた。
「あれ、零、荷物は?」
「これだけ」
「うそ、ひと月は向こうにいたのに」
松田が、ちょっと信じられない、という顔で振り返った。さほど大きくもないリュックサックを背負っている以外、零は手ぶらである。
「ごめんなさい、お土産、忘れちゃった。途中までは買って帰るつもりだったのよ」
「それは全然。観光に行っていたんじゃないんだもの」
外は雨が降っていた。細かい、霧のような雨で、雨音は聞こえない。
駐車場で松田のミニクーペに乗った。
下道を走る。美駒トレーニングセンターまでは一時間もかからない距離だ。
「疲れているでしょ、寝ていていいからね」
「ありがとう」
空港を離れると、田畑になった。点在している雑木林には紅葉が見られた。オーストラリアは、これから夏という季節だった。
「コックスプレートには出られなかったわ」
零は、目を閉じて座席に身体を沈めた。
「聞いてる。一度は、乗せてくれるオーナーが見つかったんでしょう」
「レース当週になって、別の騎手に変更されてしまったけれど」
「事情が変わったのかな」
「なんにせよ、私の実力不足よ」
コックスプレートで、エマは二着だった。その結果を見届けてすぐ、帰国の途に就いたのだ。
見送りにはスマイルと、同じ宿舎で寝食を共にした女性ライダーと見習いの娘が二人、来てくれた。
エマとはその前日に、野駈けをした。
メルボルン郊外の拡い野原を、馬を並べて風を切った。それが別れの挨拶代わりだった。
二頭の馬は、どちらも元競走馬で、引退時にエマが引き取ったのだという。エマにとっては、家族同然の存在だった。
帰国を延期してからは、エマに散々打ちのめされた。
比喩ではない。ジムで半日、みっちりトレーニングをした後に、道場に連れていかれ、柔道着を渡された。
格闘技のリングやサンドバッグといったトレーニング設備が整っている他、十二畳の畳が張られている一角があった。
そこでは週に二、三回、近隣から子どもや初心者を集めて、柔道を教える教室が開かれていた。
そこで、エマに柔道の稽古をつけられた。散々投げ飛ばされ、やり返そうと起き上がって組みついても、次の瞬間にはまた天井を見ていた。
柔道は、競馬学校の授業で少し習っただけで、それも受け身が中心だった。
エマは五年前から、心身を鍛える目的で柔道を日常に取り入れたのだと話した。
エマに殺される、と本気で思った。道着を着て対峙していると、エマの眼光は圧倒されるほどだった。
調教騎乗の仕事で、馬に乗っている時間だけ、零は息を吹き返した。
それも束の間で、仕事が終わると、見計らったようなタイミングでエマからどこそこに居る、と連絡が来た。
逃げ出そうと思えば、いくらでも逃げられた。しかし、どこかでエマを凌ぎたかった。
ベンディゴでの負けを、コックスプレートで返す。それすら途中から忘れ、畳の上で対峙するエマがすべてになった。
延期した十日の間に、カントリークラスのレースに三度、スマイル厩舎の馬で出る機会があった。
睡眠時間は日に二、三時間程度で、心身の疲労は極限に達していたが、なぜか感覚はかつてないほどに冴えわたっていた。
三度のレースで、零は完勝したが、そのレースにエマは出ていなかった。
閉じていた瞼を開いた。
「まだ寝ていていいよ。着いたら起こすから」
眠っていたわけではないが、言ったところで詮無いことだ。
「九時には間に合いそうね」
「間に合わなかったら大変よ。オーストラリアには、日本みたいな調整ルームのルールってなかったでしょう、確か」
「ええ。レース当日、出走の一時間前までに競馬場に入ればよかったから気楽だったわ。道に迷いかけた時ははらはらしたけど」
「そういえば、向こうでの移動はどうしていたの?」
「大体電車とかバスとか。交通網が行き届いていないような場所は、馬で行くことが多かったわ」
「馬? え、まさか馬を車代わりにしていたの?」
「車みたいになんでも思い通りに動かせるわけではないし、馬の体力を見極めながら行程を考えなければならなかったから、大変だったわ。免許は、やっぱりあった方が便利ね」
松田が、あれこれとオーストラリアでの生活のことを訊いてくる。それに受け答えしているうちに、トレセンが近づいてきた。
雨は熄んでいたが、空は薄い雲に覆われ、月も隠れている。明け方にかけて、再び降り出す予定だった。
トレセンの駐車場で、零は車を降りた。松田に礼を言って、刻限の三十分前に調整ルームに入った。
零の他に八人の騎手がいた。競馬場にも調整ルームはあるので、そちらで一夜を過ごす騎手もいるはずだ。
松田に持たされた軽食を食べてから、ひと眠りした。携帯端末などの通信機器は入口で預けてある。三時間ほどで目が醒め、夜が明けるまで、本を読んで過ごした。
朝になった。
調整ルームを出され、東京競馬場へ移動した。
調教師と合流し、馬に引き合わされた。
「ファステラウン、私のこと、憶えているのね」
黒鹿毛のファステラウンが、鼻先を摺り寄せてきた。
「昨年の新潟での新馬戦と、芙蓉ステークスでは、いい走りをさせてくれた。あとは、下地さんの直弟子であることとか、君を売り込みに来た松田氏の熱意とか、色々と理由はあるが、とにかく俺もオーナーも君に期待している」
自陣営のスタッフと一旦別れ、別室で検量を受けた。
ファステラウンのもとに行くと、天道陣営の出走馬が、馬体重の計量を受けていた。
下地と同年ぐらいの調教助手の後ろに、あいが付き従っていた。
あいがこちらに気づいた。闘志とも違う、熱を宿した瞳を向けてくる。
自分が海外遠征に出ている間、あいも研鑽を積んでいたに違いなかった。
馬装を整えたファステラウンが、調教師に曳かれてきた。
落ち着いた様子でパドックを周回し、馬場に出る時も行儀がいいままだった。
調教師に、返し馬での指示を仰いだが、好きにしていい、と言われていた。
数メートル、ゆっくりと歩かせてから、軽く駈けた。銜で抑える力を抜き、自由にさせた。ファステラウンは周囲を窺いつつ、弧を描くように旋回した。
天道陣営の馬が出てきた。葦毛の五歳馬で、墨の掠れを思わせる鬣に、雲の影のような額の模様が特徴だった。
ゼッケンに、ファーストステップと名が記されている。
ファーストステップの鞍上にいる熊谷は、地方から中央へ進出してきた騎手だ。その実力は広く認められている。
零はファステラウンを反転させ、コース直線に向かった。
小ぶりだが、冷たい雨が降っている。
スライドは使わず、小股で脚の回転を意識した走りを試した。
騎手が下半身の駆動を小刻みに遣えば、馬もそれに合わせた走りになる。折り合いが付いていれば、だ。
一年ぶりだが、ファステラウンには過去に二度騎乗していて、その時の折り合いも悪くなかった。
昨年、ファステラウンは皐月賞、日本ダービーに出走したが、そのどちらも着外だった。
素質はあるはずだが、大舞台では勝てていない。いまの自分と、似た場所に立っている馬だ。
癖は掴んだ。返し馬を終え、発馬機の方へ誘導した。
発走台の上に立った競馬委員が、赤旗を頭上で回している。それを見て、ぞくぞくと他の馬も集まってくる。
普段のレースだと、ここで言葉を交わし合う騎手もいるが、G1レースとなると、そういう気軽な空気は微塵もなかった。
最年長でいまだ現役の西暢も、栗毛の馬の鞍上で茫洋とした雰囲気を湛えているが、まったく隙が無い、と零は感じた。
ふと脳裏に、畳の上で構えを取る道着を着たエマの姿が浮かんだ。
西暢とその馬が内枠に入り、ファーストステップと熊谷、ファステラウンと零は、外枠に収まった。
天皇賞、秋。旗が翻った。




