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ミスジョッキー   作者: 井ノ上
第十四話

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成長と継承 ④

 競馬学校に撮影隊が入ってくるのは、これがはじめてではなかった。


 入学した直後に、あいは生まれて初めてのインタビューを受けた。

 それからも、何度か受けている。自分が受け答えした言葉が、どの媒体から発信されているのかは、よくわからなかった。


 世間について、あまりにも疎い。


 学科の教養の授業で、競馬業界の知識は身に付いたが、そこから一歩外れると、綾しかまともな話し相手がいなかった頃と、見識はほとんど変わっていない。


 変わった部分と、変わらない部分がある。


 身体能力は、確実に向上していた。

 以前の自分と比べたら、各段にできることが増えた。騎乗に限らず、頭でイメージした通りに身体を扱えるようになってきたのだ。

 身長も、三センチだけ伸びた。


 携帯端末のカメラを向けられていた。


 目の前には、目鼻立ちのはっきりとした、綺麗な大人の女性がいる。

 女優なのだと教えてくれた大矢は、どぎまぎとして落ち着かない様子で、女性から投げかけられる質問に答えていた。


「トレセン研修を控えて、なにか抱負はありますか? こんなことを身につけたい、とか」


「まず、進級試験を合格すること。いまは、それしか考えていません。トレセンでは、盗めるものはすべて盗んでやろう、とは思っていますが」

 正士郎がしっかりした声で答えた。


「盗む、ですか?」


「はい。トレーニングセンターは、学校ではありませんから。日々、次のレースを見据えて多数の馬の調教が行われています。そんな中で、僕らに手取り足取り丁寧にノウハウを教えている余裕は、多分ないでしょう」


「なるほど。それで盗む、ですか」


「言葉は悪いかもしれませんが」


「いえ、伝わりました。諏訪君はしたたかなんですね」


 インタビューは対談形式で進められる。さらに別の二人に同じ質問をしたあと、女性が話題を変えた。


 デビュー後の目標を尋ねられ、個別に答えていく。


 大矢は有馬記念で一着を獲ることだと答え、正士郎は、一つでも多く勝鞍を稼ぎたいと答えた。


「藤刀さんは?」


「は、はい」

 声が上擦ってしまった。落ち着け。自分に言い聞かせた。もうおどおどしてばかりの昔の自分ではないのだ。


「凱旋門で、勝ちたいです」

 あいがきっぱりと言うと、場がざわついた。


「あの、なにか変なこと言いましたか?」


「そんな。素敵な目標だと思います。頑張ってね」

 女優が対談を締めくくる感想を述べ、撮影は終了した。


「入学した頃はレース名すらまともに知らなかった君の口から、凱旋門が出るとはね」


 自由時間となり、トレーニングルームで柔軟運動をしていると、正士郎が入ってきた。


「馬鹿にしてる?」


「別に。天道調教師になにか言われたのか? あの人、騎手を引退する直前は凱旋門を獲ろうとしていた」


「うん」


 正士郎はレッグプレスのシートに座り、ウェイトの乗っかった板を踏みあげはじめた。


「自分が叶えられなかった夢を、君を使って叶えさせようとしているなら」


「違うよ。私が、自分で決めたの」


 凱旋門賞で勝つ。天道にだけは伝えていた。昨年の初夏頃のことで、その時はまだ漠然と、強くて頼られる騎手になりたい、と考えていただけだ。


 レースに出るだけでいいのか。零の活躍ぶりを見ているうちに、そう考えるようになった。


 プロポロスという競走馬と挑んだ先の皐月賞で、零は着外となり、続く日本ダービーでは別の騎手に替えられていた。


 昨年は最多勝利新人騎手の記録を更新した零でさえ、勝てなければ、鞍を降ろされることがあるのだ。


「認めてもらいたい、ううん、自分で自分を認めてあげたい。だから、凱旋門賞で勝ちたい」


「羨ましいな。君にはゴールが見えているんだな」

ぽつりと、正士郎が呟くように言った。


「え?」


 つい訊き返したが、正士郎はそれきり口を閉ざし、ひたすらトレーニングを続けた。


 その夜、寮に戻ると山南から手紙が来ていた。もしや、と思い、急いで手紙の封を切った。


 やはり、綾が子を産んだとの報せだった。 


「綾が、お母さんに」


 なんとなく寂しく感じたものの、喜びの方がはるかに大きい。


 あいは大慌てで返事の手紙を書いた。


 それから二日が経ち、進級試験の当日になった。


 試験に落ちれば、夢もなにもない。トレセン研修にも進めないのだ。


 不安は膨らみ、緊張しながら騎乗馬の馬装を整えた。しかし馬に乗ってしまえば、不安は吹っ切れた。

 これまでもそうだった。


 走路訓練に移行する前の馬術試験でも、JJHコンペティションでも、不安だったのは直前までだ。


 馬に乗っている間は、どこまでも自由な世界が拡がっている。その間、煩わしいあらゆる感情は、地上に置き去りにしていける。


 試験が開始された。


 馬場で障害飛越を披露し、引退競走馬に乗り替えた。


 一頭目でゲート発走、走路障害を試され、二頭目で、馬上での速度感覚を試された。


 すべて、これまで実技訓練で繰り返しやってきた内容だ。馬場で一鞍、走路で二鞍という構成も同じだ。失敗が許されない、というだけだ。


 技術がちゃんと身に付いているかを見る試験ではあるが、本番でも練習通りにやれる胆力が備わっているか、ということの方が案外重要なのかもしれない。

 その点、あいは馬上では緊張とは無縁でいられた。


 試験を終えると、調教スタンドの二階に呼び出された。


 一人ひとり、小早川の口から合否が伝えられていく。


「藤刀あい、合格」


 あいが最後の一人だった。大矢が背中を叩いてきて、やったな、と白い歯を見せて笑った。

 あいも、笑い返した。

 

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