秋空とポニー ③
甥だが、酒を覚える前の自分に似ている一面があった。
といっても、ほとんど勘のようなものを頼りにして探した。
いた。
聡太は、滑り台の上の、家のかたちをした遊具に身を隠していた。
美冬が下から呼びかけると、しばらくして、穴から顔を出し、滑り降りてきた。
「ごめんなさい」
根は素直な子だった。かっとして衝動的に動いてしまうことはあっても、陰湿な感情を残したりはしない。
「聡太はえらいよ。でも、謝る相手が違うかな」
「ん」
美冬は、聡太の手を引き、ポニーの乗馬体験をやっている一角に戻った。
教官の落合に伝え、手分けして探してくれていたあいを呼び戻してもらった。
大矢も手伝うと言ってくれたが、乗馬体験に来る客が増えてきて、二人は離れられなかった。
「聡太、ごめんな」
大矢に先に謝られ、聡太が首を小さく振った。聡太も謝る。心配いらなさそうだった。
カップ酒は聡太を探すのに邪魔だったので、一息に飲み干して片してしまった。
広場の方には様々な出店があり、手芸品や食べ物などが並んでいた。その並びに、酒を売っている店もあった。
あいが戻ってきた。走り回ってくれたのだろう、額に汗を滲ませている。
「一緒に探してくれてありがとね、あいちゃん」
「すぐ見つかってよかったです」
「迷惑かけちゃったお詫びに、なにか出店で食べ物でも買って来るよ」
「ついでにお酒も買うつもりですね、美冬さん」
「なはは、わかってきたねぇ」
「お詫びなんていいです。それより、聡太君に乗馬体験してもらいましょうよ」
「ああ、それはどうかな。大矢君とは仲直りしてたけど、ポニーに乗りたがるか」
大矢は接客に戻り、乗馬体験をする子どもにヘルメットを着けたり、馬具の位置を調整したりと、あいの分も忙しくしていた。
教官らはポニーの手綱を曳き、万が一にも事故が起こらないよう細心の注意を払っている。
そんな様子を、聡太は少し離れたところから眺めていた。
やりたい気持ちはあるのかもしれないが、恥ずかしいのか、草むらにしゃがみ込み、動く気配はない。
「乗馬って、楽しいです」
「ん?」
「聡太君にそれを知ってもらいたいです」
あいのはっきりとした物言いに、ちょっと意外な気がした。
前に東京競馬場で出会ったあいは、もっとおどおどしていた印象があった。こうしたい、ああしたい、と口にすることもなかった。
そこに付け込んで、馬券買いに協力してもらったのだ。
落合に説教され、反省はしているが、あいがはっきりと断る性格だったら、いまの関係はなかっただろう。
「若い子の成長は早いなぁ」
「え、」
「なんでもないよん。しばらく様子を見てみるよ。あいちゃんはとりあえず、他の子に乗馬の楽しさを教えてあげて。他の子が楽しそうにやってたら、聡太もやってみたくなるだろうしさ」
「そうですね。いってきます」
あいのひたむきさが眩しく、美冬は目を細めた。あいが本来の役割に戻って行く。
美冬は聡太に声をかけてから、広場へ行き、フランクフルト二本とビールの小瓶を買った。
戻ると、聡太は同じ姿勢のまま、ポニーを見つめていた。
「聡太、食べる?」
フランクフルトを一本渡す。聡太が受け取り、齧りついた。肉の油で口元をてらてらとさせながら、あっという間に食べきってしまった。
美冬はビールと合わせて、ちびちびとやる。
ビールは氷の中に突っこんで売られていたので、よく冷えていた。暑くもなく寒くもない、心地いい季節だ。
特設ステージの方で、吹奏楽部の演奏がはじまったようだった。
そちらに客が集まり、乗馬体験の希望者が途切れがちになり、あいや大矢、教官らは手空きになってきた。
落合になにか言われ、あいがポニーに跨り、軽く駈けはじめた。ちらほらと残っていた客が、歓声を上げる。
「へえ」
あいが馬に乗る姿を見るのははじめてだった。活き活きとしていて、楽しそうである。
それだけでなく、まるで一つの生き物のように馬と呼吸が合っていて、見ている人間をわくわくとさせる乗り方である。
これが競走馬なら。
つい想像した。
「おばさん」
「はいはい?」
「乗馬体験、俺もしてきていい?」
「もちろん。行っといで」
聡太が立ち上がる。ズボンの尻についた草を払ってやり、送り出した。
あいが気付き、ポニーから降りて聡太を迎え入れた。
壮年の教官が補助についた。見覚えのある顔だ。確か、小早川といったか。天道と同期で、そこそこ実力のあった騎手だったはずだ。
天道の引退から数年して、小早川も中央から身を引いたのは知っていたが、競馬学校で教官をしているのは知らなかった。
あいと小早川が両側に立ち、ポニーに跨った聡太に付き添っている。
血の匂いを嗅ぎながら、ときに人の命を左右する仕事をしている。その日頃の疲れが、解けていく感じがした。
「はぁ、ビールが美味い」
小瓶を呷り、しみじみと美冬は思った。




