秋空とポニー ②
美冬が抱き着いてきた。豊満な胸に顔がうずまり、あいは窒息しかけた。
「はぁ、はぁ、し、死んじゃうかと思った」
「なはは、ごめんごめん。あいちゃんとまた会えたのが嬉しくて、お姉さん、テンション上がり過ぎちゃったぁ」
「お久しぶりです、美冬さん。今日も酔ってるんですね」
「そりゃあお祭りだもの。ギャンブルと祭にはこれがつきものでしょ」
そう言って、美冬は片手に持った飲みかけのカップ酒を持ち上げた。
大矢も美冬とは面識があるはずだが、忘れているのか、きょとんとしている。
日本ダービーを観戦する校外授業で、一人はぐれたあいに声をかけてくれたのが、美冬だった。
美冬とは、東京競馬場を連れ回されているうちに仲良くなった。
だが、あいの馬を見る目を利用し、馬券で儲けたことが引率の落合にばれ、美冬はこってりと説教されるはめになったのだ。
「ああ、東京競馬場のターフィーショップで俺らに奢ってくれたねーちゃんか」
「そうそう。いやぁ、あの時の君らの先生、ほんとおっかなかったなぁ。顔は仏みたいに穏やかなのが余計にさ」
「呼びましたか」
上背のある大矢の後ろから、落合がひょこりと顔を出す。
ぎょっとした美冬が、ごまをするような手つきで、ぺこぺことお辞儀して挨拶をする。
美冬は、男の子を一人連れていた。
七、八歳だろうか。つまらなそうにむすっとして、美冬たちのやり取りを見つめている。あいと目が合うと、ツンとそっぽを向かれた。
「あの、美冬さん、その子は?」
「そうそう。ほら、聡太、挨拶しな」
名前を呼ばれた少年は、迷惑そうに眉を顰めた。
「おう、聡太っていうのか。俺は大矢君尋だ。よろしくな」
天性の人懐っこさで、大矢が聡太に手を差し伸べる。
聡太は大矢を威嚇するように身構えたが、美冬に促され、しぶしぶ握手を交わした。
「あ、わ、私は、藤刀あい、です。よろしく、ね」
大矢に倣って握手を交わそうとし、睨まれ、慌てて手を引っ込めた。美冬が笑い声をあげた。
「野良犬みたいだけど、急に噛みついたりはしないから大丈夫だよぉ」
「ちょ、やめろ。頭を撫でんな」
抵抗されるのも構わず、美冬は聡太の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「姉の子でね。仕事の都合とかで、たまに実家で預かってるんだ。今日はたまたま私が休みで一緒にいたから、お祭りに連れてきたんだぁ」
「美冬さん、働いてたんですね」
「なはは、あいちゃん、私をアル中でギャンブル依存症のニートだと思ってたね」
「そ、そこまでは」
「これでも大学病院勤めの外科医なのよん」
「え、お医者さんなんですか」
「そだよぉ。セクシーな女医さんなのだ」
自分で言うのかよ、と大矢がぼそりと呟く。
落合は、ポニー乗馬体験に来た客の対応で離れていった。
「今年は競馬学校が催し物をするってネットに出てたから、あいちゃんに会えるかなと思って来たんだぁ。木馬試乗コーナーの方も見てきたけど、結構賑わってたよ」
「探してくれてたんですね。私も、また美冬さんに会えてうれしいです」
「ぬふふ、やっぱりあいちゃんは愛せるなぁ」
再び美冬に抱きあげられ、胸の谷間で窒息しかける。
「聡太、せっかくだし、ポニーの乗馬体験していったら? ね、大矢君、いいかな?」
「ぜひぜひ。あ、でも、一応安全のために、小学二年生以上って決まりがあるんすけど」
大矢が申し訳なさそうに言うと、それまでつまらなそうにしていた聡太の目が、かっと見開かれた。
「それなら大丈夫。この子、小学四年生だから」
「お、そうなんすね。じゃ、聡太、俺が補助につくから、ポニーに乗ってみるか」
大矢が再び聡太に手を差し出す。
「誰があんなカッコ悪い馬に乗るかっ」
聡太は大矢の手を払い除け、走り去ってしまった。
「ありゃ、いっちゃった」
「いっちゃったって、追いかけなくていいんですか、美冬さん。というか、そろそろ放してください」
ぬいぐるみのように美冬の腕に抱かれた恰好で、あいは抗議した。
「そだねぇ。地元の祭りとはいえ、結構広いから、この前のあいちゃんみたいに迷子になっちゃうかも」
「わ、私を引き合いに出さなくても」
「すんません、俺がなんかしちまったんすかね」
「や、大矢君は悪くないよぉ。タイミングがね」
「タイミング?」
「学校に、聡太の身長が低いのをしつこくイジってくる同級生がいたらしくてね。それでこの前喧嘩しちゃって、それをまだ引きずってるみたいでさ」
「そうだったんすね」
「気晴らしになればと思って連れてきたんだけど、ちょっと強引すぎたかなぁ」
ポニーを格好悪い馬と言った聡太は、ポニーに自分を重ねたのか。
同級生に嗤われる惨めさは、痛いほどわかる。
確かに聡太の身長は歳の割に低かったが、まだこれから成長期を迎えるのだから、気にするほどではない。
しかし、本人の気持ちの問題だ。
「俺からしたら、羨ましいくらいなんだが」
大矢が少し寂しげに言った。
騎手を目指す者にとって、背が高いのは足枷でしかない。
「っと、こんなこと言ったら、またあの子を怒らせちまうよな」
大矢は苦笑した。
あいは、やっと美冬の腕の中から抜け出したところだった。




