秋空とポニー
紅く色づいた樹木の枝先に、小さな野鳥が留まっていた。
野鳥が、短く、立て続けに地鳴きした。
「ホオジロか」
隣に立っていた小早川が、鳥の声を聞いて呟く。
ホオジロという鳥なのだと、あいはそれで知った。
白囲市の郷土祭で、競馬学校から街道を挟んで北にある総合公園に来ていた。
競馬学校は、ポニーの乗馬体験、木馬の試乗体験、造鉄の一般公開といった催しを用意し、祭に参加している。
あいと大矢、それに小早川を含めた三名の教官が、ポニーの乗馬体験を担当だ。
正士郎ら、他の騎手課程一学年は、木馬試乗に割り振られている。
メインステージや屋台が設営されている広場の方から、地元の吹奏楽部のファンファーレが聞こえてきた。
開会式がはじまったらしく、徐々に人は増えているが、まだあいたちがいる公園の奥側は閑散としていた。
「親指の怪我の具合はどうだ」
小早川が、ポニーと戯れている大矢を眺めながら、言った。
「あ、はい。もう大丈夫です」
怪我というほどではなかった。
小早川との対決で、鞍上できつく踏ん張り過ぎたせいか、親指の付け根の皮がやぶれていたのだ。
気づいたのは、対決の後、加奈恵と風呂に入った時だった。
何日か気になりはしたが、二週間もすると治った。
そこのところの皮は、以前より厚くなった感じがある。
「天道も、よく親指の付け根の皮が破けていた。いまのお前と、同じぐらいの頃の話だが」
「そうなんですか?」
「馬の乗り方は人それぞれのスタイルがあり、一概には言えんが、騎乗姿勢を図形にしたとき、逆三角形になっていると、走行中の馬に負担を駈けない理想的かたちだと言われている」
「この前、学校に来てくれた現役騎手の人が、同じことを話してくれました」
「そうか。親指の皮が破けるということは、つまりその一点に重心を置けていたからだろう。天道も、お前も」
天道と同じだと言われ、あいは嬉しくなった。
先月末の、あの対決を経て、なにかを掴めた気がしていた。
ただ、それがなにか、言葉では言い表せなかった。
少なくとも、自分に騎手としての資質があるのかと、悩むことはなくなった。
吹っ切れた。
それだけでも、あの対決は意味があった。
小早川にとっても、あの対決にはなにか意味があったのだろうか。
訊いてみたい気もしていたが、いざこうしてその機会が訪れると、恐くて訊けなかった。
対決以降、小早川の態度が軟化する、ということはなかった。前にもまして苛烈になったりもしていない。
公けにはなにもなかったのだ。
騒ぎ立てて、天道や小早川の立場を悪くしたいとも思わなかった。
逆境や、理不尽をはねのけることでしか得られない力がある。それを十代で知れたのは、大きなことのような気がする。
「よく、あいつを慕う気になる」
「え」
「子どもを、平気で谷底に突き落とすような男だ」
「天道さんは、一人で突き落としたりはしないです。落とす時は、一緒に落ちてくれる、と思います」
実際、天道も危ない橋を渡ったのだ。
もしあいが学校側に相談したり、マスコミを引きこんでいれば、かなり問題になったはずだ。
そういうリスクをとって、あの機会をつくった。
谷に一緒に落ちるぐらいのつもりでなければ、やれないことだ。
「信頼か」
「小早川さんは、天道さんが嫌い、なんですか」
小早川は答えなかった。沈黙に、あいは身を竦ませた。
大矢に呼ばれたのを幸いに、あいは脱兎のごとくその場を離れた。
毛繕いをしていたホオジロも、あとから来たもう一羽と一緒になり、秋空に飛び去っていった。




