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ミスジョッキー   作者: 井ノ上
第十話
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秋空とポニー

 紅く色づいた樹木の枝先に、小さな野鳥が留まっていた。


 野鳥が、短く、立て続けに地鳴きした。


「ホオジロか」

 隣に立っていた小早川が、鳥の声を聞いて呟く。


 ホオジロという鳥なのだと、あいはそれで知った。


 白囲しろい市の郷土祭で、競馬学校から街道を挟んで北にある総合公園に来ていた。


 競馬学校は、ポニーの乗馬体験、木馬の試乗体験、造鉄の一般公開といった催しを用意し、祭に参加している。


 あいと大矢、それに小早川を含めた三名の教官が、ポニーの乗馬体験を担当だ。


 正士郎ら、他の騎手課程一学年は、木馬試乗に割り振られている。


 メインステージや屋台が設営されている広場の方から、地元の吹奏楽部のファンファーレが聞こえてきた。


 開会式がはじまったらしく、徐々に人は増えているが、まだあいたちがいる公園の奥側は閑散としていた。


「親指の怪我の具合はどうだ」

 小早川が、ポニーと戯れている大矢を眺めながら、言った。


「あ、はい。もう大丈夫です」

 怪我というほどではなかった。


 小早川との対決で、鞍上できつく踏ん張り過ぎたせいか、親指の付け根の皮がやぶれていたのだ。


 気づいたのは、対決の後、加奈恵と風呂に入った時だった。


 何日か気になりはしたが、二週間もすると治った。

 そこのところの皮は、以前より厚くなった感じがある。


 「天道も、よく親指の付け根の皮が破けていた。いまのお前と、同じぐらいの頃の話だが」


「そうなんですか?」


「馬の乗り方は人それぞれのスタイルがあり、一概には言えんが、騎乗姿勢を図形にしたとき、逆三角形になっていると、走行中の馬に負担を駈けない理想的かたちだと言われている」


「この前、学校に来てくれた現役騎手の人が、同じことを話してくれました」


「そうか。親指の皮が破けるということは、つまりその一点に重心を置けていたからだろう。天道も、お前も」


 天道と同じだと言われ、あいは嬉しくなった。


 先月末の、あの対決を経て、なにかを掴めた気がしていた。

 ただ、それがなにか、言葉では言い表せなかった。


 少なくとも、自分に騎手としての資質があるのかと、悩むことはなくなった。

 吹っ切れた。

 それだけでも、あの対決は意味があった。


 小早川にとっても、あの対決にはなにか意味があったのだろうか。

 訊いてみたい気もしていたが、いざこうしてその機会が訪れると、恐くて訊けなかった。


 対決以降、小早川の態度が軟化する、ということはなかった。前にもまして苛烈になったりもしていない。


 公けにはなにもなかったのだ。


 騒ぎ立てて、天道や小早川の立場を悪くしたいとも思わなかった。


 逆境や、理不尽をはねのけることでしか得られない力がある。それを十代で知れたのは、大きなことのような気がする。


「よく、あいつを慕う気になる」


「え」


「子どもを、平気で谷底に突き落とすような男だ」


「天道さんは、一人で突き落としたりはしないです。落とす時は、一緒に落ちてくれる、と思います」


 実際、天道も危ない橋を渡ったのだ。

 もしあいが学校側に相談したり、マスコミを引きこんでいれば、かなり問題になったはずだ。


 そういうリスクをとって、あの機会をつくった。

 谷に一緒に落ちるぐらいのつもりでなければ、やれないことだ。


「信頼か」


「小早川さんは、天道さんが嫌い、なんですか」


 小早川は答えなかった。沈黙に、あいは身を竦ませた。


 大矢に呼ばれたのを幸いに、あいは脱兎のごとくその場を離れた。


 毛繕いをしていたホオジロも、あとから来たもう一羽と一緒になり、秋空に飛び去っていった。

 

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