裸馬と少女 ②
右折する場所を間違えたようだった。
舗装道路が途切れていた。車の轍は伸びているが、その先がどこかへ通じているのかは怪しい。
「馬郷までの看板は見かけたし、もう近くまで来ているはずなんだけどなぁ」
天道は、運転席で溜息をついた。
右手の斜面の下には、家が数軒建っている。猫の額ほどの田畠や、堆く積まれていた薪の山などが見えた。
「長閑な場所だ。あいつには、競馬場より性に合っていそうだ」
競馬学校で同期だった山南が、現役引退後に遠縁から牧場を譲り受けたことは、聞き知っていたが、これまで足を運ぶの機会はなかった。
携帯端末で地図を確認すると、この未舗装の道を進めば、馬郷の放牧地に出そうではある。
「車で通り抜けられるか、確認するか」
車を降り、携帯端末の明かりで薄闇を照らし、轍を辿った。
陽が沈みかかっている。天道は急いだ。この季節、あっという間に暗くなる。こんな場所で夜になれば、簡単に方角を見失いかねない。
「この先は、山か」
丘とさほど変わらない、低山だった。おそらく、ここを越えた先が馬郷なのは間違いない。
見たところ手入れはされているが、車で通り抜けるのは厳しそうだった。とくに、暗くなっからは危険だ。
天道が、安全をとって引き返そうとした時だった。
山の奥から、なにかが近づいてくる気配がした。
「おいおい、まさか熊じゃないだろうな」
茂みが騒ぎ、梢が折れる音に混じって、馬蹄の響きを聞きとった。
「違うな。馬?」
直後、木立の間から、馬が飛び出して来た。淡雪のような毛色をした、轡も鞍もつけていない裸馬である。
天道は、目を疑った。
裸馬の背に、まだ小学生くらいに見える、少女が跨っている。
「いけないっ、綾っ、跳んでっ」
天道に突っこんで来そうになった馬が、跳んだ。馬体が頭上を越えていく。なにか、幻にでも遭ったような気分に、天道は包まれた。
「でかい蹄だ。蹄鉄はしていないのか」
呟いていた。それから、思考が追いついてきた。
「いや、それよりお嬢ちゃん、大丈夫か。鞍も手綱もなしに、あんな跳躍して」
馬の背から降りてきた少女に近づいた。
少女がおっかなびっくり、頷き返した。頬に、擦り傷が一つある。山で、梢にでもひっかけたのだろう。
「大した怪我は、なさそうだな」
「あ、の、ごめん、なさい」
「ん?」
「そ、その、ぶつかりそうに、なっちゃって」
「ああ、そのことか。たまげはしたよ。それより、見たところ、まだ十一、二ぐらいかい?」
「十四、です」
「中二か。その歳で、裸馬をあそこまで乗りこなせるなんて、すごいな、お嬢ちゃん」
「は、はぁ」
少女は、天道を警戒しつつも、まんざらではなさそうに身をくねらせる。
「で、なんで山を馬と下って来たんだ? その馬、馬郷のだろう。まさか、馬泥棒か」
「ち、違いますっ」
少女が慌てて否定する。天道は笑いそうになった。
「冗談だ。しかし、山南はこのことを知っているのか? その前に、山南のことは?」
少女はおどおどしながらも頷いた。前髪が目にかかり気味なせいで、言動に輪をかけて内気な印象を受ける。髪型はこけしのようでもある。
少女の事情聴取は、要領を得なかったが、概ねところは理解できた。
山南は、この少女の馬の扱いに相当な信頼を置き、ある程度の自由を許しているようだった。乗馬技術の高さは、先刻天道自身も目撃している。
「山中で馬郷への道を探していたら、誤って反対側に降りてきてしまったのか。道というのは、それのことか?」
天道が引き返そうとしていた、山へ分け入る道を指すと、少女は頷いた。
「道がわかっていれば、馬郷まで案内できるか?」
「は、はい」
「なら、先導を頼もうかな」
「え?」
戸惑う少女を待たせ、天道は一旦車に戻ると、道端に寄せて停車し直した。車は、明日、陽が昇ってから取りに戻ればいい。元々、馬郷に一泊する予定ではあった。




