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ミスジョッキー   作者: 井ノ上
第一話
3/21

裸馬と少女 ②

 右折する場所を間違えたようだった。

 

 舗装道路が途切れていた。車の轍は伸びているが、その先がどこかへ通じているのかは怪しい。


「馬郷までの看板は見かけたし、もう近くまで来ているはずなんだけどなぁ」

 天道てんどうは、運転席で溜息をついた。


 右手の斜面の下には、家が数軒建っている。猫の額ほどの田畠や、うずたかく積まれていた薪の山などが見えた。


「長閑な場所だ。あいつには、競馬場より性に合っていそうだ」


 競馬学校で同期だった山南が、現役引退後に遠縁から牧場を譲り受けたことは、聞き知っていたが、これまで足を運ぶの機会はなかった。


 携帯端末で地図を確認すると、この未舗装の道を進めば、馬郷の放牧地に出そうではある。


「車で通り抜けられるか、確認するか」

 車を降り、携帯端末の明かりで薄闇を照らし、轍を辿った。


 陽が沈みかかっている。天道は急いだ。この季節、あっという間に暗くなる。こんな場所で夜になれば、簡単に方角を見失いかねない。


「この先は、山か」

 丘とさほど変わらない、低山だった。おそらく、ここを越えた先が馬郷なのは間違いない。

 見たところ手入れはされているが、車で通り抜けるのは厳しそうだった。とくに、暗くなっからは危険だ。


 天道が、安全をとって引き返そうとした時だった。

 山の奥から、なにかが近づいてくる気配がした。


「おいおい、まさか熊じゃないだろうな」

 茂みが騒ぎ、梢が折れる音に混じって、馬蹄の響きを聞きとった。


「違うな。馬?」


 直後、木立の間から、馬が飛び出して来た。淡雪のような毛色をした、轡も鞍もつけていない裸馬である。


 天道は、目を疑った。


 裸馬の背に、まだ小学生くらいに見える、少女が跨っている。


「いけないっ、綾っ、跳んでっ」


 天道に突っこんで来そうになった馬が、跳んだ。馬体が頭上を越えていく。なにか、幻にでも遭ったような気分に、天道は包まれた。


「でかい蹄だ。蹄鉄はしていないのか」

 呟いていた。それから、思考が追いついてきた。


「いや、それよりお嬢ちゃん、大丈夫か。鞍も手綱もなしに、あんな跳躍して」

 馬の背から降りてきた少女に近づいた。

 少女がおっかなびっくり、頷き返した。頬に、擦り傷が一つある。山で、梢にでもひっかけたのだろう。


「大した怪我は、なさそうだな」

「あ、の、ごめん、なさい」

「ん?」

「そ、その、ぶつかりそうに、なっちゃって」

「ああ、そのことか。たまげはしたよ。それより、見たところ、まだ十一、二ぐらいかい?」

「十四、です」

「中二か。その歳で、裸馬をあそこまで乗りこなせるなんて、すごいな、お嬢ちゃん」

「は、はぁ」


 少女は、天道を警戒しつつも、まんざらではなさそうに身をくねらせる。


「で、なんで山を馬と下って来たんだ? その馬、馬郷のだろう。まさか、馬泥棒か」

「ち、違いますっ」

 少女が慌てて否定する。天道は笑いそうになった。


「冗談だ。しかし、山南はこのことを知っているのか? その前に、山南のことは?」

 少女はおどおどしながらも頷いた。前髪が目にかかり気味なせいで、言動に輪をかけて内気な印象を受ける。髪型はこけしのようでもある。


 少女の事情聴取は、要領を得なかったが、概ねところは理解できた。


 山南は、この少女の馬の扱いに相当な信頼を置き、ある程度の自由を許しているようだった。乗馬技術の高さは、先刻天道自身も目撃している。


「山中で馬郷への道を探していたら、誤って反対側に降りてきてしまったのか。道というのは、それのことか?」


 天道が引き返そうとしていた、山へ分け入る道を指すと、少女は頷いた。


「道がわかっていれば、馬郷まで案内できるか?」

「は、はい」

「なら、先導を頼もうかな」

「え?」


 戸惑う少女を待たせ、天道は一旦車に戻ると、道端に寄せて停車し直した。車は、明日、陽が昇ってから取りに戻ればいい。元々、馬郷に一泊する予定ではあった。

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