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ミスジョッキー   作者: 井ノ上
第四話
20/21

同期とサファイア

 新しい制服に袖を通すと、身も心も引き締まる気がした。


「よし、これからがんばるぞ」

 トイレの姿見に映った、装い新たな自分に向かって、あいはガッツポーズをとった。


 身の回りの物をまとめたリュックサックは、寮で割り当てられた部屋に置いてきた。


 寮の下駄箱で外履きに履き替え、体育館へ向かった。


 CRA競馬学校の敷地に植えられた桜が、そこかしこで咲き誇っている。


 体育館の入口には、入学式典会場と大書された張り出しがされていた。


 体育館の前の通りでたむろしていた取材記者たちが、新入生のあいに気づき、わっと詰めかけてくる。


「ひ、ひぃぃ」

 記者に限らず、人に詰め寄られることに慣れていない。すっかり先ほどの意気を失い、尻込みしてしまった。


「すみません、取材はのちほどいいですか」

 あいが矢継ぎ早な質問攻めに目を回していると、同じく真新しい制服を着た男子学生が、脇からさりげなく記者の囲いを割って入ってきた。


「おっと、失礼。君は、」


「諏訪正士郎です。本日は僕らの入学式のためにお集まりいただいてありがとうございます」


 あいと記者の間に入った、正士郎は、大人びた口調で挨拶し、ごく自然な所作で一礼した。丸刈りの後頭部は、きれいな曲線を描いている。


「あぁ、諏訪騎手の息子さんの。十年前とはいえ、お父さんのことは、気の毒だった」


「おい」


 正士郎の父のことを口にした記者を、別の記者が咎めるように止めた。


「気にしないでください。父の名に恥じない騎手になれるよう、精進するつもりです。今後ともよろしくお願いします」


 正士郎の隙のない応対に、記者たちは感心よりも気後れを覚えたようで、曖昧な笑みを浮かべ、顔を見合わせた。


「さ、行こうか」

「あ、うん」

 正士郎に促され、あいは体育館に進んだ。


「あ、ありがとう、諏訪、くん」


「構わないよ。僕らは学校での三年間だけでなく、騎手になってからも、苦楽を共にしていく同期だ。助け合っていこう」


「う、うん」


「ただ、あまり情けない姿は晒さない方がいい、とは思うかな」


「え、」


「僕たちは、選ばれてここにいる。選ばれず、悔しい思いをした人たちのためにも、襟を正していなければ。常に、人の期待を背負っている、と考えてね」


「そ、そっか。そう、だね」


「ごめん、説教くさかった」


「ううん、諏訪くんの言う通りだと思う」


「僕のことは、正士郎でいいよ。父が、元騎手なんだ。苗字呼びだと、紛らわしいこともあるかもしれないから」


「じゃ、じゃあ、私のことも、名前で。あ、私、藤刀ふじわきあい、です。よろしくね、正士郎、くん」


 正士郎は、にこりと笑った。


「こちらこそ、よろしく、藤刀さん(、、、、)

 正士郎の呼び方に、あいは小首を傾げたが、多分自分がうまく伝えられなかっただけだろうと、深くは考えなかった。


 同期に親切で優しい人がいてよかった。あいは、のほほんと、正士郎についていった。


 体育館内は、四面の壁に紅白幕が垂らされていた。緑色のフロアマットが敷かれ、そこに新入生と来賓のためのパイプ椅子が並べられている。


 一般の高校の体育館とは違い、ステージがないので、壇が造られ、左右それぞれに国旗と校旗が立てかけられている。


 他の同期は先に来ていて、あいと正士郎が到着し、今期入学の七名が揃った。



 式は、つつがなく進行した。


 学校長から祝辞が贈られ、入学生代表として正士郎が壇上に立ち、意気込みを話した。


 それから壇上に建てられた金屏風の前に入学生一同で横並びとなり、写真撮影が行われた。今期の七名の中で、女子はあいひとりだった。


 六名の男子は、坊主頭である。

 零から、前髪を上げて額を出した方が似合う、と言ってもらったが、その勇気は出ず、分け目をつくるだけで精一杯だった。


 式の後、個別の撮影やインタビューを受け、本館へ移動との指示を受けた。


 明日以降のカリキュラムや、授業で用いる教本や備品の配布があるらしかった。


 あいは、なんとか人垣から逃れ、ふうと息をついた。


 視線を感じたい。人ではない。


 体育館の裏にある厩舎の窓から顔を覗かせ、こちらを窺っている馬がいた。


 遠目だが、まだ若そうな、青毛の馬だった。あいが気付くと、青毛の馬は、すっと首を引っ込めてしまった。


 騎手課程の学生は、三年間を通して二頭の馬をあてがわれ、騎乗訓練や世話をするのだと、天道からは聞いていた。


 同年代との共同生活はうまくやっていけるか不安が大きいが、新しい馬との出会いには、素直に心が弾む。


「私、頑張るからね、綾」

 遠く離れた綾を想うと、胸がじくりと痛んだ。


 その痛みは、心の奥底に押し込め、いつか綾が傍にいないことに馴れる日がくる、と思うしかなかった。


 本館までの道にも、桜の花弁がひらひらと舞い散っていた。


 あいの少し前を、正士郎が歩いている。

 背中からすら才気が溢れているようで、なんとなく声のかけづらいものを感じ、あいは距離を保ったまま後ろをついて行った。


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