EP 10
公爵様は働かない。最強の村で最高の料理を
死蟲王の尖兵による襲撃から数日後。
三大国の緩衝地帯であるポポロ村は、かつてないほどの活気と平和に包まれていた。
「へいらっしゃい! 空いてる席に座ってくれ!」
『ポポロ亭』の厨房で、リアンはフライパンを軽快に振りながら客席に声をかけた。
店内は、村人たちや行商人たちで満員御礼。外には順番待ちの行列すらできている。
「キャルルちゃん! あそこのテーブルに『太陽芋のホクホクコロッケ定食』を三つお願い!」
「はいはーい! ただいまお持ちしまーす!」
ウサギ耳を揺らしながら、エプロン姿のキャルルが料理を運んでいく。
近衛騎士隊長候補にして最強の武闘派である彼女だが、今ではすっかりポポロ亭の看板娘として馴染んでいた。
お客たちも「村長さんが運んでくれるご飯、最高だぜ!」と鼻の下を伸ばしている。
「リーザちゃん、こっちの皿洗い頼めるか?」
「お任せくださいリアンさぁぁんっ! 私の華麗なスポンジ捌き、特とご覧あれ! ハイ! キュッキュッ! 御縁! 御縁! ハイ!」
厨房の奥では、人魚姫のリーザが自作のスパチャソングを歌いながら、猛烈な勢いで皿を洗っていた。
『アイドルたるもの、タダ飯は食わない!』という彼女なりの謎のプライドにより、ポポロ亭でのアルバイト(まかない付き)が正式に決定したのだ。
「あ、私もお手伝いするー! お水、魔法で出そうか?」
「ルナは座っててくれ! 店が水没するから!」
純金100kgの仕送りをもらう天災エルフのルナは、カウンターの隅で大人しく特製フルーツジュースを飲ませておいた。
「いやぁ、ええ店になりはりましたなぁ」
「ええ。ポポロ村の防衛力も、経済力も、そして食文化も……彼が来てから全てが底上げされました」
カウンターの端では、ゴルド商会のニャングルと、執事のリバロンが、昼間から旨そうなツマミを肴に芋酒を酌み交わしていた。
死蟲機の一件以来、この二人もすっかりポポロ亭の常連(そしてリアンの信者)である。
「お待たせ、二人の頼んでた『肉椎茸とワサビの刻み海苔丼』だ。醤油を少し垂らして食べてくれ」
リアンが丼を出すと、百戦錬磨の裏社会の住人二人が、子供のように目を輝かせて丼に食らいついた。
その平和な光景を見渡し、リアンは満足げに息を吐く。
(ああ……最高だ)
書類の山に追われることもない。
腹黒い貴族たちの建前だけの会話に付き合うこともない。
ただ好きな料理を作り、美味そうに食べてくれる仲間たちがいる。
たまに襲ってくる害虫どもは、愛用の空母と現代兵器でチリに変えてやればいい。
(やっぱり、スローライフは最高だな。公爵家の仕事なんて、真面目な奴がやればいいんだよ)
リアンは青空を見上げながら、心地よい疲労感とともに笑った。
* * *
「う、あああ……。あ、兄上えええええええええっ……!!」
同じ頃。
ルナミス帝国、クライン公爵城。
若き当主クラウス・クラインは、完全に死んだ魚の目をしながら、執務室の机に突っ伏していた。
「終わらない……。どれだけやっても、ハンコを押す作業が終わらない……ッ! 兄上がサボっていた半年分のツケが、全て私に……っ!」
ノブリス・オブリージュの精神でどうにか耐えてきたが、もはや限界だった。
目の下のクマは真っ黒になり、自慢の銀髪はボサボサ。
『ライトニングブレイク』を放つ闘気は、徹夜の連続ですっかり枯渇している。
そこへ、冷徹な内務卿オルウェルから、無慈悲な魔導通信石の着信が入った。
『クラウス公爵。先日の領地内インフラ整備の予算案ですが、再提出をお願いします。それと、今夜の貴族令嬢たちとの晩餐会、遅れぬように』
「もう嫌だぁぁぁぁぁぁぁっ!! 私も、私もスローライフがしたいですぅぅぅぅぅっ!!」
クラウスの血を吐くような絶叫が、ルナミス帝国の空に虚しく響き渡った。
最強の料理人となった兄と、地獄の社畜となった弟。
二人の運命が再び交差するのは、もう少し先の話である――。
【第一章・完】




