188 防波堤
独角兕の振るう神具、金剛琢は白い輪の形状をしている。
それは独角兕の正体である天界の牛がつける鼻輪だ。
とはいえ、西遊記において妖怪の正体や、神具の正体が何かについては、あんまり意味がない。
脅威となっている時は、その正体がなんであれ、脅威には違いないからよ。
金剛琢は、どんな敵の武器をも奪う。
軍勢で襲いかかっても同様で、それを操る独角兕は相当に厄介な敵キャラクターよ。
そういった武器特性であるため、原典・西遊記でも独角兕と戦闘していた孫悟空が如意棒を奪われるエピソードがある。
如意棒だけではなく、身外身法の分身もだ。
そして当然、それを『奪い返す』エピソードもある。
金剛琢に吸い込まれた武器は、独角兕の拠点の奥深くへ納められる。
整然と並べられていた様子から手下が整えたのか、それとも金剛琢の仕様がそうなのかは不明。
とにかく金剛琢が吸い込んだ先は異次元空間じゃないってこと。
その先にあるのは地続きの世界……のはず! 原典準拠なら!
「「「「「ウキッ!」」」」」
ミニ・マインたち全員で金剛琢の輪に飛び込んだものだから、八戒や四健将たちも一緒に来たみたいね。
ただ、姿を保っていたのはその五人と私だけ。
身外身法で出たミニ・マインたちは、うなじの毛に戻り、その空間に整えられていく。
やっぱりギフトを奪って独立化した八戒と四健将は別なのね。
「ここは……」
ミニ・マイン変化を解き、元のサイズに戻る。
輪を越えた先に出たのは、先ほどまでの海上の空じゃなかった。
そこは何やら祭壇じみた空間。そこそこの広さがあるものの、限られた空間に見える。
「……もし、異次元空間なら外につながらないけど、その前に」
私は〝毛〟に戻されてしまったミニ・マインたちの束を見つける。
それから如意棒も近くにあったわ。
「身外身法」
息を吹きかけ、術を行使する。
「「「「ウキーッ!」」」」
無事に私のコントロール下に戻ってくれたみたい。
如意棒にも触れて、一旦、消す。そして再び。
「如意棒!」
手元に再生成。どうやらこっちも無事に取り戻せたみたい。
戦闘時に出しさえしなければ金剛琢に奪われることもないはずね。
それはそれでこっちの戦力がダウンするのだけど。
「時間がないわ。まずここを出るわよ、皆!」
「「「「「ウキーッ!」」」」」
「あと、ここに並んである品は盗品かもしれないので回収!」
「「「「「ウキッ!」」」」」
ミニ・マインたちがジレインのアジトにあった武器類を運び出す。
ついでに外に出ようとすると、あっさりと出られた。
「あらま」
空を見上げる。夜にはなっていない程度の時間だ。
日の入り時間が変わるほどの距離は離れていないみたい。
縮地と筋斗雲を駆使して、とっとと戻らないと。
私は筋斗雲で真上に上昇する。海が見えたけど遠い。
それなりの距離があるわね。
空に上がってから先ほどいた建物を見下ろす。
建築様式が明らかに中華風というか、東洋テイストの建物。この国の物じゃない。
それが山中に建てられている? いえ、これはもしかしてだけど。
「あのアジト、壊すわよ! みんな、手を貸して! 人がいたらダメだから中を探ってね!」
「「「「「ウキィ!」」」」」
子母河と落胎泉のように〝場所〟がギフトで生成されたものかもしれない。
つまり、ギフトとしての金剛琢は吸い込んだ武器の〝保管庫〟もセットの代物。
または特別な領域をどこかに指定してからでないと使用できない可能性!
人がいないことを確認してからミニ・マインたちとともにジレインのアジトを破壊していく!
このアジトを更地にしておけば、もう武器が吸い込まれない可能性があるならやっておくしかない!
でも、急がないといけないから派手に!
「如意棒! 伸びて、大きくなれ!」
海を支える柱ほどの大きさになった如意棒を、ミニ・マインたちと一緒になって振り下ろす!
ドガァアッ!
重機破壊もかくやという破壊でアジト粉砕!
効果があればいいけれど、検証の時間はなし!
「七十二変化、変われ! 現在地を示して、沙悟浄がいた海も示す、大雑把な地図!」
瓦礫の一つを無茶振り変化させる。
かなりサイズ大きめの一枚の紙へと変わり、その上には赤い点が二つと、なぜか墨でこの地を描かれた地図ができあがる。
「これ、いけるんだ……」
GPS要らず!
地図には、今いる場所と思わしき山中の赤い点と、少し離れた場所の海上にある赤い点。
二つの地点は、一つの地図に収まる程度の距離しか離れていない。
十分に戦線復帰可能な距離だわ。
「この場所はヴァレンシュタイン領の西部ね」
つまり、懸念していたジュリアンルートに発生しそうな難の、最後の一つが独角兕だったというわけよ。まぁ、今それはいい。
「貴方たち、この地の地脈を探って! できるだけ海に近い場所へ!」
「「「「ウキィ!」」」」
「八戒! 四健将! 協力して!」
「「「「「ウキ?」」」」」
「今から地脈の力を引っ張り出して法天象地を使う……けど、巨大石猿になった状態で觔斗雲に乗れるかわからない。地上を走っていくとしたら私が大災害になっちゃうわ」
爽快かもしれないけど、被害規模が甚大じゃない。大猿大暴れ!
「だから法天象地でできる石の体を、中途半端な状態にして海まで運んで! 地脈から引っ張ってきたエネルギーを制御して保つのを手伝ってほしい。できるかはわからないけど!」
「「「「「ウキィ!」」」」」
地図を見ながら私は足りない知識を総動員する。
この領地は元から海に面した領地よ。
だから津波系についてのノウハウは、それなりにあると思う。
でも発生源があまりに特殊なのが今回の災厄だ。
災害に上限なし、というのは現代の考え。
この地域がどこまでを想定しているのか不明だし、そもそも技術的に対策が取れているのかも私にはわからない。
……敵を倒すだけなら。
フィナさんとG4、ラグナ卿がいるかぎり、常に勝ち筋はあると思っている。
この世界のヒロインがフィナさんであるというのが私の乙女ゲー推論。
私こそがイレギュラーな存在なのよ。
正規ルートで彼らが敵に勝つ可能性はある。
でも、それは必ずしも『犠牲者が出ない』ことを意味しない。
『多くの犠牲の上にヒロインたちはこれからも生きていく』エンドかもしれない。
イレギュラーな私がすべきことは『被害を減らすこと』に他ならない。
勝利するのが私である必要はない。
「でも、どこまでできるかしら……」
津波を完全に防ぐことは現代の科学でも難しい。
災害に上限がないからだ。
どんなに高い堤防でもその上を越える波がくればおしまいとなる。
被害を減らすには高台へ逃げてもらうなどしかない。
避難は、もうこの地の人々がしているものと思う。
流石に海の異変は誰もが認知しているはずよ。
そのうえで私が目指すのは防災ではなく、減災。
「ウキィ!」
「今行くわ!」
ミニ・マインの誘導に従って、私は可能な限り、海の近くへ伸びる地脈へ。
海底にも地脈は伸びているでしょうけれど、孫悟空の特性上、避水訣と同時併用は困難。
海岸近くへ移動したあと、海が見える位置で私は地上に降り立つ。
そこは残念ながら人目のない場所ではなく、そこそこに人がいる場所だった。
背に腹は代えられないわ。
「わっ! 空から人が!?」
小規模の街並、せめて広場。少し高台? 避難に動く人は空から見えたけれど、動きは緩慢。
離れた場所に見える街はすでに津波の第一波が来たあと。
被害はすでに出ている。ますます海は荒れるばかり。
ブラック沙悟浄を止めない限り、この地が滅びるまで津波を起こし続けるかもしれない。
まさに災厄の化身。こんなことをするために旅をしてきたのではないでしょうに。
孫悟空を宿す者として、その憤りが内側から苦しいほど伝わってくる。
「人を近づけないで! 八戒たち! 協力、頼むわよ!」
「「「「「ウキィ!」」」」」
私は如意棒を大地に突き立て、地脈を探る。
「法天象地!……の……〝兆し〟!」
地脈からエネルギーを引っ張り上げる。
その体は私を通り、雲になって、爆発的な膨張を伴う。
「ぐっ……!」
ただし、こんな街中で巨大石猿になるわけにはいかない。
エネルギーを引っ張るだけ引っ張っておいて形を定めず、雲と岩の中間のような状態で留める。
ビキビキビキ。
ミシミシミシ。
「ああ……、ぁああああああッ!」
ただ体を通して石猿化するんじゃなく、無理に留めようとしていることで、かなり負担がある。
体の内側が燃えるように熱くなり、血管が体の表面に浮き出る感覚。
「ああああああああああああッ!」
鼻血がこぼれる。涙が血に染まる。
ありがちな暴走状態のキャラクターのように口内に血の味が満ちる。
ドクドクと心臓が脈打ち、明らかに尋常ではない状態へ移行。
「「「「「ウキィイイイ!」」」」」
八戒たちにもこの負担をさせている。
可能な限り地脈からエネルギーを引っ張り終えたところで、私の頭上には巨大な雲と、その中にチラホラと見える石猿の体。ただしバラバラの状態よ。
空に浮かぶ瓦礫の塊に等しい。
「……海へ、飛ぶわよ!」
「「「「「ウキィ!」」」」」
巨大な雲と岩石の塊を引き連れて、海へ。
沙悟浄がいる地点へ向け、海岸線から少し沖に。
「石の体をいくつか海へ落として! 横に広がるように!」
「「「「「ウキィ!!」」」」」
巨大石猿として形が整う前のパーツを海へ落としていく。
「ここに誓願を立てる! 私、カーマイン・マロットはこれからもギフトに頼らず、海に生きる多くの生命を殺す! それは食するため、人々に幸福をもたらすために為すこと! ゆえに! この〝殺生〟はカーマイン・マロットの罪であり、孫悟空の罪に非ず!」
ごめんなさい、たぶん、海に棲む多くの生物を殺してしまう。
だから、その〝殺生〟が緊箍児の発動につながらないための誓願。
これがどこまで意味を持つのかわからないけれど。
せめて、この戦闘が終わるまで、その発動を待ってちょうだい、お師匠様!
「巨大石猿の腕よ!」
巨大雲から右腕パーツだけを完成させる。
「天河定底神珍鉄・如意金箍棒ッ!」
巨大な如意金箍棒を先に出す。それを海岸線に対して横に向ける。
「伸びろ、如意金箍棒!」
ただでさえ巨大な如意金箍棒をさらに伸ばした。
ここからはできるかどうか不明の賭けよ!
「災害大国、島国日本の魂を受け継ぐ者として! 覚えのない知恵を! どこかで聞いたかもしれない知識を! この魂から引きずり出し、総動員せよ!」
本当に! どうなるかわからない! ギフトに丸投げ!
専門知識なんてまるでない私が、この地に生まれた意味があるのなら!
「七十二変化、変われ! ──日本・津波対策、防波堤!」
如意金箍棒が変化する。
巨大な鉄棒が魚の鱗のようにボロボロと海へ零れ落ちていく。
その形状は消波ブロック。四つの脚がある特徴的な岩の塊へと変じる。
私が知っている名称だとテトラポッドっていう、海岸でよく見るアレよ。
無数の消波ブロックが積み上げられ、津波の勢いを殺すための防波堤ができあがる。
法天象地によってできた巨大石猿の体と、真価を発揮した如意金箍棒の防波堤!
無理矢理に体に留めていたエネルギーが解放されたことで少しだけ楽になる。
八戒たちにも無理をさせたわ。でも、ごめん、まだ無茶をさせる!
「このまま沙悟浄のところへ行くわよ!」
「ウキィィ?」
「「「「ウキ!」」」」
今、八戒だけ『ぇええ?』みたいなリアクションしたわね!
ミニ・マインがベースなのに怠け者な八戒に寄るわね、この子も!
巨大石猿のなりかけパーツを引き連れて、再び戦場へ!
遠くからでも見えるわ、ブラック沙悟浄が!
フィナさんたちのいる海岸へ向かうかと思ったけど、海のド真ん中待機で波を起こしている。
ラグナ卿を警戒している? またはフィナさんを警戒している?
沙悟浄に放たれた三昧真火も消えていない。
敵からすれば海中に引きずり込むのが一番の勝ち筋だ。
そうでなくても力尽きるまで津波を起こし続ければ、少なくともこの地は滅ぶ。
そうなる前にラグナ卿しかり、こちらの陣営が打って出なくてはならなくすればいい。
ブラック沙悟浄自体にそこまで戦闘に回す知恵が残っているとは思わない。
その行動を操っているのは間違いなくジレインでしょう。
高速で飛来し、ブラック沙悟浄の上空を陣取る。
ジレインの姿がない? 単独でフィナさんたち側へ向かったのかも。
なら、今のうちに沙悟浄だけでも終わらせる!
「今度こそ本当に……法天象地ッ!!」
空中でなりかけパーツをドッキング!
地脈エネルギーのざっくり半分くらいを防波堤作りに費やした。
如意金箍棒もないまま。
そんな状態で雲は巨大石猿へと姿を変える!
「火眼金睛!」
私の視界が飛び、巨大石猿の視界へ!
「沙悟浄ぉおおおおおおおッ!」
空から! 巨大石猿の姿で! フライング・ボディアタックよ!!
『ォオオオオオオオオオオッ!!!』
ドゴォオオオオオオオッ!!
ドシャアアアアアアアッ!!!
巨大なブラック沙悟浄を九つのしゃれこうべと赤い船から突き落とし、諸共に海へダイブ!
何よ、船の上に立っていたから水深があるのかと思ったらそうでもないじゃない!
……いえ、この体が大きすぎるだけね!




