187 捲簾大将
海の底から巨影が浮かび上がってくる。
その体は黒く、墨で塗られたような姿をしている。
人型で巨大。禿頭で濃い顎髭、大きさがバグっているけれど筋肉質な体。
服装は法衣を着ていて、僧という雰囲気。やはり河童ではない。
手には巨大な鉄棒を持っているけれど月牙鏟には見えない。
最も特徴的なはずの九つのしゃれこうべを首につけていない。
そのことに疑問が浮かぶもすぐに意味がわかる。
巨躯を浮かび上がらせたのは他でもない、巨大な九つのしゃれこうべと赤い船。
原典にて三蔵一行を乗せて流沙河を渡した魔法の船だ。
ギフトの再現によって、それらが昇華されたもの。
ブラック沙悟浄はその巨大船に乗って海上に浮かび上がってきた。
大問題はアレが巨体で、この場所が海だということ。
こんなものが浮き上がってきただけで災害規模の波が起こる。
暴れようものなら、もはや被害は甚大。
現に大波が生じ、陸地を襲わんとする津波が発生中。陸地への被害など考えたくもない……。
「異界神、捲簾大将沙悟浄。ご存知ですよね、孫悟空さん?」
雲に乗って荒ぶる海から上昇してきた『独角兕大王』ジレインが笑う。
独角兕大王。何者かなど今はどうでもいい。
重要なことはその神具。
金剛琢。如意棒だけでなく、身外身法の分身も武器とみなし、吸い込むもの。
吸い込まれた分身は毛に戻り、どこかへ納められる。
ミニ・マインの天敵。今世の場合、八戒と四健将がどう判定されるかは不明。
助力を求め、連れてきた哪吒太子を始め、天軍を相手にしてもなお打ち取れなかった敵。
火炎を放つ火器のことごとくを怖れず、吸い取り、奪う。
北部で会った時に海の水を放出したのは、原典の独角兕がそうしてみせるからだとわかる。
海の水によって水攻めをしようとしたところ、金剛琢によって返されてしまったエピソードがある。
火攻めも水攻めも効かない独角兕を対処したのは、孫悟空が呼んできた太上老君。
独角兕大王の正体である天界の牛の主人だった。
つまり、原典では孫悟空の力では倒し切れなかった敵となる。
唯一、芭蕉扇が弱点の可能性はあるけれど、幌金縄と同じく、私では真価を発揮できない可能性が高い。
「ラグナ卿! こいつは敵の武器を奪うわ! 気をつけて!」
まだ首元に拡声機をつけたままの私は独角兕の脅威をラグナ卿に伝える。
「ふふ、よく知っていますね、サルくん」
誰がサルくんか!
「紫金紅葫蘆」
如意棒を奪われ、空いた手を背後に回しながら、ひょうたんを出しておく。
けど、すぐには使用せず、腰に結んでおく。
「如意棒!」
本家・孫悟空と私が違うのは、あくまでこの力はギフトであるということ。
奪われた武器は持ち物ではなく、ギフトによる生成物よ。
なら、奪われたところで再生成してしまえば手元に戻る……。
そう思ったけれど如意棒は私の手に現れない。
「無駄ですよ。たとえギフトから生まれた物であろうと、僕が奪った物はそれまで」
チートアイテムすぎる!
『……ォォォ……』
巨躯のブラック沙悟浄が息を吸い込んだ。……来る!
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!』
「……ッ!」
大気を震わせる沙悟浄の咆哮。
海のド真ん中で巨躯から発された大音量が与える影響は空気に留まらない。
海を荒らし、荒波は四方八方へ広がっていく。
「災厄……!」
何度でも津波を発生させられる巨大な災厄!
人が抗いようのない脅威、畏怖すら覚える神の御業。
法天象地を使うには地脈を借りる必要がある。
海の上からではパッと使えない。如意棒は奪われた。
新たな武器を出しても『独角兕大王』ジレインに奪われる。
「──三昧真火ッ!」
水面を走ってきた火柱、ラグナ卿がブラック沙悟浄に肉薄したかと思うと、その口から吐き出した火炎!
ドォオオオオッ!!
『ォオオオオオオオオオオオッ!!!』
当たった! それに効いてそう!
「おやおや、あれは困りましたね」
「……!」
金剛琢では口から吐き出す三昧真火を奪えない。
奪うのはあくまで〝武器〟なんだわ!
原典でも独角兕の火攻めに用いられるのは火器! 火炎を司る武具たちだ。
「あれなら」
「ですが、残念」
ジレインがラグナ卿へ向かって飛んでいく!
「ラグナ卿!」
まずいわ! どこまで奪えるの!?
「──着け」
ジレインが平然と白い輪、金剛琢を放つ。
光の輪となったそれに吸い込まれるのは。
「ぐっ……!」
ラグナ卿の足元、空を駆けていた五行車ごと引き寄せられている!?
そっちも〝武器〟判定なの!? 足が奪われたらラグナ卿は海に放り出される!
「ラグナ卿! 火尖槍を空に投げてッ!!」
「! おうッ!」
吸い込まれる動きの中、ラグナ卿の剛力によって上空へ投擲される火尖槍。
「無駄です!」
攻撃と思ったか、ジレインは先に火尖槍に狙いを定め、金剛琢をそちらへ向かわせた。
あの白い輪、ドローンみたいに遠隔操作までできるのね!
「ラグナ卿、陸に戻って! こっちを振り向くな!」
「ッ!」
ラグナ卿が私の声を聞き、転身する。私は火尖槍に向けて剣指を差し向ける。
「七十二変化、変われ! 閃光手榴弾! 動作済み!」
原理も知らない近代兵器!
火尖槍を閃光手榴弾へと変じさせてから、私も転身し、目を閉じ、両手で耳を塞ぐ。
急スピードで離脱、背後からドカンッ! という鋭い音と強烈な光。
「なっ……!?」
背後に爆風を感じるものの、金剛不壊の体で身を護り、觔斗雲の速度で離脱中。
光が収まったところで転身し、状況を見る。
「くっ……!」
流石に手榴弾を喰らうことは想定外だったんだろう。
金剛琢を投げつけていたからジレインも距離はあった。
そのため、致命傷ではないものの、ジレインの余裕は崩せたみたい。
逃げた私たちよりダメージは大きいでしょう。たとえギフトで頑丈だったとしてもよ。
それに火尖槍は奪えなかったはず。奪う前に爆発四散! したんだものね!
「独角兕だからって無敵だと思っているんじゃないわよ! ばーかばーか!」
西遊記で手榴弾なんか出てきたら世界観ぶち壊しだけど、ここはただの異世界!
現代知識もある転生者の私が孫悟空ポジションなんだから、原典ではなかった戦法もあるわ!
加えて! ここでの私はあくまでイレギュラー!
この世界のヒロインがフィナさんだとするなら、フィナさんとG4がいる限り、常に勝ち筋はある!
如意棒を奪えても、本家・聖女の力は奪えないでしょう?
観察をしつつも、とにかく陸地側へ戻る。
ラグナ卿はジレインをどうにかしない限り、五行車を駆っての海上戦闘が困難。
でも陸地からの砲台作戦ならブラック沙悟浄にだって有効打がある!
陸側を見るとフィナさんを中心とした光の結界が球体ではなく、壁のように横に広がっている。
あれは……津波から人々を守ろうとした形状? 流石、ヒロイン!
でも流石に守れているのはフィナさんがいる地域だけ。
こんなことになるなら避難を優先させるべきだった……。予想できていたはずなのに。
「……あとね!」
反省している場合でもない。
ブラック沙悟浄は目覚めてしまった。あれは私がなんとかしなければ。
兄貴分としての矜持が、仲間としての感情が、私の内側から訴えてくる。
陸地に戻って地脈を辿り、法天象地を使うか。
最終的にはその必要はあるでしょう。でも、そうする間にジレインをどうにかしなくては。
如意棒なしにブラック沙悟浄と戦えるとは思えない。
全力を尽くして倒したとしても、まだジレインが残っているなら負け戦を強いられる。
「ミニ・マインたち! 全員集合!」
「「「「「ウキーーーッ!!」」」」」
陸の近くまで来たところで、フィナさんやラグナ卿と合流するより先にミニ・マインを呼び寄せる。
身外身法のミニ・マインだけではなく、ミニ猪八戒とミニ四健将たちも一緒よ。
「八戒、独角兕大王が相手よ。武器は奪われるわ」
「ウキッ!」
「そして如意棒は取り戻す必要がある」
「ウキ!」
ここでジレインを引かせてしまったら武器は奪われたままとなる。
倒せなくても、最低限そこまではこなさなくては。
武器を奪い返してから、どうにか打倒。やれるだけやるしかない。
「いくわよ、ミニ・マインたち! 全員で『独角兕大王』ジレインへ突撃するわ!」
「「「「「ウキィッ!」」」」」
視界の端でラグナ卿とフィナさんの合流を確認。
人々は避難し、ジュリアンさんだけは戻ってきているのが見えた。
あっちはあっちで作戦を立ててもらいましょう。
それが正規ルートの展開で、私が想定しない正解を引いてくれるかもしれない。
引き返し、海に向かってミニ・マインたちと突撃飛行。
ジレインに肉薄したところで、余裕を崩した相手に。
「『独角兕大王』! ジレインッ!!」
腰につけていたひょうたんの蓋を開く。
そうして呼びかけた。
名前が判明している敵なら一度は試す価値ありでしょう?
「……ッ! ……着け!」
でも、手榴弾を警戒したのか、はたまたこちらの狙いに気づいたのか。
ジレインは返答せずに突撃してくる私たちに向かって白い輪を投げた。
私たちが向かう先で光の輪となり、広がる金剛琢。
「「「「ウキィイイイッ!?」」」」
吸い込まれるように進行方向を一点に集められてしまうミニ・マインたち。
「七十二変化、変われ! ミニ・マイン!」
ボフン! と私は、私の姿をミニ・マインへと変化させる。
小型の私となり、周囲のミニ・マインの群れと同化!
「「「「「「ウキィイイイイイイッ!!」」」」」」
金剛琢の輪の中へ、私はミニ・マインたちと一緒に飛び込んだ!




