185 蛇の雨
「私がその子の代わりに人質になります!」
フィナさんが堂々、そう宣言する。
状況はこうよ。
まず灯台のほど近くに多くの民が集まっている。
その中にフィナさんとジュリアンさん、エミリアがいる。
賊は陸地側に数を揃えていて、その内の一人が小さな女の子に刃物を突きつけている。
他にも武器を向けられていて、無手の民が窮地の状況。
さらに海側には魔獣の影が現れ始めたところ、ラグナ卿が飛来して暴れ回っている。
とはいえ、人質方面のことにラグナ卿が目を向ける様子がなく、ジュリアンさんやエミリアは苦い表情を浮かべている。
フィナさん側につけておいたミニ四健将の二人は大人しくエミリアの両肩に掴まっているみたい。
「なら、一人でこっちに来な、聖女様よ」
「……聖女様」
「ええ。ですから、その子を早く解放してください」
「お前がこっちに来てからだ」
さて。
今、火眼金睛で遠目からその様子を確認し、強まった聴覚で声を拾っている状況。
つまり、私は離れた場所にいる。
優先事項はもちろん人質の救出。
ただ、この状況、民にパニックを起こさせるとまずい。
ラグナ卿が海側を一手に引きつけてくれているけど、混乱した民が海に向かって散り散りに逃げると収拾がつかなくなる。
最悪なことに賊側の集団が陸地方面を塞いでいるため、彼らが襲いかかってきたら魔獣の群れがいる方へ追い込まれる危険性が高い。
フィナさんに任せていた場合、彼女は誘拐される。
けど、こういう時は殺されないと思う。なんらかの目的があるでしょう。
彼女の救出は間に合わないけど、その間にG4枠、ジュリアンさんが民を鎮める役割を担う。
こうして民の安全を最優先した結果、まんまとフィナさんは連れ去られていましたパターン。
……賊がフィナさんを連れていった先に血の雨の難の元凶がいるかもしれない。
万聖龍王、九頭虫、万聖公主のいずれか。
となるとフィナさん本人の安全さえ確保されれば、誘拐されてもらった方が手っ取り早い。
あとはどう民を落ち着かせるか。
ヴァレンシュタイン領の民だから、ジュリアンさんの言葉なら聞くかもしれないけど……。
こっちの確証はないわね。
「四健将二人。姿を隠して、フィナさんに接触。そのまま彼女の護衛についてくれる?」
「「ウキ!」」
「八戒、貴方はあの人質の子に姿を隠して近づいて、人質が傷つけられないようにガードして。それから私が注意をひきつけるから、タイミングを見て彼女を救出して」
「ウキィ! ……ブヒ!」
「ブヒはやめなさい。行って!」
「「「ウキ!」」」
三人のミニ・マインが隠身法で姿を消す。
火眼金睛状態の私は、その姿が視えているわ。
賊とフィナさんの問答を灯台の頂上から見据え、八戒たちが配置に着いたのを確認してから私は筋斗雲で堂々と姿を現しながら降りていく。
と、その前に。
「鳳翅紫金冠。藕糸歩雲履。鎖子黄金甲……旧・孫悟空セット!」
五百年の幽閉前、天界軍と大立ち回りを演じた頃の孫悟空装備一式を揃える。
緊箍児を表出させ、その上に紫金で造られた冠と鳳凰の羽の長い飾りが二本。
細かい金の輪をつなぎ合わせた黄金の鎖帷子。
蓮の茎で編み上げられた、雲を歩く靴。
制服の上からド派手な出で立ちに変化し、さらに如意棒を堂々とかまえる。
ついでに制服の端を七十二変化で拡声機に変化! 声が遠くまで聞こえやすくする。
その姿のまま、筋斗雲で急速降下!
「やぁ、やぁ、やぁ! 聞け、この地に集った民たちよ!」
急に上空から降りてきた飛行物体に誰もが注意を向ける。
この場の全員から注目されるため、少しだけ距離を置いた場所でストップ。
「なんだ!?」
「マイン様!?」
私はフィナさんにニコリと微笑む。
「我は斉天大聖孫悟空! その力を受け継ぎし者、曇りの聖女なり!」
堂々と敵にも味方にもそう宣言する。
「く、曇りの聖女だぁ……?」
「なんだそれは……」
「聞いたことがないぞ」
「聖女は二人いるのか? だが、あの姿は」
ざわざわと私に注目が向く。
「聞け! この血は今、血の雨から生まれた瘴気によって魔獣が現れ始めている! だが、安心するがいい! 民は我ら聖女が必ず守ると約束しよう! 一つところに集まっていろ! ゆえに! ジュリアン・ヴァレンシュタイン! この地を統べる一族の一人として、貴様がこの場に集った民を率いるように命じる!」
偉そうに上から目線で命じておく。
さらに如意棒で誰がジュリアンなのかを指し示した。
人々の注目がジュリアンさんに集まる。
「……拝命しました、曇りの聖女様。この命に代えても必ず民を導き、守ると約束します」
お、わかっているわね。
ここにいる人々がどこまで理解しているか知らないけど。
領主一族の一人がこの場に来ていて、民を守る責任を負うと誓う。
それだけでもパニック度が数段落ちるってものよ。
しかも偉そうな私に命じられたのを受け入れたことで、侯爵家より上の存在感を出せる。
「さて、次は汝らだ!」
今度は如意棒を賊側に差し向け、見下ろす。
「な、なんだ……!」
ビクリと震えて、人質の少女を強く体に寄せる。
さっさと救出したいところなのに邪魔な動きよ。
「なぜそのような真似をしている? 答えろ!」
どこまでも偉そうに、上位存在ぶって上から話す。
「なんでてめぇに……」
「答えない。それが貴様の答えだな?」
「は?」
交渉はしませーん。
「伸びろ、如意棒!」
賊側の近くの地面に如意棒を伸ばし、地面を叩く。さらに。
「七十二変化、変われ!」
如意棒の先端を大蛇へと変化させ、威嚇する。
「うわ!?」
「蛇!?」
まだ襲わせない。彼ら全体の様子を窺いながら、注目をこちらに集め続ける。
「そちらの聖女と我を同じと思うなよ? 我は敵を討つ聖女だ! 民を守ることより、貴様らのような敵を討つことこそ我が望み! お前たちを殺せるのなら……その子ごと大蛇に喰らわせてやろうぞッ!!」
拡声器ごしの台詞なので、聞こえる聞こえる。
ここは役割分担、優しいとか、正義の味方系はフィナさんに担ってもらう。
私は暴れん坊役よ。
「くっ……!?」
如意棒の先が変化した大蛇の頭部と、厳つい鎧を身に纏い、雲に乗った正体不明の私を交互に見て、賊たちはたじろぐ。
「お待ちください、マイン様……いえ、曇りの聖女様!」
フィナさんが私に向かって顔を上げ、祈るような仕草をする。
「私が彼女の代わりとなります! どうか、その間、お待ちください!」
で、人質交換交渉に戻る。
さっきまでと違うのは、魔獣の群れへの対処のリーダーがジュリアンさんに決まったこと。
そして賊共が人質をとって一方的に有利な状況なのではなく、第三者である私が間に挟まったことよ。
「そう、時を与えるつもりはない! 望むことがあるなら、さっさとするがいい!」
「は、はい! ただちに!」
私は暴れん坊だ。
聖女のフィナさんでさえ制御することが難しい。
優しい聖女相手に人質をとってニヤニヤしていた賊は、私というアンタッチャブルな存在が現れたことで緊張を強いられる。
灯台の頂上から見えていた時の表情とはまったく違う様子よ。
「私とその子の交換を!」
フィナさんが、曇りの聖女に急かされるように前に出て交渉を強引に進めていく。
私は睨みつけ、無言で見下ろすばかり。
賊たちは私に対して人質が無価値だと考え、焦っている。
「ま、待ちな。本当にこいつがどうでもいいってのか?」
最終確認をするように私に視線を向け、少女の首筋に剣を当てた。
まぁ、信じがたいのでしょうね。でも。
「はははッ! まるで小動物のようだ! 娘よ! 聞くがいい!」
私は賊を無視して、人質の少女に声をかける。
見下ろされた女の子はビクリと震えて、刃物からなんとか目を逸らし、私を見上げた。
「お前は今から子イタチだ。我がそう決めた」
「……?」
「わからぬか! なら、とくとその身で味わうがいい!」
私は如意棒を持たない手で印を組み、指し示す。
「七十二変化、変われ! 子イタチ!」
人質の女の子を見る間に子イタチの姿へと変化させ、賊の手からすり抜けさせる。
「八戒!」
「ウキィ!」
子イタチ化させられた女の子を、すぐそばで透明になって控えていた八戒がキャッチ!
「キュー?」
子イタチになった女の子が可愛い鳴き声をあげる。
女の子は自身の身に起きた変化を理解できず、すぐに変化は解けない。
他人への強制変化は、きちんと本人の同意がないと長く続かないか、そもそも無理なのよ。
敵を小虫に変えて蹂躙! とかいう技はできないわけね。
でも、こんなふうに我が身に何が起きたか不明なままでは変化が解けるまでいかない。
「如意棒よ、増えろ、そして変われ! 蛇の雨!」
如意棒を無数に分裂させ、大蛇と小さな蛇の群れへと変化させ、賊の真上に降りそそがせる!
「うわぁあ!? 蛇だ! 蛇の群れだ!?」
西遊記中盤で敵対することになる、独角兕大王とその手下たちへ向かって悟空が振るった技よ!
群妖ではなく賊相手に蛇の群れが襲いかかる!
「四健将! 賊を追い払いなさい!」
「「「「ウキィ!」」」」
加えて。
「身外身法! さぁ、賊をすべて打ち据えなさい!」
「「「「ウッキィイイ!」」」」
ミニ・マインたちがミニ筋斗雲に乗って、蛇から逃げ回る賊たちを追い回す。
ただし、一部が逆上したように民へ向かってくる。
「フィナさん、結界を!」
「はい!」
それはフィナさんの結界によってガード!
ついでに蛇も近付けなくなったわ。
「な、なん、くそ、くそぉお!?」
人質にあまりにあっさり抜け出された間抜けな男が、事態の変化に追いつけず、憤りを露わにする。
さらに人質を狙うか、或いは逃げるか、悩んだ一瞬。
「あんたの相手はこの私よ!」
筋斗雲で急降下!
「幌金縄!」
「うわっ!?」
筋斗雲の勢いを殺さないスピードのまま、黄金の縄で賊の男を絡め取り、引き摺って民から引き離す!
「フィナさん! ジュリアンさん! 今のうちに海からみんなを離して!」
「は、はい!」
私は超スピードの勢いで捕らえた賊を引き摺ってからパッと手を離した。
「ぎゃああ!」
ゴロゴロと岩場を転がっていく賊。
「収!」
蛇の雨を回収して元の如意棒にし、消して戻して、はい終わり!
見ると八戒が抱えていた子イタチは元の女の子の姿へと無事に戻っていた。
一難去ったので。
ザパアアアン! と、大きめの音と存在感。
海から現れたのは巨大な怪鳥。その首は多く、おそらく九つ。
さらに怪鳥の背中には角つきの巨漢が甲冑姿をして乗っている。
「たぶん、万聖龍王と九頭虫!」
ビジュアル判断はできないけど、タイミング的に!
どうやらラグナ卿の大暴れか、灯台のライトが届いた影響で姿を現したらしい。
難は続くよ、どこまでも!




