184 灯台の下で
「なんだこれは、すさまじい光だな」
「ええ、なかなかでしょう。私が理屈を知っているわけじゃないけど、この形をコピーすれば、ある程度同じ物が作れるはずよ」
その場合はフレネルの名を偉人として伝えておきましょう。
名前がわかっている開発者だからね。異世界転生者の礼儀として。
こういう前世の誰かの、努力の末の開発を自分の手柄ってしちゃうと強欲感が出て、私としては仏罰が怖い。
私は灯台のライトを海面へ向けて照射する。
雨雲で暗く、かといって真夜中のように真っ暗ではない。
程よく視界が開けている状態で、灯台からでも確認がしやすい。
巨大な影などは見当たらない……わね。
ブラック沙悟浄がそこに潜んでいるパターンではないか。
もっと沖の方かしら?
「灯台に使い魔を置いていたくらいだし、何かあるかと思ったけど……」
見つからないわね。
「カーマイン」
「ラグナ卿は何かわかりそう?」
「……とりあえず、な。やはりカーマインが近くにいると、そちらに気がいき、鈍るようだが」
孫悟空オーラの弊害ねぇ。
最初にラグナ卿が私を襲ってきたのも、そのせいよね。
あとは紅孩児の嫌がらせかもしれない。
善財童子となった紅孩児は協力的だけれど、孫悟空にまったく嫌がらせをしないかというと、そんなことはないキャラだもの。
孫悟空は一回死ぬ羽目になったからか、紅孩児に苦手意識があったりする。
「だが、こうして光に当ててみると……そうだな。潜んでいるな」
「潜んでいる?」
「よく見ろ、足元の海を」
ラグナ卿が灯台の端に立って指すのは足元。つまり灯台の下。
陸地の上に灯台は立っているわけだけれど、少し離れるとそこは海よ。
その海に目を凝らせば、確かに黒く大きめの……人間サイズほどの影が蠢いているように見える……。
「灯台下暗し!」
「何を言っている」
いやぁ、諺ってこういうことを示すのね! これ以上ないほどストレートな状況だわ。
「使い魔に見張らせていた以上、こちらの動きは見えていたようだ」
「あれが敵で、使い魔か魔獣系ならとんでもない数じゃない?」
「大方、それがあの血の雨を降らせていた理由なんだろうよ」
「子母河の難と同じなのね……」
原典とはかなり離れた使い方のギフト効果だった。
魔獣の量産。
これはアイゼンハルト領でも行われていた節がある。
……西遊記ギフテッドに気を取られていたけど。
そもそも、こっちが敵の本命って可能性はない?
「何か思いついたか?」
「ええとね。魔獣の大量生成は、私の知る物語『西遊記』には出てこないの」
「ああ」
「でも、黒水晶一派の目的はこっちじゃないかな、って。今思ったわ」
「こっち?」
「つまり魔獣の量産と、そのコントロール」
「……ふむ」
私は灯台の下の海に映る群れの影を見つつ、やはり沖の方の海中に巨影がないか探す。
あくまで本命は沙悟浄の確保なのだ。
西遊記が終わったあとの状態、仏に至った彼らは、こちらでは異界の神と扱われている。
ブラック猪八戒の雰囲気的にも、かなり格が違う存在みたい。
それに私の乙女ゲー推論が信じるに足るかどうかも、ここで決まるわ。
この推定ジュリアンルートで、やはりラスボス格として沙悟浄が配置されているなら。
三蔵法師と玉龍の配置も見えてくるというもの。
「兵力として使えるなら脅威ではあるな」
「そうよね? それにそれだけじゃなくて」
「他にあるか?」
「……アイゼンハルト領で対峙した敵、『体』を作っていた可能性があるのよね」
「体を?」
ブラック猪八戒を顕現させることになった、がしゃどくろだ。
あれはなんだった?
バンシーたちがおそらくギフト『白骨夫人』によるフェイク死体を操作することで生まれたものだとして。
『虎先鋒』バルグリッサは、ヴィル様を〝器〟として必要としていた。
こっちでは異界神扱いの猪八戒の器よ。
私が戦ったブラック猪八戒は未完成品だったといっていい。
完成品がヴィル様の死体に猪八戒の力を乗せた状態で……。
ええと、つまり、こういう場合のパターンとして。
「牛魔王が今世で暴れるための完璧な〝器〟を求めている。敵はそれを作り出そうとしている……とか?」
けっこういい線いっているんじゃない?
黒水晶があればギフトの正体が実体化することはある。
でも、今までそんな彼らを倒してきたからわかるけれど。
どれも知性が足りているようには見えなかった。
牛魔王こそがラスボスなら、あんな自我を失ったような状態はだめでしょう。
もっと、ちゃんと会話が成立するレベルの器を求めているはずよ。
ギフトを授かった元のギフテッドのままは安定した状態。
でも、明らかに敵は、その安定した状態よりもギフトの〝中身〟こそを欲しているように感じられる。
元々のギフテッドではだめなのだ。
今だって私は、孫悟空の意思ではなく私の意思で活動している。
この状態は、人間が主導権を握っている状態ということね。
それが望ましくないから敵は。
1、ギフトを黒水晶で取り出す、または複製する。
2、ギフテッドを始末して、ギフトの正体を独立させる。
3、ギフトの正体に相応しい新たな器を用意することで完全な状態にする。
……という感じのことを目的としている?
その過程で魔獣を生み出す技術が生まれたか。まぁ、経緯は不明として。
魔獣たちの生成で望む器を生み出し、その魔獣に黒水晶をあてがい、牛魔王復活を目論む集団。
「魔獣の生成と改造によって神の器を作るのが目的、か……。いかれているな」
「信仰的な思想もありそうねぇ」
組織構造としては強力なギフテッドはあくまでそのまま人間として運用。
それ以外は黒水晶を駆使して実体化させ、王国混乱に利用する。
そんな感じよね。
「では、あれの数を減らしておくのは敵への嫌がらせになるか」
「……そうね。少なくとも放置はできそうにないわ」
ジュリアンルートの大事件。領地全域の魔獣災害ね。
道中の見せ場のため、雑魚の大量発生展開がどこかで挟まれるというやつよ。
「あれが自在に海を泳いでいるというのなら、海難事故の原因にもなっていそうだ」
「そうね……」
血の雨でこの地を穢し、発生した瘴気で? 魔獣を生み出したのか。
はたまた見えているのはギフトによる使い魔召喚の類か。
「あっ」
「どうした」
「ラグナ卿、光の先」
「ん?」
それはようやく姿を見せた。いえ、影を見せた。
「……でかいな」
「ええ」
海に巨大な影が見えたわ!
灯台からかなり離れた沖になる。そこにクジラのような巨影が見える!
「…………」
私はラグナ卿と顔を見合わせる。
「あれか?」
「少なくとも今までで一番、沙悟浄の可能性が高いわ。ブラック猪八戒は巨大なモンスターだったもの」
海の中、巨大、ジュリアンルート。ここに至るまでに遭遇した水難系のイベント。
これまでの経験からしても如何にも本命だわ。
「カーマインは何か感じるか?」
「どうかしら、遠いからなんとも……」
「……どうだろうな」
「少し私が離れましょうか」
「……ああ」
ラグナ卿の勘を正しく働かせるには、孫悟空という巨大な存在感がそばにいると邪魔になる。
私は筋斗雲に乗って彼のそばを一旦離れようとして。
「きゃああ!」
悲鳴が聞こえた。
私とラグナ卿はまた顔を見合わせる。
「今の悲鳴、下から?」
「聖女たちがいるはずだ」
私とラグナ卿は海とは反対方向へ行き、見下ろす。
すると、やはり灯台の下辺りで多くの人が集まっていた。
悲鳴が上がった理由は……?
「あれだ、カーマイン」
ラグナ卿が指し示したのは集団の中の一角。
「あっ、刃物?」
刃物を首に突きつけられた少女がいる。
人質に取られているような感じ?
それに人質を取っているのは男性だけど、似たような雰囲気の人たちが集団でいて武装しているわ。
「賊か」
「そうね。ただの人間の障害だわ」
ラグナ卿の勘が働くような強力な敵ではない、ただの賊。
けっこう人間にも狙われているのよね、フィナさんって。
なんでか知らないけど。
それはそうと人質を取られているのでは迂闊に動けない。
変化するか隠身法で気付かれないように近付き、人質の救出に動くか。
ただの賊なら私とラグナ卿で戦力は十分……。
「何かおかしいな」
「え?」
ラグナ卿が再び灯台頂上の海側へ移動し、地上を見下ろす。
「カーマイン! 海に動きがある!」
「ええ?」
「下にいる人間の一部が海側に視線を向けて驚いている様子だった」
「なるほど」
人質を取った賊に意識を割かれそうなのに、海に注目した。ということは。
私も海側に再度移動すると、確かに近場の海中に潜んだ影が大量に動き始めている。
「うぇええ……」
明らかに人型ではなく、黒い群れとしか見えない状態。
嫌が応でもビジュアル的な嫌悪感がすごい!
「ラグナ卿、ごめんなさい、あっちは任せていい!?」
「何を言っているんだ、お前は」
だって! 絶対アレ、フナ虫系じゃない!?
鯰の妖怪が群れてきているかもしれないけど!
灯台の頂上から見下ろしていると、小さく見えて、それが群れで、余計に嫌!
「あと人質救出はどう考えても私の方が適任だから!」
「まぁ、それは否定しないが」
「そうよね!?」
やだやだ、あんな群れ、相手にしたくなーい!
四健将二人と八戒に視線を向ける。
「「「ウキキ!」」」
一斉に首を振るミニ・マインたち。
あ、やっぱりこの子たちも嫌そう!
流石、ベースは私の分身。それぞれギフトの個性は発現しているものの、基本は同じね。
「だが、あの大量な敵はお前のギフトの方が適任じゃないか」
「いえいえ、そのような。ラグナ卿の火炎で蹴散らしてやってくだせぇ」
やれ打つな蠅が手をすり足をする。
「なんだその言葉使いは」
ここは紅孩児の兄貴がちょちょいと片付けてくれるのが手っ取り早いやい。
と、ミニ猪八戒が言っております!
「ウキ?」
とりあえずイベントは現在進行形だ。
推定魔獣の群れと人質を取った賊の対処。
「やれやれ、とっとと片付けるしかないな」
「はい! じゃあ、私は賊の方を片付けます!」
ラグナ卿は灯台の端に乗り出す。
建物が足場じゃ、五行車を出せないと思うけど。いつも地面から出していた。
「ラグナ卿?」
「先に行くぞ、カーマイン」
「え、ちょっ」
ラグナ卿が飛び降りたぁ!?
ちょっと、格好良く降りるつもりでしょうけど、それで死んだら笑えないわよ!
ギフトを完全に発動しているでしょうけど、落下速度による衝撃は別じゃない!?
「重身法!」
しかも重くなろうとしている!
知っていますか、重さでは落ちる速さは変わらないらしいですよ!?
跳躍力からして尋常ならざるもので、灯台の頂上から海までの横方向の距離を平気で跳ぶラグナ卿。
ドゴォオオオンッ!!
「わきゃあっ!」
「「「ウキィ!!」」」
海の浅瀬に着地したであろうラグナ卿がその衝撃で周囲の黒い影を吹き飛ばした。
そして、ボォオオオッ! と火柱が吹き上がる。
「ハハハハッ!」
五行車が着地した地面から現れ、火尖槍を携えて元気な姿のラグナ卿を確認できた。
「うわぁ、平気なんだぁ、この高さからの落下で……」
「「「ウキィ……」」」
普段、空を飛び回っている私が言うのもなんだけど。
怖ぁい……。
「ウキ!」
ラグナ卿が暴れる。海に見えた群れの敵は……やはり魔獣。
半魚人系かしら。二足歩行の姿がチラホラ見え始めたわ。
あれくらいなら私もいけるわね。 うん、フナ虫系じゃなく魚類方面の魔獣でよかった!
「私の方は、とっとと人質救出に動くわよ」
「「「ウキ!」」」
灯台の下ではすでにフィナさんが姿を見せていて、賊との交渉に乗り出しているみたい。
こっちは正規イベントっぽいわね!




