178 八十一難目
情報収集パートを終えて、どうにか今後の方針を決める。
子母河の難を乗り越えたけれど、それについて敵が察知した可能性があり、迅速に他の難も片づけなければ被害が増えるという見立てだ。
そのため、チームを二手に分けて、私は筋斗雲で飛び回って同時対処という方針を打ち出したのだけど。
「西部では気になることは何もなかったの?」
「おう。一日の聞き込みでは何も。ただ」
「ただ?」
「匂う」
「……なるほど」
ラグナ卿が匂うという以上、やはりそこにも難が待ち受けていると見た。
ただし、湖が凍てつくだとか、血の雨が降るだとか、わかりやすい出来事は起きていない。
ならば後回しにしていいものか。
……こういうのこそ、解決に動いた方がいい気はするけど。
流石にヒントがまるでないのでは作戦が立てられない。
ラグナ卿の直感は、私がそばにいると働かないらしい。
思わぬ盲点で、孫悟空オーラが邪魔になるみたい。
「気にはなるが、海難事故についてがあとになっているぞ、カーマイン」
「……確かにそうね」
子母河の難は、男性が妊娠していて三日の猶予しかなかったから急いだ。
今度は敵にこちらの動きが察知された可能性を懸念し、把握している難を解決するために動こうとしている。
けれど、この旅の大目的は沙悟浄の打倒・確保よ。海難事故が多発している原因を探らないと。
「……西側についてはあとに回しましょう」
一同の顔を見回すと異論はないようね。
「血の雨が降るという南部地域は、そのまま港方面へも近いわ。これにはフィナさんとジュリアンさん、ラグナ卿に動いてもらいたいの」
「はい!」
「……承知しました」
「俺は南でいいのか? カーマイン」
フィナさんとジュリアンさんは了承。
ラグナ卿は首を傾げている。
「想定される敵の数が多いの、強力な護衛はつけたいわ」
血の雨の難では、万聖龍王の親族がそちらに揃っている可能性がある。
戦闘力の高い人員を配置しないと一瞬でやられるかもしれない。
私がギフトの破壊をできることについてはあくまでオマケ要素。
フィナさんがいるなら浄化が効く。
「凍てついた湖は、ヴォルテール卿の火炎の力が役に立つのでは?」
ジュリアンさんがヴィル様の考えたことと同じ疑問をあげる。
「表面的に氷が溶かせても、あまり意味がないと思うの。私の知る霊感大王の力は、湖を凍らせることができるけど……それを攻撃に転じるわけじゃない。落とし穴的な罠に使うタイプなのよ。警戒しているのは水中に引き込まれることなんだけど、ジュリアンさんのギフトで湖の中には敵がいないってわかったから。地上戦になるなら、火炎の力が必須にはならないと思うわ」
まぁ、あくまでギフトだから、氷雪系ギフトとして攻撃に凍らせるブレスを吐いてくるかもしれないけど。
孫悟空が苦手な水中戦に持ち込まれなければ、どうにかなるんじゃないかしら。
「だから湖の方にはヴィル様と八戒、それから貸してもらった黒犬で動いてもらう」
「ウキィ!」
ミニ猪八戒が定位置のようにヴィル様の肩に乗った状態で声を上げる。
で、相変わらずヴァレリア殿下とエミリアには四健将と一緒にお留守番になるかと思ったんだけど。
「では、私は湖の方に同行しましょう」
「え、ヴァリー様?」
「エミリアは南部へ向かってください」
「は、はい!」
おっとぉ? ヴァレリア殿下がここに来てわがまま?
そんなタイプじゃないかな。でも十三歳……。
ずっと閉じこもらせておくのはよろしくない?
「マロット公爵令嬢の〝読み〟を考えれば、聖女とエミリアが計画を立てて動き、ヴォルテール卿がそれを離れて見守る形で自由に動いてもらうのがいいのでしょう」
まぁ、それはそうね。
その布陣が一番、敵を炙りだしやすそう。
「私は、アイゼンハルト小侯爵に学びを受けます」
「……はい?」
「ウキ?」
ヴァレリア殿下が、ヴィル様に学びを受けるとは。
私と一緒にミニ猪八戒が首を傾げる。
「ヴァリー様?」
「小侯爵は全体を見て、小さなマロット公爵令嬢たちを指揮し、立ち回るのが得意のようです。それを見て学びます。マロット公爵令嬢が許可してくれるなら、私が代わりに指揮をすることもできます」
「「「「ウキ!」」」」
……なるほど。
ミニ猪八戒とミニ四健将は、自立型となって自我を持っている使い魔状態。
ヴィル様が全体指揮をした方が効率はいいと指揮を任せていた面はある。
場合によっては、その指揮をヴァレリア殿下に任せるのも一つの手ということね。
そうしたらヴィル様も自由に動ける。
ヴィル様の場合、それがいいのか悪いのかは状況によると思うけど。
八戒と連携したり、敵の武器を使ったりして戦うのなら、他の指揮に思考リソースを割かない方がいい場合もあるわよね。
というか私が全部指示出ししてやれっていう話かもだけど。
ミニ・マインは、けっこうな数が出せるから、チーム分けして、それぞれに指揮官を置くのは合理的ね。
「わかりました。その方向で詰めましょう」
というわけで、また休んだところで翌日、再出発。
私、ヴィル様、ヴァレリア殿下、ミニ猪八戒、ミニ四健将のうち二人は北部へ。
フィナさん、エミリア、ラグナ卿、ジュリアンさんは南部へ向かう。
使い魔交換で、北部に黒犬を二匹、同行。
私も南部へミニ・マインたちを数体と、ミニ四健将を二人派遣する。
毎日忙しいったらないこと。
北部へ向かうけれど、湖より前で黒犬に行動を開始してもらうことに。
二匹の黒犬には、四健将二人がそれぞれ背に乗せてもらったわ。
「「ウキィ!」」
「「ワンワン!」」
その姿を追うために隠身法で透明になりつつ、筋斗雲で空へ。
ヴァレリア殿下のそばにはヴィル様と猪八戒に控えていてもらう。
昨日、ヴィル様は本物の馬を借りてきたらしいので、相乗り。
小柄な殿下がヴィル様の前に座り、殿下の前になぜかミニ猪八戒がちゃっかり座る。
……まぁ、殿下の前にいれば、ぬいぐるみに見えるかしら。
今回、黒犬にはズバリ『霊感大王』を捜索してもらっている。
これもまた漢字がわかりやすい文字なので、ジュリアンさんに伝えやすかったわ。
『聖嬰大王』とか書けって言われても無理だからね。
北部周辺に着くと反応があったらしく、走り出す黒犬たち。
「「ウキー!」」
その背に乗った四健将が元気に声を上げている。
それ、目立つからやめなさい? 姿は消しているけど!
さて、どうして私が、戦力が欲しい『万聖龍王』の難だけに限定せず、霊感大王の難へ顔を出すのか。
それは霊感大王の難を解決した〝あと〟のエピソードがあるからよ。
通天河の難で、霊感大王を観音菩薩に処理してもらったあと。
大河を渡るため、船を仕立てようとしていた三蔵一行に、水の底から現れた者が声をかける。
それは一匹の巨大亀で、霊感大王に奪われていた水底の屋敷を取り戻してくれたお礼として、河向こうへ三蔵一行を運んでくれるという。
名を『白元』といい、亀の背中に乗せてくれるのだ。
三蔵は河を渡らせてくれたことに礼を言うが、贈る物がないという。
それに対し、白元は何も受け取ろうとは言わないが、ただ天竺へ辿り着いた時、仏にたずねてほしいことがあるといった。
白元は、かれこれ七千三百年もここで修行を続けているが、この姿から、いつ脱して人間の姿になれるのか。それだけおたずねください、と。
三蔵は約束して、ここで白元とは別れることになる。
……で、これがなんなのかというと。
実は、この白元は最後に再会することになる。
天竺に訪れたあと、一度ここに三蔵一行は戻されるのだ。
なぜか。
それは三蔵一行が八十難しか試練を乗り越えていないことが判明したからだ。
そう。
この白元、実は物語を締めくくる最後の難、八十一難目なのである。
三蔵法師は、かつて白元と交わしていた約束を覚えておらず、白元の背中に再び乗せてもらって通天河を渡っていた際、白元から『以前お送りした際に聞いてほしいとお願いしましたが、おたずねいただけましたか』と聞かれてしまう。
三蔵法師は、そう問われてから約束を忘れてしまっていたことに気づく。
失望と怒りを覚えた白元は『せっかく送ってやったのに約束を破るとは何事か』と、身をひるがえして水中へもぐってしまうのだ。
こうして通天河に投げ出された三蔵一行は、命からがら岸へ這い上がるはめになった。
これが八十一難目の内容よ。
まぁ、だから今世ではなんなんだ、とも思う。
でも、西遊記的にはけっこう重要なエピソードになるというわけ。
ここまでマイナーなエピソードでもギフト化してこの世界に蔓延っている以上、白元だっていると思うのよね。
それがはたして敵か、味方か。
原典で解決しないまま放置された難である。
ある意味、牛魔王より三蔵一行を恨んでいてもおかしくないというか。
むしろ牛魔王とかは仏に帰依しているはずで、紅孩児も生きているし、納得したはず。
続編が作られるなら、白元の方が三蔵一行に怒って登場する可能性がある。
ジュリアンルートのラスボスは沙悟浄と思っているけど。
水難そのものなら、この白元も大概……だと思うのよね。
それも霊感大王つながりなら、やっぱり出てくるならこのルートの可能性が高い。
ひょっとして、この霊感大王の難を片づけたあとで西部に出現するとか。
うーん、流石に根拠が薄いわよね。
子母河の難だって、原典からは想像できないような脅威になっていたもの。
どうなることやら。
とまぁ、これからの可能性を考えつつ、空から黒犬を追いかけていたところ。
視界の端には、凍てついた湖が映る程度の距離。
そこでどうやら道に迷うような振る舞いをし始める黒犬たち。
「あら……」
追いかけていたものを見失ったような様子よ。
匂いが途切れたとか、そういうところかしら。
しばらく同じ場所をうろうろして、留まっていた。
ヴィル様たちも合流して、これは追跡失敗ね、と思って私も地上へ降りて姿を現したの。
「見失ったみたいだね」
「はい」
「どう思う? マイン。追手が来たと、逃げ出したのか、それとも」
どうかしら。
私、西遊記のネタ読みと、乙女ゲー展開のメタ読みはできるけど。
今世に生きている人間の動機や、出てくる魔獣は読めないのよね。
子母河の難では、黒水晶を核とした如意真仙の化身が出てきた。
でも、あれ自体は自我を持って活動していないでしょう。
ただ、黒水晶一派に利用されているだけとみていい。
ジークヴァルトルートの『虎先鋒』の男、バルグリッサみたいに意思をもって動いている人間の敵とは、まだ遭遇していないのよ。
でも、きっとそういう敵はいるはず。
霊感大王のギフテッドがそうなのか。
「理由があって、この問題は私が解決したかったのはあるんですけど……。ここから被害が出そうにないなら、放置してしまうしかないかもしれませんね……」
霊感大王と連動して出てきそうな白元を確かめたかった。それだけだ。
湖を凍てつかせているだけなら、迷惑だけれど、これ以上どうすることもできない。
「何かお探しかな、旅の人たち」
と。
私たちが集まって確認しているところで、話しかけてくる声があった。
一斉にその声に振り向く私たち。
「ひょっとしてお探しのものは……活きのいい魚かな」
そこに立っていたのは見知らぬ男性。
ジュリアンさんと色合いの違う青色の髪、青色の瞳。
年齢はラグナ卿とそう変わらない程度の見た目。
体格がよく騎士のように感じる。ただ、問題はそこではなく。
「…………」
ニコニコと笑っていて、友好的な態度。敵意はないように見える。
見えるんだけど。あの、その、ええと。
これは、とてつもなく失礼で、ルッキズムで、見た目差別みたいなものなんだけど!
メタ読みしまくってしまって申し訳ないんだけど!
これだけは言わせてほしい!
最大の身体的特徴を!
「おや、どうしたのかな」
……この、話しかけてきた男性。
その目が、目が!
糸目、だわ!!!
絶対、裏切りそうな! 見た目をしている! 胡散臭い!!
違ったらごめんなさい! でも、ちょっと美形で、優男で色っぽい声とか!!
こいつ、絶対に裏切るタイプよ!!
CV:石〇アキ〇




