173 子母河
件の……患者? 男性は、この宿に泊まるように手配してきたのだという。
ジュリアンさんのギフト『真理の探究』による鑑定能力で、あろうことか『妊娠』状態だと判明し、それが男性だったものだから異常事態だと判断し、私の意見を聞くことにしたようだ。
ひとまず、その男性……名をアルブレンさんという。
一般人のようでギフテッドではない。妖怪変化ではなさそうね。
改めて聞き込み調査をする。
男性なのに妊娠していることは隠して、聖女のフィナさんが彼の体調を気にしているということで留めている状態。
ただし、私の知識では三日で出産レベルにお腹が大きくなる……。
西遊記に出てくる子母河の水を飲んだ状態と同じ。
これも他の要因が見つかるかもしれないけど、もう西遊記に合致するエピソードがある以上は、決め打ちしておいた方がいいでしょう。
体調不良を起こす前、あやしい水を飲む機会はなかったかと尋ねた。
すると東部の山間で湧き水をどうしても飲みたくなり、飲んでしまったのだとか。
「どうしても飲みたくなった……?」
「はい……。その時はどうかしていたのか、よっぽど喉が渇いていたのか……」
あやしいなぁ!
絶対、なんらかを誘発するギフトでしょう。
ただ問題は原因がそれだとわかったとして、解決手段とは別だということだ。
子母河の水が妊娠を、落胎泉の水がその状態を治す効果がある。
膨らんだ腹を引っ込めたいのなら、必要なのは落胎泉の水だ。
血の雨案件は南部。ということは海に近い場所ね。
西遊記では、祭賽国で起きる事件で、十三重の塔の頂上で夜も光り輝く釈迦の骨、仏舎利という宝が祭られていた。
その眩い輝きと威光によって周囲の国々は圧倒され、平和に暮らし、栄えていたという。
しかし、ある夜、生臭い血の雨が降りそそぎ、神聖な光が完全に消え失せてしまった。
という感じが、血の雨の難よ。
このエピソードでは二郎真君に助力を乞うことになる……この世界にいてほしくないなぁ。
霊感大王の難は北部。血の雨の難は南部。子母河の難は東部。
……これは。
「領地西部でも何か起きてそう……」
「確かに」
「その方がキリはいいな」
どうキリがいいのよ。
「ええと、とりあえず東部山間にあるという湧き水の場所の、できるかぎり正確な位置はどうにか示してもらったから。ひとっ飛びして確認してくるわ」
「……マインが一人で、かい?」
「偵察ですから。飛んでいって、ざっくりと確認してくるだけ。本格的に動くのはまた明日にしましょう」
ヴィル様は心配してくれるけど、流石にこれは私が飛んでいった方が早い。
沙悟浄がこの地にいるなら、猪八戒のようにギフトが反応するかもしれないし。
一度、領地全体を飛び回ってみた方がいいわよね。
というわけで、日がそろそろ沈みかける頃合い。
私は隠身法で姿を隠しつつ、筋斗雲に乗り、空へ浮かび上がる。
完全に暗くなるまでに東部山間の湧き水とやらを確認しなくちゃいけないわ。
被害者を増やさないために場所を特定したら対処した方がいい。
「ウキー!」
ミニ猪八戒も雲に乗って追従してくる。
キッド状態から元の姿に戻っているから、手乗りサイズよ。
「八戒、貴方も沙悟浄の気配を察知したら報せてね」
「ウキ!」
孫悟空がわかるなら八戒もわかるはず……。
いや、どうかしらね。八戒がそんなに鋭いイメージないわ。
「それにしても目的は何かしら」
「ウキ?」
子母河の水をギフトで再現できるものとしよう。その効果は性別を問わぬ妊娠。
なんのためにそんなことをするのか。
女子に子宝を宿すためだけならまだわかる。
じゃあ、これは原典と同じく事故で男性が飲んでしまっただけなのか。
女ばかりの国、女人国の女性たちは、望んでその恩恵に預かっている。
でも、効果を知らない人が飲んでしまったら、男女問わずに災いでしょう。
ひどい嫌がらせ以外に、他人に子供を妊娠させる目的とはいったい……?
「この辺りね……」
「ウキー!」
東部山間、伝え聞いた限りでは立地もこの辺り。
私は火眼金睛によって周囲を見回した。
すると、ほどなくしてキラキラと輝いている場所が見える。
「あそこよ!」
「ウキィ!」
辺りが完全に暗くなるまでにあやしいポイントを見つけた。
筋斗雲で急降下すると確かに湧き水がある。
しかし、山道からは少し離れた場所で、どうしてこのような場所に入り込んで飲んだのやら。
「八戒、貴方、飲んでみる?」
「ウキ!?」
ミニ猪八戒は驚いて、首を横にブンブンと振る。
まぁ、この子は八戒本人ではないとしても、原典でこの水を飲んだというエピソードがトラウマとして反映されることってあるのかしら。
でもこれ、どういう現象なんだろう。
ギフト効果でこの湧き水が変化しているってこと?
それができるなら、ここを封鎖したところで、ギフテッドが野放しだったら意味がないわ。
「ウキウキ」
「ん? どうしたの、八戒」
ミニ猪八戒が私の服の袖を引っ張り、何かを示す。
でも、示した先には何もないようだ。
「ウキ?」
ミニ猪八戒本人もよくわかっていない様子。
これは何かあるわね。
「隠身法、解除」
私は地面に降り立ってから隠身法を解除し、姿を現す。
「七十二変化、変われ!」
落ちている木の枝を拾い上げ、ランタン型のライトに変化させる。
見た目は今世でもありそうな見た目だけど、光量や原理は前世の現代風よ。
光で目立つ状態にしてから、しばらく湧き水の周りを歩いて回る。
すると、ガサガサと音を立てて木々の向こうから何かがやってきた。
これは妖雲たちこめ、悪気の匂いがぷんぷんするというもの!
「如意棒!」
「ウキ!」
ミニ猪八戒も戦闘態勢に入ってもらっているところ悪いけど、まだ戦う気はない。
私は如意棒を使って地面に円を描いた。その上で印を結び、法術を唱える。
「護身法」
唱えると、地面に描いた円から淡い光が発される。
護身の法は、三蔵一行が〝まぼろしの楼閣〟を前にした際、そこから漂うあやしい気配を孫悟空が察知し、決して近付かないようにと言うものの、その頃には三蔵の性質をわかっていた孫悟空が、この円から出ぬようにと言って整えた法術だ。
金城鉄壁に似て、妖魔怪獣が近付けないようになるという。
ただし、八戒があほうなことを言って三蔵法師を唆し、信じた三蔵が円の外に出て、まぼろしの楼閣に入ってしまい、結局それは妖怪の罠だった、というエピソードとなる。
そのため、効果のほどが明らかになっていない。
「たぶん、魔獣避けみたいな効果よね」
フィナさんの結界とは別の効果だと思う。
そうして円の中で待機していたところ、ガサガサ音がやがて遠ざかっていくのを聞いた。
近付こうとしていた存在が護身法によって遠ざかるということは。
「魔獣が森に生息している……。けど、それが世間には広まっていない?」
とても嫌な予感がするのだけど。どうしてこの場所にそんな魔獣がいるのか。
それって誰かが……生んだってことじゃないだろうか。
「…………」
私の推測だと、フィナさんとG4がこのヴァレンシュタイン領に来る運命はまだ先の展開だ。
つまり、この時期はまだ相手も準備段階。ヒーローたちとの本格的な激突は先のこと。
その激突に向けて、今まさに魔獣を量産している過程……?
新たな生物を他人に妊娠させられるギフト。
だとしたら邪悪すぎる。それとこの地の魔獣の姿を確認するのが怖い。
人間のなり損ないのような見た目だとしたら見ただけで心が病みそうだ。
「……でも、私が適任よね」
「ウキ……」
私だって見たくはない。
でも、そういう、なんていうかグロ映像? の類に耐性があるのは、前世でそういうシーンもある映画などを見たことのある私だけだろう。
ゾンビとか、人間改造系とか、そっち系だ。
「この地域に近付いた人間を察知してやってきたのは知性かしら……」
人間並の知性を持つ魔獣の可能性もあるわよね。黒水河の難で対峙したような例もある。
あるいは〝器〟を生み出すため、という動機もあり得る。
アイゼンハルト領では、明らかに人造魔獣的な扱いでバンシーや、がしゃどくろが生み出されていたわけだし。私はアイゼンハルト領での難を思い出す。
「……ヴィル様タイプの人間がこの地にいたら、同じ動機で沙悟浄の器にされるかも」
その形で狙わるとしたら、やっぱりジュリアンさんの兄二人かしら。
それとも……レティシア嬢? ……どっちもありそうで嫌ねぇ。
ジュリアンさんの家族か、想い人か。
今現在、準備期間で魔獣を量産中。
ついでに沙悟浄の〝器〟を制作中。
「八戒、一旦引くわよ」
「ウキ!」
私は筋斗雲に乗って仲間たちのもとへ一時帰還する。
この場で戦闘に持ち込む気はない。魔獣の気配があった以上、チームで動く。
翌日。
情報を共有した私たちは魔獣の群れとの戦闘になることを見越して、さらに少数精鋭に絞った。
具体的にいうと私、ヴィル様、ラグナ卿、フィナさん、ミニ猪八戒のみだ。
ジュリアンさんと四健将にはヴァレリア殿下とエミリアと一緒に待機してもらう。
「こっちよー」
私は山間に入ってから筋斗雲に乗って飛び上がり、空から地上を行くみんなを誘導する。
ひとまずフィナさんに湧き水を浄化してもらいたい。
程なくして湧き水の前に一行が辿り着く。私は、ふわふわと筋斗雲に乗ったまま地上へ。
「どうかしら、フィナさん」
「……確かに、この場所からよくない気配がする気がします」
つまり、邪悪方面なのね。原典の子母河の水は、その国の人にとっては恩恵だったはず。
「では、ひとまずやってみます!」
言うが早いか、フィナさんは聖女ビームで発光する!
すると先程までそこにあったはずの湧き水が……なんと消えた。
「あら」
「あれ」
まるで幻であったかのように。あ、そういうこと?
この湧き水、水だけじゃなくてその土台までギフトで生み出されていた?
昨日、ミニ猪八戒が反応していたのはこれだったのね!
幻というより、湧き水装置を生み出すギフトかな。
ガサガサガサ!
フィナさんの光を見たか、はたまた湧き水を消されたことを察知したのか。
木々の向こうから大量に何かが迫ってくる音が聞こえてくる。
「ほう、いよいよ戦闘か。火尖槍!」
ラグナ卿が火尖槍を生成する。ヴィル様も剣を抜いて、私も如意棒を構えた。
フィナさんを背に庇う陣形で、三人が前に出る。そうして現れたのは。
『リャアアア!』
見るからに爬虫類系の見た目をした頭部と皮膚、だけど二足で立っている。
これは。
「コボルド!」
だから、なんで魔獣系は西遊記で統一しないのよ!




