171 街歩き
馬車工房は街外れにあった。
大きな都市部では意外とこういう工房があるものよ。
今世、馬車が物流のメインだからね。大きな川を使うのもあるけど。
市井の民にとっても馬車はライフラインなのよ。
でも、工房があるからといって飛び入りで仕事をしてくれるかは別の話。
こういう時は街中にギルドがあって、そこに仲介を頼むとスムーズに事が運ぶ。
何事も根回しが大事なのは、どこの世界であっても同じね。
「マイン、ギルドでの許可を取ってきたよ。紹介状もね」
「ありがとうございます、ヴィル様」
この手の交渉事、ヴィル様にお任せするのが最適。
いえ、私もできなくはない……はず。
誰が如意棒で脅すしか交渉術を知らない、だ。ウキィ!
ギルドを見つけ、そこに立ち寄り、紹介状を得て、街外れの馬車工房へ移動。
のんびり二人旅。
馬車だというのに、なぜか二人で御者席に座って移動よ。
「ウキ!」
もとい、ミニ猪八戒と馬に変化した四健将二人も一緒だ。
流石にミニ猪八戒はサイズ的に目立つので、大人しくしてもらっているけど。
「八戒、むしろ、人間の子供サイズに大きくなれたりする? それなら一緒に歩いたりしていても変じゃないと思うわ」
「ウキ? ウキー……ウキ!」
できるのか、できないのか。鳴き声だけではわからないが、その態度からしてできそうな気がする。
「ウーキー……ブヒッ!」
その気になれば、ボフン! と一瞬で変化できるのに、なぜ間を溜めるのか。
そしてブヒ鳴きをやめない。わざとやっているわよね。
これ、八戒の影響じゃないわよね、絶対。
ミニ・マインが面白おかしくやっているだけよ。八戒はブヒブヒ言わない。
この分だとミニ・マイン沙悟浄には、無駄に河童要素が生えるのでは。
「ウキ!」
ミニ猪八戒が、子供サイズのミニ・マインへと変化した。
シンプルなドレス姿ね。赤髪と豚の耳はそのまま。
この状態になると、本当に私の子供みたいに……。
これはこれで問題すぎる。
「……ヴィル様」
「どうしたんだい」
「この子と私を見てどう思います?」
「ウキ?」
子供サイズ八戒を私の膝の上に移す。
「ウキー?」
「……うん。どう見てもマインの子供だね」
「ですよね! これはこれで問題ありますよね……」
「大人サイズになれば……」
「なれますけど、それはそれで可愛げがないんですよね」
「可愛げ?」
「ウキ?」
この子たちは小さいから可愛いのだ。
手乗りサイズで、手や膝、肩に乗ってもいいくらいだから可愛い。
私と同サイズになってはミニ・マインの良さが失われる。
なので人間サイズになるとしても子供タイプがいい。
大人サイズにする時は、うなじの毛の分身に任せる。
「髪の色を変えればどうでしょう?」
「……顔立ちが似ているから、あんまり意味がないんじゃないかな」
まぁ、確かに。髪の色が変わったところで私の顔をしているのだ。
ああ、父親の髪の色なのね、くらいの印象にしかならない。
それで隣を歩くヴィル様と髪の色が違ったらどういう印象になるか。
「何をしても問題すぎる……」
「ウキウキ」
八戒が『兄貴は細かいことを気にしすぎだよ、ハハッ』とばかりに私をポンポンと叩く。
うーん。
自我を持っているのがわかるし、ずっとぬいぐるみ状態にしておくのは忍びないのよね。
隠身法で透明にさせればいいじゃないかといっても、火眼金睛を使わないと姿が見えない。
それだと一緒にいる感じが薄れるし。
なんだかんだ助けてもらうことが多く、愛嬌もよくて、愛着が湧いているのよね。
この子たちを便利な使い魔にすぎないとは思えなくなっている。
「親子じゃなく姉妹ということにしましょうか」
「ウキ!」
うん。学生服を着ているわけだし、親子と見るより、姉妹と見る方が自然なはず。
この子は今から私の妹よ!
馬車工房に着き、ギルドの紹介状を見せる。
ちょっと特殊な依頼なのでヴィル様だけでなく、私も交渉。
「この馬車の構造を設計図に直していただきたいの」
「設計図に?」
「同じ構造の馬車を地元に帰った時に作ってもらいたくて」
「はぁ……」
珍しい依頼なのだろう。職人さんには首を傾げられる。
いろいろと交渉を進め、私もにわか知識で説明する。
とにかくクッション性を高める構造なのだと。
「有益な技術と思われるなら、複製を作っていただいてかまいませんわ。職人さんの手で、より洗練されることを望んでいますので」
こういう技術は前世で誰が作ったのか知らない。
ただ国に広めるには一工房では足りないのはわかる。
ゲリラ的に各地でこの技術を広めていけば、一気に流行を生み出せるかしら。
縮地と筋斗雲を使えば、やってやれないことはないわよね。
特許商売じゃないから実入りにはならないけど。
私の個人資産が増えるより、サスペンション付き馬車が主流になって量産された方が、私の受ける恩恵は大きい気がする。
そうしたら安全性についても本職の研究が進むと思うし。
今これ、形だけを生み出して、構造を理解せずに利用しているだけだからね。
実は大きな問題を内包していたとしても、私がそれをわかっていない。
そのままだとちょっとね。
馬車工房に変化で生み出した馬車を預け、構造分析、設計図の書き起こしを依頼し終える。
馬に変化していた四健将二人を元の姿に戻し、近くで自由行動をさせることに。
「「ウキィ!」」
隠身法で姿を隠すのではなく、一人は私の肩に。
一人はヴィル様の頭に乗った。いや、なぜそこに。
「あはは」
定位置にするつもりはないのか、歩きながら位置調整し、目立たないように、かつ変化しないまま、ぬいぐるみ感を出して同行。
馬になってもらうよりは負担が小さいか。
独立型になったミニ・マインたちも、その活動になんらかのエネルギーは必要とするはずよ。
それは変化させたり、戦わせたりすると、多く消費されるはず。
問題はどこから充電しているかで、やっぱりそれは私からだと思うのよね。
なので長期間離れての運用だってできるけど、ある程度は私と距離が近い方がいいと思う。
格的に、ミニ猪八戒の単独活動可能時間は長いと思う。
ギフトの正体にそれくらいのパワーは内包していそう。
でも四健将はねー。ギフト『混世魔王』の、あくまで一部だったんだもの。
八戒ほどのパワーやスタミナはないと思う。
「フィナさんたちはどこへ行ったかしらね」
「そうだな。近場の宿へ行き倒れた人を運んでから、しばらく面倒は見るかな」
「フィナさんならまぁ」
「医者を呼んで任せたら、まぁ、あとは一緒にいても仕方ないとは思う」
「そうですね。それに体調自体はフィナさんのギフトで改善されていたみたいですし」
「なら、あとは食事かな」
「食事?」
「何が理由で行き倒れていたのかわからないけど、空腹で倒れた可能性もあるだろう?」
「なるほど」
「ウキ!」
と、そこで八戒キッドが声を上げる。食事という言葉に反応したわね。
「ヴィル様、私たちも昼食にしますか」
「はは、そうだね。ならどこかへ入ろうか」
「はい!」
「ウキ!」
それから食事を取り、街を散策しつつ、宿方面へ移動。
前世と比べれば娯楽施設はそう多くない。
デートだな、と思いつつ、私たち国王陛下からの特命を遂行中。
そこまで羽目は外せない。
「平和ですねぇ」
「そうだね」
どうしよう。私の推測が的外れすぎて、この地では何もなかったら。
いや、それはいいことだ。いいことではある。若干、私が気まずくなるが。
別にこの活動に当たって、大々的な予算をもぎとったわけでもない。
外してもそこまで怒られはしないだろう。……とても、がっかりさせるだろうけど。
「マイン」
「……はい」
「何もない、平和なことはいいことだよ」
「……ヴィル様」
「俺は騎士でもあるからね。騎士は有事の際に頼りになるだろう。だが、平和な時は鍛錬してばかりで、街歩きをすることだってある。どの店の子が気になっていて、いつ告白するんだなんて仲間内で盛り上がることだってある。そういうものだ」
私の不安を察してフォローしてくれるのね。
……騎士たちは平時の鍛錬がメインの仕事だ。衛兵と協力し、街を見回ることもある。
すべてが今の私と同じとは思わないけど。でも。
「今の私たちの活動だって立派に王国のため、ってことですね」
「そういうことだね」
「ふふ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「ウキ!」
なぜか八戒キッズにも慰められる私。
まぁ、貴方はそういうところ気にしないわよね。八戒でも、ミニ・マインでも。
さてさて、デートメインだと浮かれるわけにも、これではなんの役にも立たないと凹んでばかりもいられない。仕事をしなくちゃね。
海難事故が多発している件についての聞き込み調査だ。
メインの聞き込みはもちろん港付近でしょうけど。
こちらにも話は回ってきているはず。
街歩きをしつつ、そういう聞き込みを続けながら時間をすごした。
「海難事故とは別なんだけど、あれも気になるわぁ」
「あれ?」
そうして聞き込み調査している中で、妙な証言を拾うことになる。
「北側の土地に大きめの湖があるのだけど。そこがね、凍りつくのよ」
「……凍りつく?」
「そう。まだ冬にもなっていないのに、凍りつくようになったの。近隣だと、あそこから水を引くこともあるし、魚を取ることもある場所なのよね。あれは困るわねぇ」
「それは今も凍っているのですか?」
「それがねぇ、日によって変わるのよ。いったい何が原因なんだか誰にもわからなくて……。領主様にも報告をしているそうなんだけど、領主様だってそんなことどうしていいかわからないわよねぇ……」
と、このような証言だった。
「マイン、さっきの話に心当たりはあるかい?」
「湖ではありませんが……水場が凍るというエピソードはありますわね」
西遊記において三蔵一行の旅は長い。
当然、冬場でも旅を続ける描写があるし、寒い地方に寄る場合もある。
ただ、湖……川が凍りつく、といったエピソードに思い至るのは一つ。
通天河という、簡単には渡れないほどの広大な河での話だ。
河の近くの村に立ち寄った三蔵一行は、宿を借りたいとある屋敷に願う。
そこでは前供養なるものを行っていて、霊感大王という者が雨を降らせてくれる代わりに人身御供を求めているという。
悟空と八戒が、生贄となる子供たちの身代わりとなり、子供らの姿に変化し、生贄を食べに来た霊感大王を返り討ちにするものの取り逃がしてしまう。
逃げた霊感大王は、三蔵一行のことを知り、三蔵法師をどうにか食らいたいと思って、部下からの提案を採用する。
それは通天河を凍らせ、如何にも向こう岸まで渡れるようにしたことで、三蔵一行が河の上を通ることを待つ作戦だ。
いざ、三蔵一行が凍りついた通天河の上を行くと、逃げられない場まで来たところで、凍っていた通天河がヒビ割れてしまった。
悟空は空中に逃がれ、沙悟浄と八戒は水中で活動して、どうにか水から上がれたものの、三蔵法師は誘拐されてしまった……。
とまぁ、こんな感じのエピソードとなっている。
「……という感じの話です」
「湖の凍結はその『霊感大王』のギフテッドの仕業かな」
「それは……まぁ、今までの感じだとそうですかね」
もちろん、普通のギフトで氷雪系のものの可能性はある。
あと何度も言うけど、この世界は一応、魔法もある。物を冷やす系も生活魔法にはあるの。
とはいえ、この世界の魔法は湖を凍てつかせるなんて出力ではない。
十中八九、ギフトによるものだろう。異常気象でもなさそうだし。
これもメタ読みというか、ここまで来て、しかも西遊記に該当エピソードがあるのなら、流石にそれだと思う。
ノーマルギフトの氷雪系なんて方が、もうイレギュラーだわ。
「フィナさんたちや、ラグナ卿はこのイベント、引いたかしら?」
これで私が一番乗りだったら〝難〟を呼び寄せているのはフィナさんじゃなく私……?
いやいや、そんなはず。でも、西遊記ギフト蔓延る世界で孫悟空なのよねぇ、私って。
「ウキィ?」
「……確かめてみるしかありませんね」
「そうだね。じゃあ、行ってみよう」
私とヴィル様は問題の湖へと向かうことになったの。
私たちって、けっこう湖に縁があるわね。




