166 道中
問題なく馬車に皆を乗せて移動中。
「平和に行けそうねぇ」
「何か起こると思っていたのかい?」
「ウキ?」
御者席の隣に座るヴィル様。そして、なぜかその膝の上に座るミニ猪八戒。
なぜ、そこに。
背もたれがあるから肩に乗りにくいのかしら。
「今回は戦力が充実しているから多少の襲撃は、むしろ来てくれた方が潰せるかもと思いまして」
「……ヴォルテール卿はそんなに強いかい」
「かなり頼りになると思いますが問題はあります」
「問題?」
「死にそうなんですよね、ラグナ卿」
「うん?」
「おい、カーマイン、聞こえているぞ」
ラグナ卿が馬車の中から声をかけてくる。
馬車内と御者席は、わりと大きく開いた窓でつながっているので、馬車を走らせながらでも会話できるのよ。
「死にそうというのは?」
「ラグナ卿は、ちょっと強すぎるから……?」
「強すぎるから?」
これをどう説明したものかしら。
いえ、説明はできないわ。本当に『死にそう』でしかないのよね。全部、私の感覚。
「私は、ある推論を元にアイゼンハルト領の魔獣災害でヴィル様が犠牲になる可能性を危惧して、それであの時、あの場に駆けつけてヴィル様と一緒に戦うことになったんですけど」
「ああ」
「それと似たような話ですね。ラグナ卿は、ヴィンセント殿下たちが黒水晶一派と表立って戦う時に裏で殺されていそうだと思っています」
「……かなり攻めた言葉だと思うけど、なぜそう思うんだろう?」
「言葉にすればするほど信憑性がなくなるので、ちょっと言いにくいんです」
「……そうか。ただ、それは確実な予言というわけではないのかな」
「はい、それはもう。絶対に死ぬとか、そういう予言じゃないです。なので死なないようにしてほしいなぁ、という話ですね」
これ、説明した方がいいかしら。
……だめね。上手く説明できる気がしないし、納得させられる気がしないわ。
実際、私に該当する乙女ゲーの知識はない。ないが、当たっている。
まぁ、孫悟空も『やや、こいつはあやしいぞ』で動く時、あるし。
決めつけているだけも多いけど、そんな感じよ。
それよりも影響があるかもしれないから明かしておこう。
「ラグナ卿」
「なんだ?」
私は馬車の中に話しかける。
「これ、影響があるかはわからないんだけど。貴方のギフト『聖嬰大王紅孩児』って、黒水晶一派のボスとして想定している敵、『平天大聖牛魔王』の息子なの」
「……息子?」
「そう、息子。だからってギフトの影響がラグナ卿自身にどの程度あるかは不明」
「そうか」
「貴方のギフトの最終形態は、頭と両腕、両足に金の輪、金箍児がつけられた状態よ。そうなった時の名前は『善財童子』。まぁ、これがギフトとして意味を持つのか不明だから、話半分に聞き流してもらってもいいけど」
ちなみに孫悟空と牛魔王は義兄弟の契りを交わしているので紅孩児は孫悟空の甥あつかい。
とくに血のつながりはないわ。おお、おいごよ。
「それは前にも少し聞いたな」
「ええ」
「まだ俺は強くなれるということだ」
バトル野郎の感想ね!
ジークヴァルトはむしろ、ラグナ卿にボコしてもらった方がいいのでは?
およそメインルートではエンカウントしなさそうよね、ラグナ卿とG4って。
だってヴィル様とは違った意味でジークヴァルトの上位互換じゃない、ラグナ卿。
「『物語』って言っていましたけど、その物語を元にしたギフトなんですよね、マイン様」
「そうね、フィナさん」
「どういう物語なんですか、西遊記って」
「ん? んー……」
語る? 語ろうか? 百話越えの原典・西遊記の物語を!
……無理ね。
「百話を越える長編物語で、独特な世界観、地域性を持つ物語よ。少なくともグラムザルト王国は舞台じゃないわね」
「百話……」
「しかも、この国にたくさん発生しているギフトが、私の知っている物語と同じ基準なのかは不明なの」
なにせ翻訳・解釈が文字通り無数にある物語よ。
同じ解釈、同じ設定かを突き合わせることは無理でしょう。
「それでも、決まっているパターン、大筋を説明するなら、猿と神父の物語ね」
「猿と、神父……猿」
「そう、猿。何を隠そう、私のギフトがその猿なの」
孫悟空と三蔵法師、どちらが主人公なのか? は、実はけっこう意見が分かれている。
日本向けだと確実に孫悟空が主人公だろう。
でも、原典だと、はたしてどちら? という。まぁ、だいたい孫悟空な気がするけど。
今世においては、その議論はあまり関係あるまい。
なにせ両方ともルートのラスボス枠の可能性が高いから。
私は馬車で移動しながら、ざっくりとした西遊記のあらすじを伝えておく。
別にただの雑談よ。
西遊記自体は今世で発生する〝難〟を予測する要素の一つにすぎない。
難の元になっているのは西遊記系ギフトによるものかもしれないけど、大筋はそっちじゃないのよ。
「フィナさん」
「はい、マイン様」
「実は私、貴方を基準にして予測を立てているの」
「え? 私を?」
「そう。貴方が特定の条件下でどう動くかを基準に先読みをしているわ」
「どうして私を」
「貴方か、或いは私が、難……トラブルに巻き込まれる運命にあると思っているわ」
「トラブルに?」
「旅をしているとトラブルから寄ってくる運命にあって、それを助けるためのギフトかなぁって」
「マイン様が以前、おっしゃっていた正義の味方をするというのは、もしかして私を助けてくださる、ということだったのですか?」
あったわねぇ、そんなこと!
教会で彼女と会った時、私は〝徳を積む〟決意を固める話をした。
その方向性を、フィナさんには正義の味方をやるという形で伝えたのよね、確か。
「それが私に必要だと思っているわ。ただ、今は半々かも」
「半々?」
「私がこのギフトで助けないといけない、義理のある対象は別にいる可能性が濃厚だから。その人……その存在と会ってみないことにはなんとも」
私の頭には緊箍児が嵌められたままだ。
私の大目標は、この緊箍児を外すことにある。
そのために徳を積み、難を解決しようと動いてきた。
しかし、原典とは異なり、明確な旅の終わりがわからない。
天竺なんてこの世界にはおそらくないだろう。
このままだと一生、金の輪を頭につけたままになってしまう。
ただ、今すぐ王国を離れて旅立つよりも、この西遊記ギフト蔓延るご時世で、各地の救済活動に勤しんだ方が、ずっと難を乗り越えることにつながりそうだと思っている。
乙女ゲーム期間でボスを倒し、ハッピーエンドに漕ぎつけることが緊箍児外しにつながる、と。
とくに牛魔王が人々に迷惑をかけているっていうんなら、なおのこと無視はできない。
「その存在というのはどこにいるかわかるのかい?」
「教会関係者かな、とは思いますが、そちらもなんとも……。今回、ヴァレンシュタイン領に行くのは私の推論、仮説を証明するために行くようなものです」
「では、何が待っていると考えているんだ、カーマイン」
ラグナ卿が問うてくる。
「……なんらかの形で、黒水晶一派がもたらす災いに関わってくる、と考えている存在。それは彼らの言葉で言うならば異界神、異界から現れた神、となるわ。この子と一緒よ」
「ウキ?」
ヴィル様の膝の上に座っているミニ猪八戒を撫でる。
「ヴィル様と私は、この子の大元となった存在と対峙しているの。バカでかい巨人だったけど、たぶん、これから出てくるのもそうだと思う」
まだわからないけど。
「名は?」
「名は……『捲簾大将沙悟浄』。彼らが勝手に信仰しているだけじゃなく、本当に神様の仲間入りをしている存在ね。それを言ったら私や、ラグナ卿のギフトもそうだけど……」
「そうなのか?」
「ええ、善財童子というのは神様に弟子入りしたあとの名前よ」
「はは! 神に弟子入りか!」
ラグナ卿は愉快そうに笑う。まぁ、それだけ聞くとその反応よねぇ。
「ギフトの特徴などわかるかい、マイン」
「それは……わかりますけど、方向性だけです。ギフトとして正確な能力が合っているか」
「その方向性だけでいいよ。それだけで覚悟はできる」
「……そうですね。まず、一番特徴的な見た目が、首にかけられた九つの髑髏です」
「九つのどくろ?」
「ええ、頭蓋骨と言いますか、人間の頭部の骨が九つ、首飾りになっています。その骨は、とても偉い神父の骨で、あらゆるものを沈める水にさえ浮かび上がる性質を持っています」
ちなみにこの九つの骨は、三蔵法師の前世のものらしい。どういうこっちゃ。
「なんだそれは?」
「まぁ、そうなのよ。……で、他には武器を持っています。『降妖宝杖』、棒や槍的な武器ですが、ちょっと見た目は自信がありません。三日月状になっている刃が先端についている長物の武器の可能性が高めですけど。月牙鏟ですね」
沙悟浄の武器といえば、あの三日月型の刃がついた長物が有名だけど。
あれは後世解釈によるものという説もある。
この世界だとどうなるのか未知数だ。
「強みは、水中戦です。私の『孫悟空』はあまり水中での活動は得意ではないため、水の中で戦う役目を担っています」
「水中……それは物語においてそうであって、現実では?」
「……おそらく海難事故に関係しているかな、と」
「そういうことか」
「はい。また、元々が武官なので武芸にも秀でているはず。あと私と同じように雲に乗れます」
「……厄介だな」
「ええ、本当に。加えて、前回の例を踏まえると巨人かもしれません」
「ああ……」
私とヴィル様は、自然とミニ猪八戒に視線を向ける。
「ウキ?」
絶賛、道中用に用意したおにぎりを頬張り中のミニ猪八戒が首を傾げる。
ヴィル様の膝の上に座っている、私に似た顔の、小さな女の子……。
このシチュエーションはかなりアレでは。
「倒せたら私のギフトの仲間入りができます。これはもう確実に」
猪八戒と四健将が仲間にできたんだもの。沙悟浄が無理なんてことはないでしょう。
やったね、ミニ・マイン! 仲間が増えるよ!
「で、それが一番、対処すべき大ボスとして、ですね」
「他に何か?」
私はヴィル様に頷いてみせる。
「今回は縮地で飛ばしましたけど。王都からここまでの道中で、ベラゴート伯爵家のようにトラブルに遭っている領地があるかもしれません」
黒風大王、黄風大王などがジークルートで出てくる中ボス。
金角大王、銀角大王はラグナルートで出てくる中ボス。
このように考えると、ジュリアンルートでも道中に西遊記系がいてもおかしくない気がする。
「けっこう水難系の敵は出てくるのが多くて……、もしかしたら、まとめて海にいるかも」
西遊記って、けっこう大河に道中を阻まれるのよねぇ。
「私としては道中で出てくるだろう敵を後回しにして、大ボスである沙悟浄が完全に目覚める前に撃破、または確保。そのあとで道中の敵を片付ける方がいいかな、と」
なにせ今回はヴィル様だけでなくラグナ卿とフィナさんが同行している。
こっちには孫悟空の私と猪八戒、四健将。
ゴリ押しでラスボスを撃破して強化してしまえば、道中の敵は楽ができるっていう寸法よ。
……あれ、これってよくない考え?
難を楽して乗り越えることをお釈迦様は望まれていない……。
いやいや、それは西遊記であって、こっちは国難に立ち向かう聖女一行なのよ。
私たちが楽をしたからって民に被害が増えるとなるのはおかしい。
あれこれ話しながら道中を進んでいると、ヴァレンシュタイン領にあっさりと入ることができたわ。今回は検問とか、そういうのはないみたい。
聖女がいるのにこんなにあっさり!
やはり縮地で降りかかる難をスキップ作戦は当たりか。と、そこで。
「待てぇえい!!」
ビリビリと響くような大声!
「ひゃっ……」
「マイン」
ヴィル様が私を庇うように手を添え、音のした方向へ目を向ける。
「なんだ?」
ラグナ卿が興味深そうに車内から顔を出す。
変なところから顔を出さないで!
あと貴方の体格だとその窓は、狭いでしょうに!
「その馬車、止まれぇえい!」
うるさいわね、何事よ?
私たちの馬車はなぜか大声で怒鳴る男に止められたのだった。




