165 馬車変化
「ここは、まだヴァレンシュタイン領ではなさそうですね……」
「そうね」
「カーマイン、ここに跳んだ理由は何かあるのか?」
「人目につかない縮地ポイントで一番近いからよ、ラグナ卿。港がメインの領地でいい感じの場所が見つけられなかったの」
さて、人目を避けた縮地ポイントで、山中といってもそこまで深い場所ではない。
とはいえ、ここからずっと歩きでヴァレンシュタイン領に入るというのも微妙だ。
いえ、ヴィル様、ラグナ卿、エミリアはいけそうだけど。
フィナさん、ジュリアンさん、ヴァレリア殿下は厳しいでしょう。
「まずは馬車の調達かしら」
「お前のギフトで運べないのか?」
「んー……。厳しい感じがしたから、やめておいたの」
「そうか」
別に制限があるってわけではないと思う。
ただ、なんか微妙な気がしたのだ。理屈もあるけど勘が近いかも。
これはアレかしら。西遊記で、縮地を使って楽な旅! とかしたら仏罰が下りそうだから?
そんな気はするわねぇ。
それをいったら、ここまでのファストトラベルもどうかと思うけど。
最速で領地に入った方がいいはずだから、お釈迦様には許していただこう。
「殿下には休んでいてもらい、俺たちで馬車を確保してこようか」
「うーんと」
私はヴィル様の肩を見る。
「ウキ?」
ヴィル様の肩に掴まっているミニ猪八戒。
態勢的に当ててんのよ状態だけど、流石にミニ猪八戒を意識はしないか。
ミニ四健将たちも、もちろんついてきている。
「貴方たち、周辺の索敵をお願い。危険がありそうならすぐに報せて」
「「「「ウキ!」」」」
ミニ四健将たちが、ミニ筋斗雲に乗って飛び立っていく。
ミニ猪八戒はヴィル様の肩に掴まったままよ。
「ラグナ卿、手頃な木を一本、へし折ってくれる?」
「木?」
「ええ、倒木があるなら、それでもいいけど」
「かまわんが、何に使う?」
「馬車の代わりに」
ラグナ卿はピンと来たのか、近くにあるめぼしい木を見繕う。
「倒木の方がいいのですか、マロット公爵令嬢」
「ん?」
ジュリアンさんが眼鏡の真ん中を片手の指で押し上げながら尋ねてくる。
「すでに倒れている木を探せというなら、探させます」
ジュリアンさんが黒い犬を二匹、呼び出す。
なるほど、こういう探し物系はジュリアンさんのギフト『真理の探究』の得意分野ね。
「じゃあ、環境破壊もなんだし、頼もうかしら」
「なんだ? 俺の出番は後回しか、カーマイン」
「ええ、ラグナ卿。悪いわね」
「かまわん」
「……くぅん」
「ん?」
ジュリアンさんの使い魔である黒犬が私だけじゃなくラグナ卿の前でも大人しくなる。
「なんだ、こいつらは」
「この子たち、ギフトの強さを見抜いているっぽいのよね」
私は黒犬の前にしゃがみ、頭を撫でてみる。大人しい。
これやると、この子たちからすれば恐怖かしら。
ラグナ卿のことも強者と認めているらしい。流石は紅孩児。
「味方としては、ちょっと頼りないわねー」
如意棒で脅して言うことを聞かせられるのは利点かもしれないけど。
味方として動くならばその必要はない。
むしろ、これでは敵の脅しにも屈するのでは?
「なぜ、人のギフトを手なずけているのですか」
「手なずけているわけじゃないんだけど……ほら、行きなさい」
「きゃうん!」
黒犬たち、普通は体が大きめで怖いんでしょうけど、私の前だと可愛いのよね。
「八戒」
「ウキ? ……ブヒ?」
「いちいち言い直さなくていいのよ。貴方、あの子たちについていって、倒木を見つけたら運んできてくれる?」
「ウキ!」
ミニ猪八戒は、ヴィル様の肩でシュタッと立ち上がったあと、ミニ筋斗雲に乗って黒犬を追いかけていく。
素直ねぇ。
原典の八戒だったらもっと、ぶーぶーと文句を言いそうなところなのに。
やっぱり元がミニ・マインだからかしら。
しばらくすると四健将と八戒、黒犬たちが全員戻ってくる。
どうやら周辺にあやしい気配はなかったみたいね。
まぁ、どう考えてもこの地点にいきなり聖女一行が出現するとは誰も思っていまい。
敵が待ちかまえているパターンは流石にないわよね。
さて、大きめの倒木が一本と、周辺から搔き集めた枝や石。
私は、これらに向けて人差し指と中指を組んだ剣指を差し向ける。
「七十二変化! サスペンション付きの馬車!」
素材が見る間に姿を変えて、一台の大きめの馬車へと変化する。
以前、ちらりと考えたサスペンション付きの馬車だ。
「「「おお……」」」
私だけではなく、他のみんなからも感嘆の声が上がる。
上手くできているのかしら?
車体下部の構造を見てみる。うーん、わかんない。
孫悟空の能力、七十二変化は、自分自身だけではなく他人や物も変化させることができる。
また以前、私は釈迦如来像に変化してみせた。
当然、正確な構造など理解していないのに、だ。
私には科学的な知識や知恵がない。
たとえば、蒸気機関車などを今世で作ろうったって無理だ。
蒸気機関がどう動くのかを知らないし、車体の総重量はどこまでが許されるか、レールをどのような形で加工するべきか、材質は何がいいか、どんな幅で配置するべきか、あのレール周辺の小石が敷き詰められているのにはどんな効果があるのか。
そういった科学的な根拠がわからない。
でも、七十二変化なら『完成物』を問答無用で再現できる。
科学的な根拠を知らない、〝形だけ〟は生み出せるというわけ。
あとは、これの構造を職人に分析してもらえば、今世でもいい感じの馬車ができるかも。
これをもって私の異世界チート、完成である。
本家の孫悟空は馬車なんて作らない。ギフトを授かった私ならではの一品よ。
……調子に乗ったら仏罰が下りそうなので、ほどほどにするとして。
「四健将、二人は馬に変化して馬車を引いてくれる? 残りの二人は念のため、一緒に馬車の中に乗って、もしも崩れた時は中の人を助けて。エアバッグに変化するでも、筋斗雲に乗って中の人を掴んで浮かせるのでもいいわ」
「「「「ウキー!」」」」
四健将たちは私の指示通りに動き、立派な二頭立ての馬車が出来上がり。
「すごいです、マイン様!」
「まぁ、このギフトがあればこれくらいはね」
私は馬車内ではなく、御者席に座る。
流石に四健将が馬になっているなら私が御者よね。
ちなみに私たちがいた場所は、山中といっても一応、山道がある場所よ。
縮地ポイントから少し移動したところで山道があるの。
「じゃあ、みんな乗って」
「えっと、いいのでしょうか……」
「もちろんよ、フィナさん。みんなも遠慮しないで」
「……はい、わかりました!」
「ヴァレリア殿下、手を」
「ありがとうございます、小侯爵」
ヴィル様が率先してヴァレリア王女殿下をエスコートし、馬車に乗せる。
その姿を見て、紳士的だな、という格好良さを感じるとともにチリッと胸に刺さるような感情を抱く。
流石にマナーとしての行動なのだから、ここでモヤつくのは大人気ない……。
でも、ここはジュリアンさんあたりが率先して動くべきだったのでは?
いえ、彼も他に好きな人がいるわけなんだけど。
「セラフィナ嬢」
「ありがとう、ジュリアンさん」
ジュリアンさんはフィナさんをエスコート。
「エミリア」
「はい、ありがとうございます、ラグナ様」
ラグナ卿はエミリアの手を引いて。
……ちょっとー、このパーティー、私がぼっちみたいじゃない?
誰よ、このメンバーを集めたのは。私か。
「座り心地はどう? 皆さん」
馬車は箱型というか、きっちり四方を囲まれて、屋根があるタイプ。
御者席側に窓付きで、乗っている人と交流できる形ね。
「クッションがきちんと敷かれていて、ちゃんとした馬車になっていますよ」
「それはよかったわ。できれば走っている最中の感想もお聞かせください」
「走っている最中ですか?」
「揺れの少ない構造になっているはずなんですけど、実際はどうかわからないので」
乗っている側で確かめたくはあるけど、ここはまぁ仕方ない。
あとで試してみましょう。
「じゃあ、俺はこっちでいいかな」
「え、ヴィル様?」
気づくとヴィル様がすぐ横に来ていた。ホワイ?
「こっちって御者席ですか」
「うん。マインと交代で御者を務めよう」
「いえいえ、そんな、ヴィル様にそのようなことをさせられないので」
「……マイン、時々、君が公爵令嬢であることを君自身が忘れていないかい?」
「あ」
そうです。私が公爵令嬢です。
男爵令嬢、子爵令嬢たちを乗せて、御者を率先しようとしていた公爵令嬢でございます。
……私の前世、絶対、一般庶民だったんだろうなぁ。
今世の意識の方がメインなのだけど、どうにも時々、庶民根性が発揮されてしまう。
孫悟空なら、もっと傲慢なはずよ。
「なに、かまうまい。俺が隣に座ろう」
「ラグナ卿? 貴方まで何を」
狭いのかしら、車内。背が高いし、体格もいいものね、ラグナ卿って。
「いや、俺がマインの隣だよ、ヴォルテール卿」
「小侯爵を御者席になど座らせられん。俺などは、たかが一貴族の息子にすぎんから気にしなくていい」
「はは、それなら俺のことも気にしなくていいよ」
こ、これは……?
まさか伝説の『やめて、私のために争わないで!』状態……!?
ヴィル様とラグナ卿がにこやかに視線を交わし合う。
私は、ドキドキしながら両側の二人を見る。
馬車の中には今、四人。
ヴァレリア殿下、フィナさん、エミリア、ジュリアンさん。
ちらりと確認すると馬車内のスペースに余裕はありそうだ。
あと一人くらいは座ってもいいはず。というか二人とも座って大丈夫だ。
幸い、ヴァレリア殿下はフィナさんたちが隣の席に座るのを快く受け入れてくれている。
でも、ヴィル様とラグナ卿が私の隣を奪い合おうとしている。
私、これからどうなっちゃうのー!?
「ウキッ!」
そこでミニ猪八戒が飛び出し、私の隣にドン! と座ってみせた。
「ウキー!」
私たちは三人とも、ミニ猪八戒に視線を集める。
ふてぶてしく、ここは自分の席だと主張するかのよう。
くだらない争いをやめろ、とでも言いたげだ。
「ふふっ、八戒、貴方ね」
「ウキィ」
こんな仲裁とかするのね、この子。
『まぁまぁ、兄貴、ここは一つ、俺が座るってことで手を打とうじゃないか』と。
「ははは、これは一本取られたな」
「違いない。こいつに出てこられてはな」
「とはいえ、マイン一人に御者を任せるのが負担だと思うのは確かだ。ヴォルテール卿、交代で手を打たないかい?」
「それでいい。ここは先に声をかけた小侯爵に譲るとしよう」
どうやら二人とも本格的な争いをする気などなかったらしく、あっさりと決着。
ラグナ卿は笑ったあと、素直に馬車の中へ入っていった。
「じゃあ、マイン、行こうか」
ヴィル様が私の隣に座る。
御者といっても馬二頭は四健将が変化したものよ。
だから、手綱による操作はあんまり意味がない。口頭で命令を聞くし、自己判断もしてくれる。
ただ二人して前の座席に座っているような感覚ね。
「はい、ヴィル様」
手をつながられるわけでもないけど、なんだか隣に座っているだけでドキドキするわね!
中学生の恋じゃあるまいし、いや、でも……ふぅ。
「じゃあ、みんな行くわよ!」
私は誤魔化すように声をかけて、馬車を進ませた。
幸い、問題なく動くようでサスペンション付きの馬車は好評だったわ。




