163 幕間 アイゼンハルト家の兄弟
「兄上」
ジークヴァルトは兄であるヴィルヘルムに声をかける。
場所は王宮だ。
同じ銀色の髪、似た顔立ちの兄弟だが、性質は大きく異なる二人。
王家に呼び出され、隣国であるレイシェル王国の女王とその従者に引き合わされた。
その場になぜかヴィルヘルムも控えており、隣国の従者と決闘をすることになった。
それだけならば、まだ飲み込めた。
だが、その決闘の前に見せたヴィルヘルムの言動も、またその戦い方もジークヴァルトは納得がいかなかった。
彼が気にしているのは何よりもその戦い方だ。
兄らしくない。それがジークヴァルトが感じたことだ。
それから王国の行く末を決めるだろう会議において、多くのことが決められた。
その中心にいたのは……。
「なぜだ?」
「……何がだい?」
ジークヴァルトの問いかけにヴィルヘルムは微笑みながら問い返す。
「全部だよ! なぜ」
王宮にいるのか。
ギフテッドに負けるつもりはないような言葉は、どういう意味なのか。
何よりジークヴァルトの耳にも入っている噂がある。
ヴィンセント第一王子の婚約者候補、カーマイン・マロット公爵令嬢。
彼女は今、ヴィンセントとの縁談を解消し、ヴィルヘルムと縁を結ぶような動きを見せている。
彼らの父親であるアイゼンハルト侯爵は容認していた。
何より、他ならないヴィルヘルムがその縁談に乗り気の態度であるという。
どこで、いつ知り合い、なぜ。
「おかしいだろう、何もかも」
「ふふ、ジーク。それじゃ何を聞きたいかわからないよ」
「……だから!」
ヴィルヘルムは穏やかな性格をしているとジークヴァルトは思っている。
騎士としての実力に優れ、それは王宮騎士団の長でもある彼らの父親が認めている。
それどころか王家からも評価されていることだって知っていた。
ジークヴァルトがギフトを授かったことで、アイゼンハルト家の家督争いが生じていた。
二人が望んだことではない。
ジークヴァルトだって兄よりも自分の方が侯爵に相応しいなんて思ってもいない。
ギフトを授かった彼は、その力を発揮し、いずれ王となるだろうヴィンセントの騎士になる。
家督は兄が継げばいい。
たとえ誰が、それに反対を示したってそれが当たり前のことだ。
厄介なのはヴィルヘルムの元婚約者で、家同士の契約をしているというコーデル伯爵令嬢だ。
ジークヴァルトからアプローチはしていないが、コーデル家が自分たちの継承に干渉していることはわかっていた。
「なぜ、あの女を?」
ジークヴァルトはカーマインのことが気に入らなかった。
ハズレギフト、ギフトの授かり損ないであることも気に入らなかった。
それなのにヴィンセントの婚約者候補に据えられることだって。
授業での試合も屈辱を味わわされたが、あの時は油断しているだけだと思っている。
「それはマロット公爵令嬢のことを言っているのかな」
「……そうです」
「ジークは、なぜ彼女を嫌っているんだい?」
「それは!」
なぜ。何が気に入らない。ハズレギフトだから? だとしたら。
「今まではハズレギフト扱いだったギフテッドも強力な力を有している場合がある。それはもう、理解しているんだろう?」
「……はい」
ジークヴァルトたちは隣国から来た女王の従者、バンセイに試合で負けている。
バンセイもギフテッドであり、その力は……かつて見たカーマインの力によく似ている。
雲に乗って空を飛び、生み出した鉄棒を振るうギフト。
おそらく身体能力なども向上する類のギフトだろう。
ジークヴァルトたちが敗北したその相手に、ヴィルヘルムは勝利している。
そのこともジークヴァルトに敗北感や劣等感を与え、悔しいと感じていた。
「言葉にできない、かい?」
ヴィルヘルムが弟の心を見通したかのように微笑む。
「まぁ、それはジークの気持ちだ。否定はしないけど、俺に何かを言ってこられても困るかな」
「……! あの戦い方はなんですか!」
「ん?」
「兄上はあんな戦い方はしませんでした! 誰よりも立派な騎士であり、正々堂々と戦う方です! しかし、あの時の兄上は……!」
「戦い方なんて決めるものじゃないだろう。とくに真剣な、殺し合いのような戦いなら尚さらね」
「いいえ! あんな戦い方をするのは兄上らしくない!」
騎士ならば誰もが憧れるような、理想的な騎士。
それがジークヴァルトにとっての兄、ヴィルヘルムだった。
家督を継ぐ予定がないならば近衛騎士に選ばれていただろう。
そんな兄のことを尊敬していた。憧れもあった。
だから。
「ギフテッドたちの戦いに置いていかれないためには手段なんて選んでいられないからさ」
「……!」
ジークヴァルトにとってギフトとは、そんな兄よりも自分が優れている点がある、という拠り所だった。
嫌いなのではない。憧れさえも抱いている兄。
誇りだった。理想だった。だが、兄弟だからこそ。
なぜ、己は兄のようになれないのか、そんな気持ちをずっと抱えて生きてきた。
ジークヴァルトが自覚している以上に、ギフテッドであることは彼にとって大きなことだった。
「でも兄上なら、あんな戦い方をしなくても!」
「なりふりを構っていられないからね。ジーク、ギフテッドであることを誇りにするのはいい。でも俺は、ギフテッドでないことを諦める理由にする気がもうない。……ただ、一生懸命になっているだけなんだよ、俺は」
「一生懸命……?」
ジークヴァルトはまるで動じていない、微笑みを浮かべたままの兄に困惑する。
「思えば今までの俺は、すべてが流されるままでもかまわないと思っていたんだろうな。でも今は違う。欲しいものができた。追いかけること、全力を尽くしただけじゃ足りない、それ以上を求めること。それが意外と楽しいと気づいたんだ。だから、ジーク」
ヴィルヘルムは弟に笑いかけた。
「俺は必要なら侯爵位だってジークから奪うよ。コーデル家が邪魔なら排除だってしてみせる」
「な……」
「戦い方だって変える。騎士らしい、正々堂々とした『綺麗な敗北』なんかで納得する気はない。何がなんでも勝利を掴む。足踏みしている余裕がないからね。彼女の隣に立つために」
ジークヴァルトの目の前にいるのは理想の騎士ではなかった。
たとえ命を失っても綺麗な、聖騎士のような男ではなくなっていた。
そこにいたのは、もっと。
「ふふ、そういう意味では、やっぱり俺とジークは兄弟で、父上の息子なんだな」
「何を……」
「とても単純なことだよ。好きなことに熱中している。それに懸けている。俺は、思っていたよりずっと単純な人間だったらしい」
「兄上は……そんな人間では……」
「誰かの理想に殉じる気は俺にはないよ、ジーク。俺にも欲しいものがあるんだから」
ジークヴァルトは言葉にできなかった。
兄に対して抱いていた思いと、変わってしまった兄との違い。
どうしてほしい、ほしかったというわけではない。
憧れていた姿が、遠くに見えていた姿が、今はもう目の前にいて。
ただ以前とは大きく異なっている。それだけ。
以前のヴィルヘルムになら負けても当たり前だと思えた。
理想的な人物であり、たとえその姿に劣等感を抱いたとしても、兄はそういう人間だから仕方ないのだと思えた。
「俺は……」
「うん」
「今の兄上に……負けたくない……」
ヴィルヘルムはジークヴァルトがひねり出した言葉に一瞬、キョトンと呆ける。
そしてすぐに笑った。
「あはは、そうか」
ヴィルヘルムは弟の言葉を受け入れる。
ジークヴァルトにだって、きっとわからない感情なのだろう。
それを追及することはない。
「じゃあ、お互いにがんばろう、ジーク」
怒るわけでも、説得するわけでもなく、ただ穏やかに微笑むヴィルヘルム。
ジークヴァルトは言葉を返せず、ただその姿を見るしかできなかった。
再開します!
第六章 捲簾大将
よろしくお願いします!




