156 ヴィルヘルム・猪八戒vsバンセイ
「ウキィ!」
真っ先に突進していくミニ猪八戒。
いや、貴方が先にいくの? これ、ヴィル様とバンセイさんの決闘なのだけど!
ガキン!
黒い鉄棒と九歯のまぐわが打ち鳴らされる。
「ウキッ!」
術の多彩さでは孫悟空が勝つものの、猪八戒は別に弱くはない。
とりわけパワーでは悟空にもそこまで劣らないし、三十六変化の術も使える。
まぁ、あのミニ猪八戒はギフトのハイブリッドなので、どこまで猪八戒なのか不明だけど。
「ウッキィー!」
バンセイはあの見た目の猪八戒を相手に表情一つ変えず、冷静に打ち合う。
ヴィル様は、剣を抜いたままその様子を観察していた。
それは少し意外。連携して攻めるのかと思ったから。
「……どうした。使い魔に戦わせるのがお前の戦い方か?」
バンセイが挑発じみたことをヴィル様に投げかける。
「それでもいいのだけどね。流石にその子に慣れる時間は与えるべきだと思ったまでだよ」
「……卑怯な手も使うと言ったわりに律儀だな」
「まぁ、そこは女王陛下の御前だ。納得のいく卑怯と、そうではないものがあるだろう。とくに実力を示せと言われているのだから」
「そうか」
どうやら彼がミニ猪八戒という、イレギュラーすぎる相手に慣れる猶予を与えたらしい。
勝利だけが目的ならばそんなことはしないのでしょうけど。
まぁ、ヴィル様も言ったように、これは真剣なものながらも試合だ。
女王陛下が裁定を下すものでもある。
彼女やバンセイさんが認める勝利をすると。
「では、俺も参戦させてもらう」
ヴィル様は……私の知る範囲での騎士の構えを取らなかった。
それこそヴィル様は正統派な騎士の戦い方をしているイメージだったけど。
剣を抜いた彼は、地に伏す虎のように重心を低く構える。
右手に握られた剣は、地面に対して、やや平行にピンと伸ばされる。
……あれって、こう、あれね。棒術に近い技術?
戦う相手から武器の間合いが見えないよう、武器を平行に構えるスタイルだ。
正面に相対する相手には武器の姿が見えないが、実際は長物! という。
間合いを見誤った相手は、長い間合いに打ち据えられるのだ。
私のようにギフト頼りで振り回すより、きっとヴィル様が如意棒を振るった方が、よっぽど武芸として成立するんだろうな。
「シッ!」
そのスタイルのまま大地を疾走するヴィル様。
素人目から見れば、一瞬で距離を詰めたように感じる。
あのスタイルからなら剣を薙ぎ払うかと思えば、そのまま柄尻でバンセイが持つ渾鉄棍を打つ。
「ッ!」
渾鉄棍の振る勢いを殺し、返す刀で、剣で薙ぎ払われる。
受け手が間に合わないと判断したバンセイが攻撃方向に合わせて斜め後ろへ退避。
ヴィル様の攻撃を躱しつつ、当たっても威力が弱まるように。
「ウキィ!」
ヴィル様の正統派から外れた剣技とともにミニ猪八戒が飛び回り、追撃を加えていく。
即席ではない連携を感じる。
ミニ猪八戒も訓練をすれば〝成長〟するのね……?
成長というか、ヴィル様との連携に慣れさせたというか。
ミニ・マインたちは成長しない、実力が常に一定のものと思っていたわ。
四健将たちも何かを学ばせたら成長するのかも。
「兄上、あんな戦い方を……」
「今までのヴィルヘルムとは確かに違うな……」
見学しているジークヴァルトとヴィンセント殿下がそんなことを漏らす。
やはり、あの戦闘スタイルは普段からのものではないようだ。
キメラ戦からこっち、実戦を経て、ヴィル様が試行錯誤しているのだろう。
ヴィル様は今まで、きっと『理想の騎士』だった。
理想の騎士とは、王道の騎士剣術を振るい、その中で最も実力のある騎士のようなもの。
王道、正道、正統派、ゆえに誰もその姿に惹きつけられる。
でも、今のヴィル様は邪道ともいえる剣技みたい。
「……悪くはないが、言うほどでもない。自信を持つのはけっこうだが、この程度ならば」
「フッ……」
一瞬、剣と渾鉄棍が打ち合いになり、鍔迫り合いのような形になったところでバンセイが評価する。
ああ、これはあれじゃない? 元のヴィル様の方が強かったとか、そういう流れじゃ……。
ガギィン!
強く剣を押した反動を利用し、ヴィル様がバンセイから距離を保つ。
すると一転、ヴィル様の構えは、オーソドックスな騎士のものへ。
剣を両手持ちにし、脇を締めて利き手側に寄せる。
そのスタイルはおそらく長年、ヴィル様が鍛えてきたものだろう。
ピリリと気合が伝わってくる。
「ハッ!」
先ほどの低い重心からの突進という奇襲に近い形と違い、堂々と正面から叩き切るような動き。
「…………」
洗練されたその動きに、バンセイさんは動じず、打ち合う。
一筋縄ではいかない相手だ。かなりの実力者であることが素人目にも窺える。
その上、さらにギフテッド。
渾鉄棍を出す以上の何かがあるのか、それとも身体強化系かもしれないが……。
恵岸行者にこれといった目立つ特殊能力はないと思う。
肩書きはあれど、脇役でしょうからね。
「そちらの動きの方がまだマシだ」
「それはどうも」
長く鍛錬してきた正統派スタイルこそがヴィル様の実力を最も発揮するのだろう。
鍛えてきたことは裏切らない。
それゆえに評価も高い。
「だが、それでも、──ッ!」
まっすぐな太刀筋というものかしら。それが急激に変化し、バンセイさんの頬に伸びる。
バンセイさんは上半身をのけぞらせてヴィル様の攻撃を避けた。
「シッ!」
けど、さらに猛攻を続けるヴィル様。
……あれって、きっと王道と邪道の剣技を織り交ぜて戦っている?
緩急のついたその動きに、明らかにバンセイさんが押されているように見える。
二人分の剣技を相手にするようなもの、かしら。
「ウキィ!」
さらに周りを飛び回るミニ猪八戒!
あの子もあの子で、パワーはかなりあるみたいだから無視はできない。
ミニ猪八戒が前に出たところで、ヴィル様が大きく距離を取る。
一人の相手になった途端、バンセイさんがミニ猪八戒を思いきり打ち据えた。
ガキィンッ!
「ウキーッ!」
吹っ飛ばされるミニ猪八戒をヴィル様が片手でキャッチする。
「ウキィ」
バンセイさん、やっぱり強いわね。
敵キャラではないっぽいけど、私は微妙なポジションかしら。
「……それだけか? なら」
「これで勝負をつけよう。いくよ、『恵岸行者』バンセイ」
「む……」
ヴィル様は再び邪道の構えに。そこから。
「ハッ!」
「!?」
なんとヴィル様は手にしていた剣を投げつけた!?
予想外の一撃に意表を突かれるも、バンセイさんは渾鉄棍を振るい、ガキン! と音を鳴らして投げつけられた剣を払い落す。
「ウッキィイ!」
しかし、二の矢が飛んでいく!
私は見た! ミニ筋斗雲で飛ぶのではなく、ミニ猪八戒がヴィル様に、むんずと頭を掴まれて、投げつけられる瞬間を!
ちょっ、ミニ猪八戒の扱い!
「ウキッ!」
九歯のまぐわではなく、まさかの頭突きによる突撃!
「くっ!?」
流石にそれには驚いたのか、それともミニ猪八戒を気遣ってくれたのか、渾鉄棍で打ち払うのを躊躇してしまったバンセイさんが、たたらを踏む。
「大きくなれ!」
ヴィル様が無手でさらに突進、バンセイさんに肉薄しながら何事かを叫ぶ。
すると、なんということか。
彼の手の中で九歯のまぐわが大きくなり、ヴィル様が振るうサイズへと変化した!
そんなことできるの!?
私も知らないんだけど!
いや、できはするでしょうけど!
「ッ!」
ガッギィィ!
意表を突く三連撃により、両手で渾鉄棍を構え、完全な受けに回るバンセイさん。
でも、そのパワーと頑丈さで、どうにかヴィル様の攻撃に耐える。
最後の奇襲が不発に終わり、ヴィル様の敗北かと思った。
おそらく他の誰もがそう思っただろう。でも。
「……よく、」
「ぁああああああッ!」
「!?」
九歯のまぐわと両手持ちの渾鉄棍が打ち合った状態で、両手が塞がれたバンセイさんへ。
ヴィル様が……渾身の頭突きを食らわせた!?
「がッ!?」
不意の四連撃目にたまらずのけぞり、視界を奪われるバンセイさん。
そのまま目にも止まらぬ動きで、九歯のまぐわの先を渾鉄棍に引っかけて奪ってしまう。
「八戒!」
「ウキィ!」
ミニ猪八戒が阿吽の呼吸で、奪った渾鉄棍を持って上空へ逃走する。
ヴィル様が、大きくなった九歯のまぐわの先をバンセイさんの首元へ突きつけて。
「チェックメイト。……で、いいかい? 『恵岸行者』バンセイ殿」
「…………参った」
武器を奪われ、急所に狙いをつけられたところでバンセイさんが敗北を認めた。
ヴィル様の勝利だわ! きゃあ、格好いい!
いや、すごい。
感動と一緒に、ついつい『本当に勝つのかよ!』というツッコミを入れたい。
相手がギフテッドなど、なんのその。
もちろん普通の人間でもやりやすい相手というのはいるでしょうけど。
それにしたって……ねぇ? いやぁ、でも本当にすごいわ。
「……!」
勝利し、武器を引いたあと、ヴィル様は私の方へ視線を向けて微笑みを浮かべた。
ちょっとドキリとする。まるで私に捧げられた勝利かのようだ。
私はメイド姿であることも流して、パチパチと拍手を送る。
フィナさんもそれに合わせて拍手を。そして女王陛下も拍手してくれたわ。




