152 告白と
ヴィンセント殿下は私のストレートな申し出に目を見開く。
驚いているみたいねぇ。
フィナさんから少し聞いた旅や黒水河の難など、今日まで彼が体験してきたことから察するに、私ほどグラムザルト王国に対する脅威を感じていないのかもしれない。
けっこう真剣にヤバい気はするのよね。
それだったら孫悟空の私は、もっと各地を飛び回れるようにしておいた方がよさそう。
「……王宮に、マロット公爵家からの申し出は届いている」
「ええ」
「だが、面と向かってそう言われるとは思っていなかったな」
プライドを傷つけたかしら。
直接お断りするのって今世的な価値観じゃないかも。
私としては相応の誠意を示しているつもりなのだけど。
「カーマイン嬢が言ったように君は公爵家であり、有益なギフテッドだ。王家と縁を結び、その力を活かすことが高位貴族に生まれた者としての義務だと思うが……」
これは上から目線の命令口調というより、戸惑いながらの確認ね。
声は少し弱い。
「グラムザルト王国が平和な国であれば、私もそう考えたと思います。ですが、やはり現状、そういうことを言っている場合ではない、というのが正確かと」
「…………」
「フィナさんの『聖女』に適切な活躍の場があるように、私のギフトもまた適切な活躍の場があります。私は『有益なギフトを持つ公爵令嬢』ではないんです。私は『孫悟空のギフトを持つカーマイン』です。この際、私が私であることは二の次にしてしまったとしても『孫悟空のギフトを持つ者』が王子妃だなんだと、後方でお淑やかな活動をしている余裕は、きっとこの国にはありません。いわば、究極の前線向きギフトです」
ヴィンセント殿下に向かって私は改めて伝える。
「むしろ、フィナさんが王子の婚約者に据えられるなら、その護衛に私をつけてください。護衛だけをするに留まるギフトでもないのですが……このギフトを王子妃になる者が持っているのは本当に、宝の持ち腐れで、王国にとって不利益で、無駄です」
「そこまで断言するほど、か」
「ええ」
考え込むヴィンセント殿下。
「カーマイン嬢が心変わりをして別の男性と縁を結びたいからそう言っているわけではない、と?」
「心変わりも何もないと思いますが……」
そもそも、元から別にヴィンセント殿下に向けた愛情はないわよ?
今世的に『ああ、政略ね、はいはい』的なスタンスだった。
でも今は。
「確かに新たに望む縁談があり、それに殿下との関係は障害ではあります」
「……はっきり言うね」
「嘘をついても仕方ありませんから。ただ、本当に。そのことを横に置いても、私はこの先、やることがとても多いと思います。といっても、殿下を含め、フィナさんたちにも尽力していただく必要があると考えていますが」
「君のギフトは神のように強力で、すべてを解決できるかのような口ぶりだったが?」
「……殿下、拗ねています? もしかして」
表情は硬いままだ。弱さは薄まったが、少しむくれている雰囲気がある。
腹黒で冷徹な印象があったけれど、年相応な男の子の面もあるのねぇ。
「…………」
あ、私が指摘したことにより、余計に悪化した。
まぁ、でも少年心で反発しているだけなら軽く流させていただこう。
「……これは本来、話すべきではないのですが。殿下、こちらを見てください」
私は片手を頭にやり、変化で隠していた緊箍児を露わにする。
「……冠?」
「緊箍児というものです。こちらは私のギフトにより現れたものですが……残念ながら私に嵌められた枷のようなものとなっています。今、この金の環は私の頭から外すことができません」
「何を……?」
「かなり不敬ですが、お試しになられます?」
私は髪の毛を手で束ねて、スッと頭を差し出してみる。
「…………」
殿下は戸惑っていたけれど、おそるおそる手を伸ばし、私の頭に触れる。
「外せばいいのかい?」
「ええ、殿下が外すことができるなら、それはそれでありがたいので」
ワンチャン、王族なら外せるという可能性もある。
西遊記ギフトは印象が強いけれど、この世界で主導権を握っているのは、あくまでこっちのギフトの方で、格上なのも王族が有するギフトの方ということも?
「ん……。ん……、ぐっ、……!」
ちょっと痛い。緊箍児ごと頭が引っ張られている。
でも残念ながら、金の環は私の頭から外されそうになかった。
「……取れないね」
「はい……。少し残念です」
流石にダメかぁ。お釈迦様はこの世界でも偉大らしい。
「これが以前、私が恐れていた仏罰です、殿下。想定していたものの一つでしたが……現実となってしまいました」
「その金の冠が神から与えられた罰だと?」
私は首を横に振る。
「『斉天大聖孫悟空』は暴れん坊の猿の名前です」
「……猿?」
「このギフトの元になった孫悟空は暴れ回った罪により、神様に戒めを与えられました。それは五百年に渡る幽閉と、とある聖人の弟子となり、護衛の任務を果たす役割を背負うこと。その際に聖人の言うことをよく聞くように神は、この金の環を孫悟空の頭に嵌めたのです。この金の環はその物語の再現。私にとっての戒めは、殺しを禁ずることでした」
「……殺しを禁ずる」
黙っているべきかと思ったけれど、不正確な情報を与えて、変な采配を振られても困る。
敵は明らかなのだから、むしろG4は味方と換算してもいいはずよ。
一緒に行動するかはまた別の話だけど。
「ある程度の検証は済ませましたが、今のところ『ギフトを用いなければ殺せない相手を殺した時』か、『死なせるべきではない者を殺した時』に、この金の環は締めつけられ、私に強烈な苦痛を味わわせます。これがあるから、私一人だけではこの国に呼び寄せられた災いを退けられないと」
「…………」
「この金の環ですが、異界の物語では聖人の護衛を成し遂げ、多くの災難から救うことで、ようやく外れるものでした。物語の中では実に十四年を超える修行の日々だったそうです。私は、この物語から考え、『聖女』フィナさんが見舞われる災難から彼女を救うことが、この金の環を外すために必要な行為と捉えています。他にもグラムザルト王国に呼びこまれている災厄を打ち払うことや、悪用されている仲間たちのギフトを救出すること。あとは日々の善行が必要だと、そう考えています」
ここで一呼吸。ヴィンセント殿下の反応を待つ。
「……以前からカーマイン嬢は、聖職者のような物言いをすることがあった。それもその異界の物語とやらにちなんだ言葉だったと?」
「そうなりますね」
「嘘では……」
「ありません」
「……そうだろうね。嘘なら、もっともらしい嘘をつくべきだ。そのように何を言っているやらわからないことばかり捲し立てても意味がない」
ゆえに私の言葉は真実だ、と。そう信じてくれるかしら?
「カーマイン嬢は人が殺せないと? ギフトによる戒めがあるから」
「正確には殺せないというより、殺してしまった時に強烈な罰を受けます。正直、二度と味わいたくありませんし、その戒めが発動した際、私のギフトはすべて使えなくなるようです。戦闘不能・行動不能に陥りますので、どうしても協力者が必要だと痛感していました」
「……ギフト自体に枷があるほど強力なものだとしたら、王家としては把握すべきだ」
「もちろん、把握してください。ですが、口頭で説明していてはキリがありません。これからグラムザルト王国で起こる災難を退けるごとに、どういうものかを知っていただければと。どうしても私が信用ならないとなった時は、ぜひ国外追放でもなさってください。ご安心を。自暴自棄になっても前述のことがありますから、民に害をなし暴れ回ることはしません。そうした時、私には仏罰が下り、行動不能になって簡単に殺せるでしょう」
そこでヴィンセント殿下は微妙な顔になった。
「……そういうことは隠しておくべき情報だと思うよ、カーマイン嬢」
「私もそうだと思います。ですが、ある意味、殿下のことは信用していますので」
少なくともヒーロー側だろう、と。
フィナさんのようにただの人間であり、正解など知らない人物だとしても。
何かの事件が起こった時、解決を望む側の人間だ。
あとは外付け良心ことヒロインちゃんにどこまで絆されるかである。
「私がグラムザルト王国の国益になるつもりだという意思表示でもあります。殿下、この情報開示は私から殿下への〝忠誠心〟です。王族の下につく、臣下の一員としての」
「……そうか」
ヴィンセント殿下は一度目を閉じ、少し考えてから目を開く。
「私の隣に立ち、王族として振る舞う気はないのだな、カーマイン・マロット公爵令嬢」
「……はい。ヴィンセント・フォン・グラムザルト殿下」
真剣に。まっすぐにヴィンセント殿下を見つめた。
彼もまた、まっすぐに私を見返してくる。
「……フラれたか。この私が」
そうして一言。そのようなことを呟いた。
苦笑いを浮かべる殿下。けれど、そこに怒りの感情はなさそうだ。
「君は、まっすぐな人間のようだ。だからこそ王妃には向かない。そう言ってしまえば、セラフィナもそうなってしまうのだろうな……」
まぁ、フィナさんも王子妃って柄かというと、ちょっとねぇ。
それを言い出したら、大半の乙女ゲームヒロインが『王妃になるのはちょっと……』なキャラな気はするけど。
そこはハイスペ王子が政務やらを全部カバーするのが前提だ。
聖女の力と、あとは国民の支持を多く得られさえすれば、政務能力がなく、王妃に不向きであってもトントンといったところ。
実務能力面だけを見たら、王子側がパートナーに選ぶ相手としては茨の道である。
「カーマイン嬢には政務の手伝いを頼みたかったのだが」
「政務の手伝いですか?」
「ああ……。西側の隣国であるレイシェル王国から使者が来る予定でな。その使者が、この国のギフテッドたちに会いたいと申請してきている。また、これは公式の通達ではないが……来るのは使者だけではなく、西国の若き女王陛下も来るとのことだ」
「え」
西側の国の女王様!?
西側の隣国というのはラグナ卿のいるヴォルテール辺境伯領の向こうの国よ。
そういえば誕生日に使者からの手紙があったっけ。
「他の者には話さないでくれ、カーマイン嬢」
「いえ、そんな情報、私に教えないでくださいよ」
「意趣返しだよ。カーマイン嬢の秘密を教えてもらった分のね」
あー……。緊箍児についてか。わりと重めの秘密かもしれない。
「その秘密を知っているのは私だけかい?」
「……いえ。アイゼンハルト小侯爵もご存知です」
「そうか……妬けるな」
またまた。そんなことを言われても。
ヴィンセント殿下からの愛情だって感じたことはない。
それにしても西側の国からの使者。
西側の国といえば……玉龍フラグ。
ラグナルートイベントか、隠しキャラ扱いだから、そのルートのヒントが拾えるか。
たとえば、この時点までにヴィンセント殿下の好感度が高かったらフィナさんが会談に誘われて、彼らの話を聞くことができる、みたいな?
「ヴィンセント殿下。縁談をお断りさせていただいておいてなんですが、その西国との会談、私にも参加させていただけませんか? 或いは近くで事情を聞ける場所にいられるように手配していただきたいです」




