151 殿下来襲
「カーマイン嬢」
新学期、授業がすべて終わったあと、放課後になってすぐ。
教室の前で仁王立ちしているのは何を隠そう、ヴィンセント殿下である。
他のG4たちはいない。フィナさんの方に行ったのかしら。
「ごきげんよう、ヴィンセント殿下」
「ああ、ごきげんよう」
ニコリ。ニコッ。
私たちは、表面上だけのとびっきりの笑顔を向け合う。
「話したいことがあるんだ」
「私、急用がございまして、すぐに帰らねばならないのです」
食い気味にお断りしてみるテスト。
「そうかい」
「ええ、そうですの、うふふ」
「では、その急用がきちんとあるか調べさせてもらおう。王族を相手に嘘を吐いた場合は、然るべき処置をしなくてはいけないからね、あはは」
「…………」
「…………」
ニコリ。ニコッ。
私たちは笑い合うのだ。流石は婚約者候補である。阿吽の呼吸というやつね!
「殿下との関係については、父を通して王家と調整する予定ですのよ」
「ああ、その件も重要だが、それよりも大事な話だ」
「まぁ! 私たちの婚約の件よりも大事なことだなんて! 殿下は私をそのように扱いますのね。私はとても傷つきましたわ」
「君が傷つくほど、私に関心を持っていたとは嬉しいね。つまり、今後の関係を前向きに考えてもいいということだろう?」
ああいえばこういう。厄介系男子と化す殿下。
いっそ、一棒喰らわせてから筋斗雲で逃亡しようかしら。
「カーマイン嬢のギフトには、私のギフトが通じないらしい。君が本気で逃げたなら、私は君に追いつけないだろう」
「…………」
「なら、君は一生、私から逃げ続けてみるかい? 意外としつこいよ、私は」
なんの自慢かしら!?
「しつこい男性は嫌われると古くから言われていますよ、殿下」
「そうか。だが、君にアプローチする男性は思いの外、多いようだね? 私もその中の一人というだけの話だと思うが」
「またまた」
「ヴォルテール辺境伯令息、アイゼンハルト小侯爵、他にもいるのかな? 罪な女性だね、カーマイン嬢は」
「……ラグナ卿までカウントします?」
「夏のパーティーでは会場を抜け出して彼と一緒に行動していたそうだが?」
そういえばそうだった。
「それをおっしゃるなら、殿下は堂々とフィナさんをエスコートされていたかと? 私ばかりが責められることでしょうか」
「まぁ、そう言われればそうだね」
「ええ、ですが、私は別にフィナさんとの仲を責めはしません。むしろ応援しております。がんばってくださいませ、殿下」
「私と彼女は、まだそのような関係ではないけどね」
「まだ、ですよね?」
「ああ。これ以上を踏み込んだ発言をするのは彼女にも悪いと思うが、君はいいのかい? アスティエール嬢と君は身分を越えた友情を育んでいるそうだが」
「同世代のギフテッドが異性ばかりでは、言いたいことも言えなくなりますもの」
「そうか。もちろん、その関係は喜ばしいことだ。とくに『聖女』のギフトを持つセラフィナ・アスティエール子爵令嬢と並び立つほど優秀なギフテッドの君ならね」
「…………」
それ、口にするぅ? まだ他の生徒たちがいるんですけどぉ?
「いずれ君の噂は広まるだろう。流石にもう隠しても無駄ではないかな」
「……なんのことだか」
「『修行者』だったかな、君のギフトは。国王陛下に嘘を吐いたのなら大きな問題だ」
「いいえ、嘘は申し上げておりませんわ、殿下」
「……へぇ?」
「もし、私と同じだけの知識を有し、私のギフトについて語る者が他にいるなら。私のギフトが『修行者』というのは決して嘘ではないと断言してくれますわよ」
「……そうなのかい」
「はい、私のギフトは確かに『修行者』です」
その名も斉天大聖孫悟空行者である。
オッス、さっそく修行すっぞ!
「そうか、そうか。では、その『修行者』について詳しく聞きたいから来てくれたまえ」
うぇえん、殿下がしつこいです、お師匠様ぁ!
この野郎が言い寄ってくるのです、決して某が棒を振り回したわけではなく!
「…………」
「…………」
ニコリ。ニコッ。
腹黒殿下に対抗して、公爵令嬢スマイルをぶつけていく。
「お話しをする際は、ぜひ人払いをお願いしますわ」
とくにジークとか、ジークヴァルトとか、アイゼンハルト家の次男とか。
「わかった。それは配慮しよう。では?」
「ついていきますわ」
嫌々ですけどね!
「なら、こちらへ」
「はい」
こうして哀れ、私は新学期早々、殿下に絡まれたのよ。
「さて、君の隠していたことをはっきり聞かせてくれ」
「そう言われましても」
食堂の二階にある王族専用のサロンに案内され、人払いされている。
近くに敵影なし。
なお、ミニ猪八戒とミニ四健将たちは家でお留守番している。
あの子たちがいなくても、別に身外身法は使えるからね。
「君は空を飛べるんだね、カーマイン嬢」
「その可能性はございますね」
「…………」
「はい、飛べます」
今ちょっと怖かったわぁ、殿下。さすがにふざけすぎたか。
「ただ、これだけは言っておきたいのですが、殿下」
「なんだい?」
「空を飛べるギフテッドは別に私だけではございません。ですので、その点において殊更に私が特別なギフトを授かったなどと思わないでほしいのです」
殿下はそこで少し考え込む仕草をする。
「ヴィンセント殿下もフィナさんとともに行動し、多くの災難に見舞われたと聞いています」
「……ああ」
「正直に言って包み隠さずに申し上げれば、今この国が見舞われているだろう災難において、殿下が私に固執するだとか、私のギフトを特別視するだとか、そんな些末なことに拘っている場合ではございません」
「……それは?」
「詳しくは父とアイゼンハルト侯爵から王家へ報告が上がるかと思うのですが……」
「私は貴方の口から聞きたい、カーマイン嬢」
「……そうですか」
どうするかなぁ。
でも、もうすでに各地で名乗りを上げて、筋斗雲で飛び回ったり、巨大石猿になったりしているのよねぇ。
それに。それにだ。
私はフィナさんにすべてを丸投げするのは違うんじゃないかって思ったのだ。
今までは乙女ゲー推論に基づいて、世界の命運を背負うのはフィナさんとG4だと考えていた。
でも、フィナさんは問題の渦中に連れていった時、どうすればいいかと不安そうにしたのだ。
彼女は転生者ではない。
この世界において〝正解〟となる立ち振る舞いなんて知りやしない。
数多の物語のヒロインたちがそうであるように、その時々の状況と感情を頼りに、力を尽くすことしかできないのだ。
正当なるヒロインであるからこそ彼女は普通の、ただの人間だった。
その点、私はある種の心構えがあり、先読みができる。
正しい先読みなのかは不明だが、けっこうな確率で当たりを引けている。
その上、孫悟空の力なんてオーバースペックな能力まであるのだ。
まぁ、その力でゴリ押し展開したことは数知れずなのだけれど。
フィナさんにまったく頼らないのも、それはそれで怖いことだ。
ヒロインが成長したからこそ解決できる問題とやらが起きた時が怖い。
すべてを私が解決すべきとは思っていない。
でも、知らんぷりして他人事のように過ごすのも、きっと違うと思うのだ。
フィナさんはもう、私の友人だからね。
「ヴィンセント殿下」
「……ああ」
私の顔つきが変わったのを感じ取ったか、殿下がまっすぐに見つめ返してくる。
「陛下に語った、私のギフトが『修行者』であるというのは嘘ではございません。ですが、大いに誤魔化した内容でもありました」
「……聞かせてくれるかい?」
私は無言で頷いてから続ける。
「私の本当のギフト名は『斉天大聖孫悟空』です」
言ったぁ! 言いましたよ、お師匠様!
「……。……? なんだって?」
ヴィンセント殿下が一瞬、脳内で咀嚼して、改めて考え直してから聞き返してくる。
ですよねー。その反応よねー。
「ほら、わからないじゃないですか。だから言いたくなかったんですよ。言っておきますけど、これこそ嘘ではなく、ギフト名そのままなんですよ」
「だが……いや、もう一度言ってもらえるか?」
「斉天大聖孫悟空」
「せい、たいせい……なんだ?」
ほらぁ! そうなるじゃない!
ラグナ卿の方が真面目に聞いてくれたわよ! あっちのギフト名も大概だからね!
「ちなみに正式名称といいますか、ギフト名は今申し上げた名前ですが、他にも美猴王、弼馬温、孫行者、闘戦勝仏などなどございます。このうち、行者というのが修行者という意味合いです」
「…………」
殿下が、微ッッ妙な顔をしているわぁ……。
「嘘はついておりませんでしたが、正式な名を語ったところで誰に伝わるものでもない。ですので、陛下の前ではその意味を要約し、最も伝わりやすい名を選んだ次第です」
「…………そう、なのか」
うんうん。
「問題は」
まだ混乱しているだろう殿下に私は畳みかける。
殿下は悩ましげな様子のまま、私を見た。
「この名にも関係ある、ある物語に関わるギフトが世に解き放たれているということです」
「どういうことかな?」
うーん……。
どこまで話そうかしら。
私はフィナさんにすべてを投げるのをやめることにした。
だから、こうして殿下に名乗った。
でも、他に何を話せばいいかというと、けっこう悩む。
私が転生者であることは別に話さなくていいだろう。
はっきり言って、それはこの世界で関係ない。
それこそ、この世界が乙女ゲームの世界だとはっきりしていて、私がその知識を持っていて、未来の予言をできるのなら話は変わるが。
私にはそんな知識はなく、どういう世界なのかの確証もない。
ゆえに転生者であることは、どうでもいいことだ。
「私のギフトは……ある物語の主人公のようです」
「物語?」
「ええ。この国にはない、ギフトがやってきた異界の物語でしょうか」
「なぜ、それがわかる?」
「ギフトから伝わってくる情報もありますが、それだけではなく、アイゼンハルト領にて対峙した、王国の敵と思しき人物、バルグリッサ・コーデル氏が口にしていたからです」
「バルグリッサ……コーデル伯爵家の」
「彼が呼び寄せたのは黒水晶に封印された異界の神の一柱でした。これについてはアイゼンハルト領の騎士たちに聞き込みでもしていただけますと確かな証言を得られるかと」
「…………」
「確かなことはわかりませんが、この国には異界の物語を発祥とするギフトが多く発現している様子です。そして、その多くはグラムザルト王国に仇をなす者の手に渡っています。あの黒水晶によって時に奪われ、殺されて。コピーをされてなのかは今のところ不明です」
ヴィンセント殿下は口元に手を当てて、私から目を逸らし、考え込む。
「ヴィンセント殿下。私にはこのギフトを授かった時より、ある種の使命がございます。今ではそれがはっきりとわかる」
「……それは、どういった使命だい?」
「アイゼンハルト領に現れた異界の神の名は天蓬元帥猪八戒。私のギフトと、この猪八戒は異界の物語においては仲間でした。ゆえに彼らの仲間が王国の敵、黒水晶一派によって悪用されている事態は許容できない。私のギフトが、私のうちで怒っているのです。他の仲間たちを救え、と。それこそが今の私がすべきことだと」
嘘偽りなく、情報の洪水というより奇っ怪な用語を並べ立てて混乱させているだろう。
とはいえ、名前に馴染みがないだけで重要なことはそこではない。
「カーマイン嬢のギフトは、その異界の神の名であると?」
「……まぁ、そうなります。かといって私自身が神と同等になったとは大きく違うのですが」
「だが、そんなことは……」
「にわかには信じられないことだと思います。私も大きな問題が起きなければ黙っているつもりでした。ですが、実際にはこのギフトと、異界の物語に絡んだ災厄が王国に牙を剥いています。殿下、本当に、正直に申し上げますが……」
「ああ」
「私、殿下とは婚約したくありません」
「…………」
もう、この際だからドストレートに言わせてもらうわ。
「王妃になんて向いていないと思いますし。かといって力があり、また公爵家なのだからと言われても、このギフトはそういった言葉で片付けられる問題ではないのです。王妃、王子妃という名の束縛は王国にとって無駄で不利益です。このギフトを活かすならば、きっと私は囚われていてはだめだと思います。そうでなければ王国が見舞われる災厄を防げない」
私はヴィンセント殿下をまっすぐに見つめながら言った。
「ヴィンセント殿下。私との縁談をなかったことにしてください」




