150 新学期と聖女一行の難
夏季休暇が終わった。いつの時代も夏の終わりはなんだか寂しいものね。
それにしても久しぶりの学園だわ。
まるで本二冊分以上の大冒険を終えたような感慨があるわね!
王都の邸宅から馬車に乗って学園へ。久しぶりの登校だ。
馬車停めから降り、歩いていく生徒たちの流れの中へ。
長期休みが明けたあとの学校! ノスタルジーを感じるわぁ。
これは私が転生者だからでしょうね。
一人、感慨深く思いながら歩いていると。
「マイン様!」
「フィナさん」
二週間ぶりくらいのフィナさんが元気にダッシュしてくる。
読めたわ!
「あっ!」
「トゥ!」
フィナさんが途中で盛大にコケると見做して、私も駆け出し、ズザザッと滑り込んで彼女の体を支えた。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます、マイン様」
よし。これは一難、救った扱いでしょう。
お師匠様、今回の分もきちんとカウントしていてくださいよ、へへ。
普段の生活では当然、緊箍児は術で隠している。
そこまで意識はしていないものの、いつかは外れるのかしらねぇ……。
フィナさんをしっかり立たせてから、改めて挨拶する。
「フィナさん、ごきげんよう。また、久しぶりね」
「はい! お久しぶりです!」
「無事に登校できたのねぇ」
「えへへ、はい、どうにか」
私とフィナさんは、授業が始まるまではまだ時間があるので歩きながら話しつつ、中庭のベンチへ向かう。
ちょっとだけお喋りをしようという具合だ。
帰ってから家での待機中。公爵家の伝手で情報収集してもらい、それを聞いていた。
様々な情報が集まる中、当然だけれど聖女一行の噂も伝わっている。
やれ、聖女様はヴィンセント殿下たちと一緒に各地の困難を解決に導いたという。
夏季休暇の彼らの活動は十分に成果を上げたのだ。
反面、私の方は広まったかというと、微妙らしい。
なぜかというと、どうにも信憑性がないからのようだ。
まぁ、アイゼンハルト領の件も、ベラゴート家の件も、黒水河の件もねぇ。
実際に目撃した人たちはさておき。噂だけだと『何それ』という。
しかも、ベラゴート家の問題は現在進行形で対処中である。
こうしてフィナさんが王都に戻れた黒水河のようには広まるまい。
ただ、私の噂がまったくゼロかというとそうでもない。
ヴィル様にエスコートされてパーティーに姿を見せたことは王都でも比較的早く広まっていた。
地方の難より、王都のパーティーの方が広まるのが早いとか。
ある意味、今世ならではかもね。伝達速度に限界があるのだ。
「フィナさんって結局、何回くらい誘拐されたの?」
「え? そうですね。四回くらいでしょうか」
「大変だったわねぇ」
「はい! うふふ」
「あはは」
うふふ、あはは、じゃないのである。
夏季休暇のたかが一ヶ月とちょっとくらいの期間に四回も誘拐されている。
もはや慣れたのか、フィナさんに陰は差しておらず、元気と明るさはそのまま。
……強がりかも?
「強がらないでいいのよ、フィナさん」
「強がる、ですか?」
キョトンとした表情のフィナさん。
あ、これ、本当に気になっていないやつだわ。
メンタルが鋼……! さすがヒロインちゃん。
「……いい経験を積めたわね」
「はい! とても勉強になる日々でした! 『聖女』のギフトでお役に立てることもたくさんありましたし、充実していました!」
「それはよかったわ」
太陽のように明るい人だわ。これは間違いなく本物ヒロイン。
殿下の道を照らしてくれたらいいわねぇ。
ここは一つ、G4の他三人に別の女性を宛がっておいて、変に揉めないようにするのも一興?
「マイン様も大変だったのですよね」
「うん?」
「ベラゴート家でも、他にも恐ろしい相手と戦ったとか」
「……まぁねぇ」
そういえば気になったことがあった。
「フィナさんは獣人化する人たちと相対したことはあった?」
「じゅうじんか?」
「動物のような姿に変身する人たちのこと。ギフトでね」
私の方では『猪八戒』『黒風大王』『黄風大王』『金角大王』『銀角大王』など、西遊記ギフテッドたちと遭遇する機会があった。
では、本命のフィナさんと愉快な仲間たちの方はどうだったのだろう。
「動物のような、ではありませんが……ただ」
「ええ」
「〝植物〟のような人とは相対したことがあります」
「植物??」
はて。
「その時にも私は連れ去られてしまったのですが……」
お約束ね。もはや誘拐されただけでは驚きがない。
やはり三蔵法師ポジションなのでは? むしろお師匠様よりメンタルが強そう。
「私を誘拐した方は、植物の精霊さんだったのです」
「植物の精霊!」
西遊記でいうと単発のエピソード。
トゲのあるツタやいばらに覆われた難所を通る際、八戒にまぐわでかきわけてもらいながら進んでいた一行。そこには荊棘嶺と書かれた石碑があった。
さらに一行が進むと土地神を名乗る老人が現れ、あやしいと思った悟空が打ちかかる。
すると三蔵法師が例のごとくさらわれてしまう。
木仙庵という場所に誘拐された三蔵は『十八公』と名乗る相手と他三人を合わせた四老人と詩を論じることになる。
彼らは邪悪な妖怪ではなく、三蔵の高名を聞き、ぜひ話を聞きたいと願った者たちだった。
四老人の正体は樹木の精霊だ。
十八公とは、十・八・公と『松』の字を分解した名前となっている。
風雅な四老人と三蔵は交流を一通り楽しんだが、一人の仙女がそこに加わる。
そこでその仙女と三蔵の縁談へと発展するのだけど、三蔵は当然断ったの。
まぁ、なんやかんやで悟空たちがかけつけて彼らを退治してしまうのだけど。
三蔵法師は、彼らは私を傷つけなかったと止めようとする。
でも悟空はもっと大物の化けものになったら悪さをするかもしれないと答えたの。
「……もしかしてだけど。トゲのある植物が溢れて、道を閉ざしていたとか」
「わ、すごいです! よくわかりましたね! 噂が伝わっていたんですか?」
「いえ、そういうわけじゃないのだけれど」
フィナさんが言うにはある場所で、いばらが急に育ち過ぎてしまい、塞がれた道があり、その解決を依頼されたのだそうだ。
『聖女』のギフトは効果があり、いばらを減衰させたものの、そこに問題の人物が現れたとか。
ここまでは三蔵一行のエピソードと似たようなものだけれど。
「その人が言うには、どうか話を聞いてほしいと」
「……一緒に詩を論じたりしたの?」
「詩ですか? いえ、そんなことはありませんでしたけど」
あら、違うみたい。
「でも、文化を愛する精霊さんなのだとか」
「話したのねぇ。ええと、どのタイミングで?」
聖女一行がいばらの道の解決へ乗り出す。
そこに問題の人物……老人の姿だったそうな……が登場。
初め、話していたところ、やはり誘拐されてしまうフィナさん。
でも、誘拐された先で悪事を働かれるでも、拘束されるでもなかったらしい。
そこは三蔵と一緒ねぇ。
いくらかその老人……一人だけ……と話していたフィナさん。
すると彼にこう言われたのだという。
『無念だ。もっと話したい人がいた。良縁が結ばれるとも思っていたのだが』
と。
「……? 本人……?」
西遊記のギフテッドたちは、その能力やエピソード由来の力を行使できる。
でも、今のところギフトの正体がまともに会話したことはない。
孫悟空が内側から報せるような感情、依り代に宿った猪八戒の慟哭。
それと聖女の浄化で寄生先から剝がされた金角・銀角。
いずれもまともな会話は成り立っていない。
そういうものだと思っていたのだけれど。
フィナさんと出会ったという樹木の精霊は、なんだか西遊記に出てきたキャラクターそのままのエピソードに基づいて話しているような?
「私は『良縁ですか?』と聞き返したのですけど」
「ええ」
「『其方とは合わぬだろう。高位のソウであれば報われるものを』と」
「…………」
この西遊記のエピソード、木仙庵と四老人の話には三蔵との縁談を勧められる仙女がいる。
その女性は『杏仙』といい、正体は『杏の木の精』だ。
確かに三蔵法師は彼女との縁談をきっちりと断った。
強引に進められ、半ば脅迫されても頑なに。一晩粘って、そこで弟子たちが助けに来たのだ。
話を聞くにその老人は四老人のいずれかで、無念というのは杏仙の縁談が成立しなかったこと?
「親身になって聞いてあげていたのですけれど。そのうちに殿下たちが助けに来てくれまして」
「まぁ……」
荊棘嶺と違い、そこまで険しい道のりではなかったでしょうし。
G4たちでもすぐに駆けつけられたのかしら。
「それで、どうにもその方は、娘さんの縁談をしたかったらしい、幽霊さんのようなものだということがわかりまして」
「……うん」
「それも娘さんのお相手は、聖職者のような方が望ましいのだと。それが未練だったそうで」
「なるほど?」
話が、というより〝イベント〟の概要が見えてきたような?
「そこでベネディクトさん……ベンくんにお願いしまして、娘さんのお相手役になってもらったのです」
「ベンくん」
「あ、はい。その、皆さんとは仲がよくなったんです。それでベネディクトさんのことは愛称で呼ぶことを許されたので」
「ベネディクトの愛称ってベンなんだ?」
「そうみたいです」
まぁ、ローレンスもラリーって呼ぶものねぇ。
「ベンくんって弟さんもいるんですよ。意外ですよね」
「意外かしら? まぁ、なんだか一人っ子のイメージはあったわね」
「はい……ええと、話を戻しまして。ベンくんにお相手役を務めてもらったんですけど」
「肝心の娘さんはいないんじゃ?」
「それがいたんですよ」
「あら」
そっちもギフテッドがいたのかしら。
「それが、その場にあった木の一つが見る間に女性の姿に変わったんです!」
「まぁ……」
本物なのか、変化なのか。どっちかしら?
「おっかなびっくり、その人とベンくんの結婚の、形だけですけど。手助けを皆でして」
「うん」
「そうしたら満足してくれたのか、『ありがとう』って言って、お爺さんも娘さんも一緒に植物の姿に戻っちゃったんです」
「……そうなんだ」
「はい。とても不思議な体験でした」
「それはそうでしょうねぇ」
一言、言わせてもらいたい。
……平和ね?
私の方はドッカンドッカン、バトル展開だったんだけど?
やっぱりブラック猪八戒辺りはラスボスエピソードの先取りだったのでは?
それとも、それは推定ジークヴァルトルートだったから?
ベラゴート家の方も推定ラグナルートだし。
連続でバトル系シナリオを引いていただけで、実はもっと理知的に消化できる?
「他には……」
まだ話し足りない様子のフィナさんだが、そろそろ新学期最初の授業が始まる頃合いだ。
「そろそろ行きましょうか。お話しはまた聞かせてね」
「はい!」
何はともあれ。
私たちの新学期はこうして始まったのよ。




