148 ワイン避け
ヴィンセント殿下ではなくヴィル様と一緒に参加していることに疑問を抱かれる。
どうしてでしょうねぇ?
私、正直に言って周りの評価を気にしていない節があるんだけど。
今、私の世間的な評判ってどうなっているのかしら。
「いろいろとありまして」
最近、ずっとこの言い訳を繰り返しているわねぇ。
「そう。まぁ、ヴィンセント殿下は聖女と一緒に過ごしているそうですものね」
「そうですわね。夏季休暇中、少しお会いしましたが、殿下も大変そうでした」
「……お会いしたの?」
「ええ。『聖女』のギフテッド、アスティエール子爵令嬢とは友人で、実家に遊びに行ったのです。その際、殿下とも少々、交流を」
嘘は言っていない。えへん。
「ふぅん」
ブランシー公爵令嬢は扇を広げて口元を隠し、値踏みするように私を見据える。
冷たい印象はあるけれど、まぁ平常運転だと思う。
私も対抗して芭蕉扇を口元に添えようかしら。
例の緑色の、ひょうたんを二つつなげたような形だけど。気分は羅刹女である。
「殿下は王都に戻られていないのに、貴方だけ戻ったの?」
「いろいろとありまして」
「……そう」
文句がおありかしら。ブランシー公爵令嬢って婚約者いるのかな。
いたらいいのだけれど、いなかったら。
1、ヴィンセント殿下狙い。2、ヴィル様狙い。
このどちらも成立するのよねぇ。どちらにせよ、私は邪魔者である。
「アイゼンハルト小侯爵には可愛らしい婚約者様がいらしたのでは?」
「婚約者ではなく婚約者候補ですね。問題はありませんよ。双方の家長が認めてくれていることですから」
ヴィル様は視線でお父様たちを見るように促す。
一緒にパーティーに参加している以上、親公認の仲というわけだ。
ヴィル様の方も内情はいろいろとあるとはいえ、小侯爵という立場で通っている。
そんな彼の判断は当然、侯爵も承知の上だろう、と。思われるはず。たぶん。
「そう。ええ、私からとくに申し上げることではありませんものね。つい気になったものですから」
「ふふ、仕方ありませんわ、ブランシー公爵令嬢。私も相応の注目を浴びることは承知の上です」
この淑女感満載のザ・貴族令嬢のブランシー公爵令嬢。
身分も私と同格っていわれると『え、この人とお前が同格……?』という気持ちになるわねぇ。
私も公爵令嬢なので! 淑女なので! ふふふ。異論は認めないわよ、ウキィ!
「……そのつもりなら、私も意識する必要なかったわね」
「はい?」
ボソリと呟かれた言葉。今、とくに孫悟空の聴覚はオンにしていない。
それでも普通の人よりは耳がいいようで、今のは聞き間違いではない。
「ブランシー公爵令嬢?」
「何かしら、マロット公爵令嬢」
「……いえ」
うーん。意識されていたの? なんで?
いえ、まぁ同世代の公爵令嬢だから意識するのが普通かもしれないけど。
教会通いで、この国の神様よりお釈迦様に祈り続けた奇行の公爵令嬢だからねぇ。
今は流石に五百年の幽閉には怯えていないものの、仏罰については気をつけている。
というか緊箍児がそれみたいなものだ。
「それでは私はこれで。どうぞ、パーティーを楽しんでいらして」
「ええ、ありがとうございます」
「ごきげんよう」
そうして、優雅に立ち去っていくブランシー公爵令嬢。
匂わせるわねぇ。また決め打ちで彼女をあやしい人物判定していいかしら。
完全に根拠のない濡れ衣だけど。
乙女ゲー推論で当て嵌めたとしても、せいぜいヒロインに好意的な高位貴族令嬢だろうな、くらいしか思い浮かばない。
あれよ。ヒロインがヴィンセント殿下以外のルートに進んだ場合の殿下救済キャラ。
もちろん、ヒロインとくっつく可能性のあるキャラに他の女とくっついた実績なんてない方がいいとは思うけど。
それはそれで『王子なのに結婚しないエンドはちょっと……』みたいなツッコミが入りそうだものね。
まぁ、第二王子が王位を継ぎましたエンドにできなくはないだろうけど。
普通に考えたら、殿下の婚約者候補が脱落なりして、さらに聖女とも結ばれないなら、相応の身分の女性が代わりに宛がわれるはず。
「マイン? どうしたんだい?」
「いえ、その。私とヴィンセント殿下の縁談がなくなり、フィナさんとも結ばれない場合は、ブランシー公爵令嬢にその縁談が回るのかな、と思いまして」
「……ああ、確かに。そうなる可能性は高いな」
「彼女も乗り気だといいのですけど、もし他に好きな方がいらっしゃるとか、他の縁談を進めている最中ということになりますと」
「……うん」
私たちの縁談というものは、そういう大きな影響を持つものなのだ。
それにブランシー公爵令嬢はさておき、私が殿下との縁談を辞退するなら現状、フィナさんが候補として扱われるのは確実。
多方面、納得してもらえる状況なのかというと、ねぇ。
「大変なことはわかったうえだよ、マイン」
「ヴィル様」
「君も、俺もね」
「そうですわね……」
アイゼンハルトとコーデル伯爵家との関係がどうなるか、まだわからない。
というか、この問題、弟のジークヴァルトも無関係ではないわけだけど。
「そういえばヴィル様」
「なんだい?」
「実は私、貴方の弟君のジークヴァルトさんとは仲がよくないのです」
「…………」
一方的につっかかってこられる関係です。授業の試合でボコしたから。ウキキ。
「何か私について不満が強い様子でしたの」
お兄様に告げ口してやったわぁ! うふ!
「それはすまない。我が弟が君に不快な思いをさせてしまった」
「いえいえ、ヴィル様が謝ることではありません。ただ、私と……その。関係を進めるつもりなら、弟さんは反発しそうだなぁ、と」
「ジークが? ううん」
想像できないのかしら。さてはあやつ、ヴィル様の前では猫を被っているわね。
「まぁ、その時はその時で。二人で対処しましょう」
「二人で?」
「ええ!」
私だけでもやり込められると思うし、バトルになってもどうにかできそうだけど。
ヴィル様が動いてくれた方が話は早そうだもの。
「そうだね、一緒にがんばろう」
「はい! ふふ」
私たちは、互いに見つめ合いながら楽しく話す。
そうしているうちに、楽団が音楽を奏で始めた。
「マイン、俺と踊ってくれるかい?」
「ええ、喜んで」
差し出された手を取り、私は会場の中央へ。
何組かの二人組が優雅にダンスを踊り始める。
私たちもそれに合わせて踊る。公爵令嬢スキル、ここで発揮!
きちんと淑女としての教育も受けてきたことを証明してみせるわ!
「楽しそうだね、マイン」
「ええ。私、体を動かす方が好きみたい」
「それは納得だ」
何を納得なのかしら。
大人しく座って編み物をしている淑女イメージを持ってもいいのよ?
想像できない? そんなはずがございませんわ。
そうして優雅なダンスの一時を過ごしてから、壁際に移動し、中央を開ける。
「喉は乾いていない? 飲み物を持ってこよう」
ヴィル様が気遣いでそう言ってくれる。
私はその台詞にピンと来たので、彼の袖をハシッと掴む。
「少しお待ちを」
「うん?」
私の行動に少し驚くも、微笑みを浮かべたままのヴィル様。
そのままの姿勢でキョロキョロと周囲を窺う私。
これはお決まりのパターン。
エスコート役が離れたタイミングで絡まれるイベントが発生するやつでは?
そう思ったので、今ここで私たちに注目している者がいないかチェックしておく。
すると視線が合った者がチラホラ。
これは、ただ私たちへの注目度が高いだけかもしれない。
うーん。虎視眈々と私を狙っている輩はいなそうねぇ。
ここにいるのがフィナさんだったら、確実にイベント発生だと思うけど。
「何か気になる相手がいたのかい?」
「いえ、こういう時に一人になりますと何かが起きそうな気がしまして」
「……不安なのかな。だったら離れる気はないよ」
それはそれでどうかしら。いえ、そうしてもらうのがベストだとは思う。
ただ、私。絡まれたところでどうってことないのよね。
もちろん、普通の貴族令嬢ならエスコート役にがっちりガードしてもらうのがいい。
でも絡まれても撃退できる私は、むしろ相手に動かせた方がいいのでは……?
「ヴィル様。飲み物を取りに行きつつ、私の様子も一緒に窺うことなど?」
「……それは何かあった時、すぐに駆けつけずに様子を見た方がいいのかな?」
「はい、そうです」
「マイン」
ヴィル様は心配そうにしつつも、私のギフトが強力だとはわかっている。
また別に私が怯えているわけでもないと理解してくれている。
「……わかった。君の言う通りにしよう」
「ありがとうございます。ご心配なさらず、ただこういう時は何かが起こりやすいものと考えてのことですから。何もないかもしれませんので」
ブランシー公爵令嬢がこのタイミングで話しかけてきたなら警戒しただろうけど。
彼女は先に挨拶に来てくれたからね。友好的だったかはさておいて。
私が目をつけていたネームドキャラ的な人物たちは、このパーティーには参加していない。
そもそもフィナさんが参加していないので大きなことは起きないかしらね。
それでも火眼金睛以外の身体能力向上系ギフトをオンにしておく。
こうしていると孫悟空のギフトなんてオーバースペックもいいところなんだけどねぇ。
「────」
ヴィル様が私のそばを離れてから少しして。
強化された聴覚が私に向かって歩いてくる音を聴く。
気取られないように静かに移動してみるが、どうも追いかけられている様子。
おっと、警戒していたら本当に誰かが来たみたい。
さて、どう出てくるか。追いかけてくる足音と一緒にワインの匂いがスンスンと。
来るの? 例のパターンが。
逆にちょっとワクワクしてきたわ!
私は淑女らしく片手で扇を持ち、もう片方の手で印を結ぶのを隠す。
いよいよとなった、そのタイミングで。
「避水訣」
水を避ける秘法を発動し、身を守る。そのすぐあとで。
バシャッ!
私に向かってワインがかけられた! 来たー!
やってやったわ! 避水訣でのワイン避け! 実績解除! うふふ。
「あら、ごめんあそばせ」
まったく悪いなんて思っていなそうな声が私にかけられる。
私はニコニコの笑顔でそう声をかけた相手に振り返った。




