145 仲間として
「ヴィルヘルムくん。私はアイゼンハルト侯爵と少し話す。それまでカーマインと離れていてくれ」
「わかりました、マロット公爵」
あとは大人たちに任せて、私たちは退室と。
まぁ、ヴィル様も子供ではなく大人なのだけど。
爵位の継承は保留とされているものの、小侯爵と呼ばれ、領地を任されている責任ある立場だ。
前世でいえば就職済みの社会人だろうか。
この場で子供といえるのは私だけだ。中身はさておき。
「行こうか、マイン」
「はい、ヴィル様」
流石に情報量が多すぎてパンクしている様子のお父様たち。
とくに侯爵なんて、私が知る普段の騎士団長の凛々しさからは遠ざかり、うろたえている様子。
予想外だったんだろうなぁ。
中庭に出て、ヴィル様とともに歩く。
ミニ・マインたちは空気を読んだのか、離れた場所でマリンと待機中だ。
「ヴィル様は親に我儘を言ったことがないの?」
「小さな我儘くらいは俺にもあるよ。でも、こういう家が絡む問題で、父上の方針に口を出したことは……なかったかな」
「まぁ」
それなのに、あんなことを言い出したってことか。
それはまぁ、なんというか、まぁ。
「驚かせたかな」
「……はい、驚きました。突然でしたから」
「そうか。でも言ったことを謝ることはしないよ。撤回もしない」
「それは、はい……」
まぁ、まぁ、まぁ。なんてリアクションしたものかしら!
自分は、この手のことにそこまで鈍感ではないつもりだけど。
ここまでオープンにしてくるとは思わなくてぇ……。
「家のことは」
「は、はい」
「今まで話したような事情だ。俺が侯爵になれない可能性も残っている」
「……はい」
「つまり、マインが自由に生きたいと願う時は、俺がそれについていくこともできる」
「え?」
「侯爵はジークが継いで、俺は家を出て君に並べるように努力しよう」
「私に並ぶなんてことは」
「逆に君が高位の爵位を持つ立場を望んでいるのなら、ジークには悪いが、爵位は俺が手に入れる。弟を蹴落としてでも、ね」
「ヴィル様……」
こんなことを言う人だったかしら。
いえ、ショックを受けているわけじゃないのよ。悪い意味じゃない。
そうじゃなくて、彼はもっと穏やかで理性的な人のイメージがあったから。
ラグナ卿が野生児としたら、ヴィル様は理性の人、みたいな。
先のギフテッドたちとの戦いから彼の中で何かが変わった。
実弟を蹴落とすと断言する冷酷さも、逆に爵位を捨てる選択まで視野に入れる自由さも、兼ね備えている。
こう、あれよね。
完璧だった人がさらに殻を破って進化したみたいな。
ただ穏やかだった人がワイルドさを得てしまっていて、次に何をするかわからない。
「……よかった」
「え? 何がでしょうか」
「マインは断らなかっただろう? 公爵がそばにいたんだ。君が嫌なら俺の申し入れなんて、その場で断れたはずだ。公爵は君の気持ちを尊重する人のようだからね」
「まぁ、お父様は私を応援してくれたでしょうね、どちらを選ぶにしても」
やっぱり今世、愛されているわよねぇ。
前世の親の記憶はないけれど、今世の親がいればそれで十分なほど。
「嫌ではないとわかっているなら。これからはマインの気持ちを俺に向けてみせるよ」
「ヴィ、ヴィル様……」
こ、これはぁ……!?
流石にドキドキするしかない!
もちろん、私だって嫌な気はしない。好意は気づいていたから余計に。
それから、どこか冷静に彼の価値というか、そういうものを見てしまう、前世の記憶込みの打算的な評価さえ下してしまっている面はあると思う。
ほら、前世でいえばあれよ。
交際対象の実家や、年収やら、社会的ステータスを気にするシビアな結婚観だ。
ああいうのが私にだってないわけじゃない。
今の私は、まだ美形の彼にアプローチされてドキドキしている段階。
私の中から燃え上がるような恋心は果たして生まれるのかしら?
今世の肉体年齢に精神が引っ張られている自覚はある。
だから、一人前に恋だってできるような……気もする。
政略的な、静かに信頼を育む結婚ならば私にだってできる。
ヴィル様とその信頼を育てていくことも、きっとできるだろう。
でも、この勢いはガチ恋を求める流れなのでは……!?
どう対応したものかしら!?
「「「「「ウキー!」」」」」
「きゃっ!」
そこでミニ・マイン軍団がミニ筋斗雲に乗って私たちの周りを飛び回り始めた。
え、何? 敵襲?
そう思ったけれど、何やら全員がミニ如意棒や九歯のまぐわを楽器に変化させていた。
キンキン、バンバン、ドドドド、ドォン! カァアアン!
トライアングル、タンバリン、ミニ太鼓、ミニ銅鑼、ビブラスラップ。
いや、何? なんのラインナップ?
「お祝いされているようですね」
「マリン」
ミニ・マインたちのお守りをしていたマリンが私たちのもとへ。
「はは、お祝いしてくれるのかい?」
「「「「「ウキー!」」」」」
半分、分身。半分はギフトの中身で、孫悟空の弟弟子や配下たち。
お祝いしてくれているのは私の分身ゆえか、仲間だからか、どちらなのかしら。
ただ、ミニ・マインたちを見ていて思うことがあった。
「……ヴィル様」
「うん」
「気持ちは嬉しいのですけど」
「……うん」
「私には、まだやらなければいけないことがあります」
私はそこで普段は隠している緊箍児を見せた。
ヴィル様は把握していることだ。
「この頭の輪を外すためには、王国で起きている混乱を招く連中をどうにかしないといけない。それに……救出しないといけないギフトが、少なくとも三つあります」
「三つのギフト?」
「はい。最低でも、その三つは、このギフトを使う以上は救わなければいけない」
玄奘三蔵法師、沙悟浄、玉龍。
「それは、この子の仲間です」
私はミニ猪八戒を招き寄せて、マリンのように抱きかかえた。
「ウキー……ブヒ?」
「ブヒはやめなさい」
相変わらずねぇ。普段は言わないから、わざと言っているわよね、この子。
「俺も一緒に戦うよ」
「……いいのですか?」
「ああ、君の横に並びたいとも思っているし。それに、その子のような存在ということは、あの災いのようなことが、どこかでまた起きると考えているんだろう?」
「……はい」
それも理由だ。個人的な、果たすべき責任とは別に。
三蔵一行の行方を放っておいたら、どんな災いとなって返ってくるかわからない。
「じゃあ、ひとまずは……婚約者ではなく、仲間として」
「はい、仲間として。よろしくお願いします、ヴィル様」
片手でミニ猪八戒を抱きつつ、もう片方の手でヴィル様の手を取る。
まだまだ解決しなくちゃいけないことだらけなのよね。




