144 求婚の権利
「何を言い出すのだ、ヴィルヘルム」
「父上、俺は真剣です」
「……! だが」
ヴィル様、流石にお父様たちも情報パンク状態じゃないかしら。
まさか、そのタイミングを狙って? 勢いで流していく作戦?
「お前には、すでに婚約者が……」
「コーデル伯爵令嬢との婚約は候補に格下げになったはずです」
「それは……」
「それもあちらの要望もあってのこと。俺かジークか、彼女だけが選べると? それはおかしいでしょう、力関係としても、爵位としても」
「だが、今までそんなことを言わなかったではないか」
「ええ。以前までならば、俺もそれでよかったのです。たとえ、ジークが次代の侯爵に据えられようと。俺の婚約者がコーデル伯爵令嬢であろうと」
「なら」
ヴィル様はそこで首を横に振ってから侯爵を真剣に見返す。
「今の俺はカーマイン・マロット公爵令嬢との縁を望んでいます」
そして、はっきりとそう告げた。
「────」
息を飲むしかない。どう受け止めればいいものか。
「カーマイン、君は……」
「…………」
お父様が私の方へ向き、目が合う。
私の方もどう答えればいいかわからないから沈黙で返すしかない。
「……嫌ではないんだね?」
お父様が私の表情から気持ちを察してくれたのか、そう言葉にする。
「その……。……なんと答えればいいか」
これまでの彼との交流がいろいろと思い浮かぶ。
わかっているつもりだった。
一緒にいる時は、互いに視線が合うことも増えてきていた。
今こうして、はっきりと口にされて、『そんなつもりじゃなかった』という気持ちになるかと問われれば……そんなことはない。
嬉しい。そう思っている。
「……嬉しい、と感じています。今はこれだけしか。このことについて事前に話し合ったわけではありませんので……」
「そうか」
お父様は頷き、侯爵たちの方へ顔を向ける。
侯爵は面食らった様子で、彼も何を言えばいいか考えあぐねているみたい。
「ヴィルヘルム、お前は……」
「父上、俺が今までこのような我儘を言ったことがありましたか」
「……ない、なかった。だから」
「これは俺の譲れない一線だとお考えください」
「…………」
ヴィル様は、きっとこれまで聞き分けがよかったのだろう。
優秀な長兄。しっかりしていて、弟の面倒すら見て、家を任されて。
よくある話だ。弟妹のいる長男・長女がしっかり者だなんて。
だからこそ侯爵はこれまでヴィル様に甘えていた。
王宮騎士団長を務める傍ら、領地運営は完全にヴィル様に任せていた。
だというのに爵位を継がせるかどうかは未定だなんて。
今まではヴィル様もそこを気にしている様子ではなかった。
でも、けっこうひどいことよね。
ジークヴァルトに任せる気があるのなら彼にも相応の勉強をさせていくべき。
なのに弟の方は殿下のそばで騎士をやっている。もちろん、まだ学生だからこそかもしれないが。
普通ならヴィル様が爵位を継ぐのだと、はっきりさせておかなければいけないはずだ。
「しかし……」
「加えて言うならば」
肯定しかねる侯爵にヴィル様が続ける。
「コーデル伯爵家全体に瑕疵があるかはさておき、縁者が俺の命を狙ってきたのです。このまま、かの家の令嬢と縁を結ぶつもりはありません」
「……それはわかる。あの家のことは調べなければいけない。だが、コーデル家との縁は家門の利益も考えてのものだ」
「承知しております。その上で、申し上げております」
近場の鉱山持ちの伯爵家。家格自体は問題なく、利益がある縁。
年齢の近い子供たち。普通ならば断わる必要はほぼない。
「それに、マイン嬢は我が領民の心を掴んでいます。すでに二度、この領地を救ってくれ、騎士たちも彼女を知り、敬意を抱いている。アイゼンハルト家は武家です。父上のような王宮騎士団長を輩出し、自他ともにそう認めている。マイン嬢の心を度外視するわけではありませんが、マイン嬢のギフトは王子妃に据えても十全には活かされないでしょう」
「……そうだ。マロット公爵令嬢は、ヴィンセント殿下の婚約者候補だぞ?」
「まだ、そちらも候補止まりです。正式な婚約じゃない」
ピシャリと言い切るヴィル様。
押せ押せ、いけいけ、という止まらない勢いだ。
「だが、王家の縁談に横槍を入れることになるのは変わらない」
「承知の上です」
「~~……、ヴィルヘルム」
まぁ、『面倒くさいことを言わないでくれ』という様子ねぇ、侯爵。
そこで侯爵の視線が私に向けられる。
「マロット公爵令嬢。君はどうなんだ。このままいけば、君は王子妃、ひいては将来の王妃となるだろう。その縁談を断ってまで、ヴィルヘルムと縁を結びたいと思うのか」
そう言われてもねぇ。
「元々、王子妃という立場に魅力は感じておりませんので……そこはヴィル様と縁がなかったとしても変わりないというか。いずれお断りする機会を窺っていたようなものでして」
「そうなのかい、カーマイン」
「……はい、お父様」
あと以前と違って、ギフトを使うことにためらいがなくなったから。
正直、どこででも生きていけそうというか。暴力沙汰でどうこうとなる気はまったくしない。
筋斗雲で世界旅行というのも悪くないわよね。
王妃になる人を否定するつもりはないけれど。
私に合っているかというと、それはねぇ?
ヴィンセント殿下とも別にそこまで仲良くないし。
あんまり気にしていなかったけど、ダンスのエスコート相手にも選ばれなかったわよね。
「思い返すにヴィンセント殿下も、私との縁は乗り気ではないかと。学園での交流もですが、今はとある女性との縁が深まっているはずですし。いえ、別に殿下を彼女に押しつけたいわけでもないのですが」
フィナさんの気持ちが動いているか微妙よね。
「……殿下との縁がダメだから、ヴィルヘルムを選ぶと?」
「そういうつもりではありません。ただ、私の気持ちも……」
私はヴィル様に視線を向ける。
彼と目が合う。そうするとニコリと微笑まれた。
……破壊力があるのよねぇ!
「今すぐ、すべての契約を破綻させたいわけではありません。彼女の気持ちも、この状況ではっきりできるものではないでしょう。ですが、だからといって機会がないのは納得できない。ですから申し上げています。〝求婚の権利〟をください、と」
ヴィル様の言葉で皆、黙り込む。
順番、手順、契約、思惑、そういうものが私たちの縁を簡単には結ばせない。
「最初から諦める気は俺にはありません」
「ヴィルヘルム……」
侯爵は驚いたようにヴィル様を見た。
その様子から、きっと彼がここまで主張するなんて経験がほぼなかったのだとわかる。
利口だった長男の、想定外の強い主張に完全に面食らっている様子だ。
「……マロット公爵」
困った様子でお父様を呼ぶ侯爵。
「我が家は、そこまで王家との縁を必要としていない。これ以上の権威もとくに望んではいない。家門の利益をまったく無視するわけではないが、娘の気持ちを蔑ろにするつもりもない。家督については長男のローレンスがいる。娘を嫁がせることはできる」
「お父様……」
お父様は苦笑して『困った娘だ』ということを表情で語る。
もし、この縁が確かになるのなら、そのために動いてくれるだろう、と。そう感じられた。
「……それに」
ヴィル様はさらに続ける。
「コーデル伯爵令嬢は家同士の問題はさておき、ジークに好意を寄せているようです。このまま俺とコーデル嬢との縁を結ぶのは双方に不幸なことかと」
「いや、それは……家同士の縁なのだ。受け入れるべきなのはあちらだろう」
「こちらの決断を、本当にコーデル家は座して待つのでしょうか」
「…………」
「コーデル伯爵令嬢の叔父、バルグリッサ・コーデルは俺の命を狙いました。俺を亡き者にしてからジークにアイゼンハルトの家督を継がせたかった、という可能性もあります。それが彼の姪の願いを叶えたくてそうしたのかはともかく」
「それはこじつけではないか……?」
「実際に俺は命を狙われています。それも二度も。領地を、そこに暮らす民を巻き込む形で」
「……そうだな」
まず、そこが問題よね。いえ、私とのあれこれはさておいて。
現状、コーデル伯爵家はきな臭い存在なわけで。
なら、私と縁を結ぶか否かに拘わらず、コーデル家との縁は断つべきだ。
「ヴィンセント殿下と、マロット公爵令嬢の縁組。我が家とコーデル伯爵家の契約。そういったものを壊してでも彼女との縁を望むのか、ヴィルヘルム」
「はい、父上」
長い、長い沈黙が訪れる。
お父様は応援してくれるスタンスだ。
苦悩しているのはアイゼンハルト侯爵だけ。
彼の悩ましげな様子を全員が見守る。そして。
「…………わかった」
「……! 父上」
「だが、お前が欲したのは、ただの求婚の権利だ、ヴィルヘルム」
釘を刺すように侯爵は厳しい表情をする。
「彼女の気持ちを大事にするのはいいが、これはなんの決定でもない。王家の縁組に横槍を入れることになる。たとえ、マロット公爵が認めていたとしても」
「はい」
「だが、そうなり得る前提条件だけは整えていこう」
「ありがとうございます!」
ヴィル様は侯爵に頭を下げる。そして私に笑顔を向けた。
無邪気で、少年のような笑顔に、思わずドキリとする。
そういう表情もするのね、ヴィル様。
こう、ただ格好いいだけではないというか。ギャップ萌えかしら、これも?
「マイン、今すぐに言うのは流石に気持ちが追いつかないだろう」
「ええと」
いや、ほぼ口にしているようなものですが。
「だから、お願いしたい」
「お願いですか?」
「ああ。マインの十七歳の誕生日を過ぎてから。デビュタントでのエスコート役を任せてほしい」
「……!」
私の誕生日はもうすぐだ。それで今世の私は十七歳になる。
この国におけるデビュタントとは、ただの個人ごとの社交界デビューにすぎない。
普通ならば、お父様か婚約者候補のヴィンセント殿下にエスコートを頼むところだが……。
私はお父様を見る。
娘のデビュタントのエスコート役だ。
その権利はお父様にもある、ということくらい、私にもわかる。
「……私は妻とともに参加しよう。だから、カーマインが望むなら申し出を受けていい」
「お父様……ありがとうございます」
お父様に頭を下げてから、ヴィル様に向きなおる私。
「ヴィル様、エスコート役の申し出、受けさせていただきます」
そう返事をして、また見つめ合う私たち。
なんだか恥ずかしくて互いに照れてしまうのだった。




