142 ヴィルヘルムとの晩餐
「「「「ウキー!」」」」
「……なぜ増えているのでしょうか、お嬢様」
「いろいろとあって」
マロット公爵家で働く私の専属侍女、マリン・ヴェーナット子爵令嬢。
黒髪・黒目の二十一歳、クール・ビューティー系侍女である。
アイゼンハルト領に戻ってきた私は、ヴィル様に挨拶をしてから、ひとまず屋敷に間借りさせてもらっている客室に移動し、待機していたマリンと再会した。
貴族令嬢らしく侍女のマリンに身なりを整えてもらいつつ、世間話をする。
「私がいない間、どうだった?」
もうそろそろ約束の二週間。
たったその間にどれだけ事件と遭遇したやら。
「そうですね。アイゼンハルト小侯爵にはよくしていただきました」
「ふぅん」
ヴィル様はそういうところ、抜かりなさそうだ。
侍女への待遇がいいということは私への対応がいいということ。
まぁ、一応はマリン個人が厚遇されている可能性もあるけど。
「カーマインお嬢様」
「ん?」
「しばらくマロット家へ帰っておられませんね」
「うん」
「消える身代わりを立てておいて」
「……うん」
法天象地を使用し、力を使い果たした影響で家に置いてきた分身が消えてしまったのだ。
そのせいでマリンに私がしていることがバレてしまった。
「ローレンスお坊ちゃまから手紙が届いております」
「ラリーから?」
ローレンスとは私の実の弟だ。
ローレンス・マロット。現在、十歳。
将来的にはマロット公爵家を継ぐ予定。愛称はラリーって呼んでいるわ。
「こちらを」
「ありがとう」
マリンから手紙を受け取り、客室の椅子に座ってそれを読む。
ちょっぴり甘える感じの年相応の内容。
それに加えて、急に消えてしまったことについての説明を求めること。
心配の気持ちもあるわね。
ラリーは十歳だけれど、けっこうおしゃまというか、大人びている。
クール系イケメンになりそうな気配の漂う少年よ。
実弟なので流石に攻略対象がどうとか、そういう気持ちでは見ない。
フィナさんの性格からして年下枠のヒーローという気もしないもの。
彼女にそういう攻略対象がいるとすれば、もうちょっとだけ年上かなぁ。
キャラ立ちを考えるとそれこそ十三歳でギフトを授かったくらいは欲しいわよね。
G4たちがギフテッドで揃っているのだし。
……なんて、私が勝手に考えているだけだけど。
「心配させちゃったわね」
「はい」
その問題についてはマリンも正直、お怒りである。
当然、お父様やお母様もなのだろう。
だというのに相変わらず飛び回っている私。
「お父様が来たら叱られちゃうかしらねぇ……」
「それは甘んじてお受けくださいませ」
どうやら味方はいなそうだ。
ヴィル様に根回しをしておかなくちゃ!
「それはそうと」
「うん?」
マリンは部屋の隅でくつろいでいるミニ・マイン四健将の一体を持ち上げる。
「ウキ?」
首を傾げ、赤毛の尻尾を振るミニ・マイン四健将。
「この子たちは四体もいますので、一体は私がいただきます」
「何を言っているのかしらねぇ……」
「ウキー」
マリンに抱きかかえられて尻尾を振るミニ・マイン四健将。
なお、マリンはギューっと抱き締めながらも真顔である。
可愛いなら表情に出しなさいよ。
「尻尾つきの個体はこの子たちだけなのでしょうか」
「そうね。流石に増える予定はないかしら」
「残念です」
「ウキキ」
残念なんだ……。
どこまで本気か冗談かわからないマリンは置いておきましょう。
「ヴィル様」
その日の晩に屋敷でヴィル様と食事を摂ることになった。
例の如く、長めのテーブルで席が少し離れているタイプよ。
私が今いる屋敷は、どうやらアイゼンハルト家の別邸らしく、屋敷内で働く使用人たちは全員が、侯爵ではなく彼に従っている。
忠誠心が高い様子でヴィル様が慕われているって伝わってくるわ。
「マイン、食事時に少し色気のない話なのだけどね」
「はい」
マリンは部屋の端で控えてくれているわ。
「進めていた調査の、現状報告をするよ」
アイゼンハルト領で進められていた調査。
対象は『黒風大王』のギフテッド、ルドロフという大柄の男。
死んだ上に首を切られて、持ち去られてしまったけれど『黄風大王』のギフテッド、マルガルフ。
その首を持ち逃げした『虎先鋒』の男、先生。
彼らと通じていた商人、レギデーシュ商会のゴロッソ会長。
このあたりだ。
「ルドロフという男はどうにも義理堅い性格をしているらしい。口を割らない」
「見るからにそんな感じでしたものねぇ」
「ただ、彼の反応からわかったことは、どうやら彼はあの先生と呼ばれていた男に恩があるらしい」
「恩ですか」
「詳細は話してくれなかったけれど、あのギフトを巡って苦労してきたようだね」
「なるほど」
熊の獣人になれるギフト。
私は前世知識と価値観があるから、そういう見た目には寛容だけれど。
人によっては獣への変身ってだけで異形扱いかもしれない。
「口を割らない代わりに大人しいから、扱いは楽かな。どうやら彼に勝利した俺たちに従うらしい」
ヴィル様はそう言って長いテーブルの一部に目を向ける。
「ウキ?」
そこにはテーブルの上に行儀悪く座ったミニ・マイン猪八戒と四健将たちが。
「今さらですけど、この扱いでいいのでしょうか」
「うん? マインがいない間、ずっとこんな感じだったよ?」
「そうなのですか、お恥ずかしい……」
テーブルの上に座って食事とは。
それでも公爵令嬢の分身か。猪八戒要素が強く出てない?
「というか、食事するのねぇ……」
「そうみたいだね。なんだろう、精霊のようなものかな」
食事をするなら出すものも出すのかしら。
四健将にその素振りはなかった。それこそ精霊の類で、霞を食べて生きているか、私からエネルギーを引っ張ってきて活動しているか。
でも猪八戒だしなぁ。
もしかしたら食べる必要もないのに食べている可能性がある。
だって猪八戒だし。食事させないわけにはいかないキャラクター性というか。
食べてなくちゃ猪八戒とは言わないでしょう。
出すものについてはヴィル様ではなく、使用人たちに事情聴取させてもらおう。
というかマリンにあとで聞こう。
「マルガルフについて、ルドロフから聞けたことがある」
「彼については話したのですか?」
「ああなってしまったし、弔うためにも話してほしいと言えば答えてくれたよ」
まぁ、義理堅いこと。
敵ながら天晴れというか。負けた相手には従うところも武人っぽいなぁ。
「今、彼の出身地に人を向かわせて追加調査中だけど……。おそらく概ね、ルドロフと同じ境遇で、彼らは先生と慕っていた男に恩があって従っていたようだね」
ギフテッドを見つけては苦労している彼らを救っていた先生、か。
利用する気で近づいたとしか思えないけど。
「それで肝心の彼、先生と呼ばれていた男について」
『虎先鋒』のギフテッド、ピンク髪の男。
猪八戒のギフトを黒水晶に封印して利用していた男。
ラスボスは猪八戒だったけど、それを目覚めさせた悪の科学者ポジションね。
「あの髪色からコーデル伯爵家の縁者を調べていたが……、どうやらそれらしき男を見つけた」
「じゃあ」
コーデル伯爵家は、現在アイゼンハルト侯爵家と婚約にまつわる契約を交わしている。
ヴィル様と弟のジークヴァルトで家督を継ぐ者が未定なため、次代の侯爵になる者が、コーデル家のメリッサ嬢と正式婚約、結婚する予定らしい。
アイゼンハルト家がコーデル家と縁をつなぎたいのは、かの家の領地が近場で鉱山があるからだ。
ずばり政略結婚ね。
でも、当のメリッサ嬢はどうやらジークヴァルトの方が好みらしい。
趣味がわる……コホン。
むしろ私としてはその恋路を応援したいところよ。
でも侯爵夫人になることの方が優先だったらどうなるかしらねぇ。
「おそらく逃げた彼の名は、バルグリッサ・コーデル。現コーデル伯爵の弟だ」
「バルグリッサ・コーデル……、メリッサ嬢の叔父」
ヴィル様はコクリと頷く。
完全にコーデル伯爵家の縁者だけど。現伯爵の弟か。
「もしかして向こうの爵位争いに巻き込まれた面も?」
「その可能性もある。彼個人の真の目的が、コーデル伯爵家の継承かもしれない」
ありえなくはない。身分が明らかとなったなら尚さら。
でも、私の印象としては、彼は何かを崇拝している。
何かの崇拝対象がいるマッドサイエンティストって感じ。
「まだ彼がどういう人物だったかまでは明らかになっていない。現コーデル伯爵がどこまで把握しているかもわかっていない」
「……はい」
「このあたりは父に報告してから、というところだね」
「そうですね。大きな問題ですから」
もし、この件が確実にコーデル家につながりがあったとしたら。
それはアイゼンハルトの兄弟とメリッサ嬢で結んでいる縁が切れるかもしれない。
「…………」
仮にそうなったとしても、私の方がヴィンセント殿下の婚約者候補のままなのよねぇ。
それについては、それこそお父様に相談しなくちゃ始まらない。
「あとはゴロッソだ。彼が一番、情報を出してくれたね」
「ああ……」
ゴロッソ会長、弱いものね。私が倒したし。
『白骨夫人』のギフトが封印されているとおぼしき黒水晶を所持していた。
事前にすり替えておいたのでギフトは不発だったけどね。
何気にあの黒水晶は残っているのよね?
……いつか役に立つかしら。
なにせ、白骨夫人のギフトはおそらく偽物の死体を作って逃亡するものだ。
敵が使っても厄介だけど、味方が使うのも悪くなさそう……?
黒水晶が暴走しなければ、だけどね。
金角・銀角のように人間から引き剥がされても活動を続けるパターンもある。
基準はよくわからない。
もしかしたら存在感というか、西遊記キャラクターの格次第かも。
「ゴロッソが言うには連中は明確に『組織』として動いている。バルグリッサも、その組織の一部であるらしい。組織はこのグラムザルト王国の影で活動している」
そこまでは推測でも辿り着けるところね。
「その組織の目的は?」
「それはゴロッソが把握していなかったみたいだね」
「……まぁ、末端ですよね、彼は」
ギフテッドでもなく、黒水晶を渡されていただけの男。
まぁ、それでも信用はされている方かしら?
「ただ、わかる範囲で語らせたところ、まず王国の混乱を招くこと」
「混乱……させてからは?」
「そこが不明瞭なのだけど。混乱させた上での侵略。というより」
ヴィル様はそこで少しためらってから続けた。
「王国の掌握、そして乗っ取り。なり代わり? が目的のように思える」
「なり代わり?」
はて。
「うーん。ゴロッソ本人の思惑じゃないようだ。あくまで組織の本流の方針。それが王国に混乱を招いた上で、支配したいような印象だったらしい」
「よくそんな奴らと手を組んでいましたね。商人のくせに」
侵略されたあと、あんたのところの商売どうなると思っていたのよ。
「野心、野望、夢。漠然とそういう不確かなものが彼らの中心にある。そして、どうやらそれを夢として語りたくなるだけの中心人物がいるみたいだ」
「中心人物ですか。……私の方で遭遇した相手も『あの方』なる呼称をされている誰かがいるみたいでしたね」
うーわ。
嫌な予感しかしない。
これ、今世の人間の侵略戦争というより、西遊記世界から来た異邦者そのものが黒幕だとか、そういうパターンじゃない?
つまり、牛魔王とか、羅刹女とか、そのあたり。
そうなると孫悟空の私は確実に目をつけられるだろう。やだやだ。
「ないといいわねぇ……」
「ウキー?」
ミニ猪八戒が元気よく食事をしながら首を傾げるのだった。




