132 太陽の覇道
「あの師父、もとい聖女は、ゆくさきざきで災難にあわれる! またもや大難が降ってわいてきたわい! なんてね」
「ウキー!」
浅い川を挟んで領地戦を構える二つの伯爵家の騎士たち。
今はヴィンセント殿下が尽力し、その争いをとめているようだ。
けれど、同じく争いを止めるために尽力していたであろう聖女が誘拐されてしまった。
それもどうやら一方の伯爵家がそれを企んだと疑われているようだけど……?
「そんなことあるのかしらねぇ?」
「ウキー?」
隠身法で姿を隠しながら、地上近くを筋斗雲で飛び、良さげな着地地点を探る。
さて、ここからどうするべきか。
領地戦の行く末は殿下に任せて、私はおいしいところ、つまり聖女の救出を優先するべきか。
いや、でも徳を積みたいなら領地戦による犠牲も抑えた方が良さそうよね。
仮に三蔵法師一行が同じ状況に遭遇したなら、きっと三蔵法師は弟子たちにこの争いを止めるように言うだろう。
そして双方の伯爵家の言い分を聞き、落としどころを探ろうとする。
そんなこんなをしているうちに三蔵法師は妖怪にさらわれて、どうする、悟空!?
……というのが西遊記的なパターンよね。
西遊記なら猪八戒と沙悟浄に争いの平定を任せて、その間に孫悟空が方々を駆けまわり、黒幕を暴き出したり、本当の争いの原因を究明したり、あるいは別口の解決手段を用意するのだろう。
けど、今の私には猪八戒と沙悟浄の兄弟弟子はいない。
今からミニ猪八戒を連れてくるのも微妙なところだ。
現在、G4たちが似たような役割分担をしてどうにかしようとしている。
乙女ゲーム的にいえば、争いの前にヒロイン救出がメイン。救出した彼女が争いを止める。
西遊記的にいえば、三蔵法師枠の救出は後回しで、とにかく黒幕の妖怪を炙りだし、孫悟空と打ち合うのが定番。
二系統の物語に共通することがあるとすれば、そこには聖女を誘拐した悪者がいること。
誘拐されているんだから、そりゃあそうよね。
「争いの平定の方は殿下たちにお任せしつつ……」
さて、フィナさんの居場所はどうやって割り出したものか。
火眼金睛ではいまいち正確な位置がわからない。
この近くにいるかすら逆に不明だ。遠くの光景を視たのかもしれない。
私は着地点を探りつつ、片目だけの火眼金睛に切り替えて、ジュリアンとベネディクトに視界を飛ばす。
同じ理由で二人の正確な位置は掴めないけれど。
「ジュリアンさんは……黒犬を従えてフィナさんの捜索中ね。たぶん、いずれ見つけられるはず。ベネディクト氏は……え、こっちも捕まっている?」
「ウキ?」
フィナさんのように縄をぐるぐる巻きではないのだけど。
なんとベネディクトも拘束されている様子だ。
「何しているのよ、ヒーロー」
「ウーキー」
まぁ、乙女ゲーじゃなかったらヒーローでもなんでもないのだけど。
それにしたってね。捕まっているけど、なぜかフィナさんよりも待遇がよさそう。
どういう状況かしら?
視界の端にはチラリと何か黒衣のようなものを着た誰かが視えた。
ふぅん? これ、もしかしてこの一件の黒幕的なのと相対している?
とすると、この事件はベネディクト主役のイベントなのかも。
影操作のギフトを使うベネディクト。発信機のような真似ができたのは把握している。
他に何ができるのか知らないけれど、ギフトを駆使すれば脱出程度どうにでもできそうだ。
「あ」
「ウキ」
視界の端に黒い犬が駆けている光景を捉えた。
あれはきっとジュリアンの使い魔の一匹だろう。二匹だけの使役かと思ったけど、もっと出せたみたい。
「よし!」
「ウキ!」
私は着地点を探る代わりに、グイン! と筋斗雲を上昇させ、使い魔の黒犬のもとへ飛んでいく。
流石にこの動きには突風が巻き起こり、地上すれすれを飛んでいたためか。
「うわっ!?」
「急に風が!」
騎士たちが驚く。だけど私の姿を見つけることは誰にもできない。
あっという間に黒犬に近づけたかと思うと筋斗雲から地上に降り立ち、隠身法を解いた。
『ワゥゥ!?』
「大人しくしなさい? 黒犬ちゃん」
でないと、この如意棒でたちまち二十棒をくれてやるぞ! ウキィ!
『キャウン……』
如意棒を手元に出して、気持ち威圧をかけると、すぐに大人しくなる黒犬。
足を止めて従順にその場に伏せる。
さすが使い魔といえども野性。誰が強者かわかっているようだ。
「聖女を捜しているのよね? あの子の匂いをこちらから嗅ぎつけたのかしら?」
『キュウン』
使い魔ゆえか、私の言葉を理解し、少し頷くような仕草をしてみせる。
やはり、こちら方面にフィナさんの匂いがあるようだ。
そう離れていない場所にいるのは、この手のイベントのセオリーだもの。
最終的に聖女が出てきて争いを止めるなら、駆けつけられる距離にいるはずだ。
「身外身法!」
うなじの毛を引き抜き、息を吹きかける。すると、わらわらと姿を現す私の分身たち。
「「「「ウキー!」」」」
「ウキ!」
ミニ・マインたちの群れを出すと、私の肩に乗っていたミニ・マイン四健将がふわりと飛び出し、ミニ筋斗雲に乗って一番手前を陣取り、他のミニ・マインたちを従え、私に頭を下げた。
「ウキー」
……うん。四健将個体って、なんか私にとても下手に出てくるのよね。
花果山の猿成分が入っているせいか、ただの分身というより部下の印象だ。
「命令! この黒犬に力を借りて、聖女フィナさんを捜索して! 姿は隠すか誤魔化してね!」
「「「「ウキー!」」」」
「ウキキ!」
命令を受けて、ミニ・マイン四健将がミニ筋斗雲から、黒犬の背に飛び乗る。
『キャウゥ!』
「ウキッ!」
……なんかライダー状態になった。
そして如意棒を変化で手綱に変え、黒犬に巻きつける。
「ウキー!」
『ワン! ワン!』
ミニ四健将を背に乗せたまま駆け出す黒犬。
「「「「ウキキー!」」」」
それをミニ筋斗雲に乗って追いかけていくミニ・マインたち。
「なんか思っていたのと違う感じねぇ」
とりあえずジュリアンの使い魔の手柄は横取りにするとして。
私は川の睨み合いから少し離れた山中で如意棒を地面に突き立てる。
地脈を探り、この地の縮地ポイントを割り出しておく。
「ん、近いわね。これなら」
いざという時の脱出、または法天象地の行使のため。
事前に地脈の位置を確認しておくのは私の定石になると思う。
流石にこの一件で巨大石猿の手は借りなくていいと思いたいけど。
山中、ウロついて地脈を探し当てたところ、離れた場所から声が上がる。
孫悟空の聴覚で捉えた声は、騎士たちの動揺や驚愕を示していた。
「これは!」
「まただ! また川が黒く染まり始めたぞ!」
川が黒く……?
私は筋斗雲に乗り、もう一度空へ。
全体を見下ろせる位置につき、見てみれば、確かに川が黒く染まり始めていた。
「あれは……黒水河?」
西遊記のエピソードの一つ。
三蔵法師一行が旅の途中、泥のように黒く、波が激しい太河に遭遇する。
河を渡るため、小舟を出していた船頭に頼み、三蔵と八戒だけが小舟に乗り込んだ。
しかし、河の真ん中あたりまで進んだ時、船頭は消え、小舟ごと二人は水底へ。
これも妖怪の仕業だったのだ、という話。
妖怪の正体は『鼉潔』といい、西海龍王の親戚で、河を不法占拠した結果、妖気が河を黒く染めたということになっている。
ちなみにオチとしては、いつもの〝コネ〟での解決のため、孫悟空が鼉潔を殺したエピソードではない。
だから、ギフトの正体を見つけて破壊・吸収するという手は使えないパターンだ。
「「「「うおおおおおおッ!!」」」」
「「「「おおおおおおおッ!!」」」」
川が黒く染まったことで、両陣営の騎士たちが声を張り上げる。
どうやら事態が見えてきたわ。
これ、この地の川が時折、黒く染まるようになって、二つの領地の生活に影響が出始めている。
それがどうやら川向こうの伯爵家のせいではないかと互いにギスギスし始めた結果、領地戦も辞さないという結果に至ったのだ。
これはおそらく、どちらかの伯爵家のせいではない。
この一件には確実に黒幕がいて『鼉潔』のギフテッドか、ギフトを封印した黒水晶を有する何者かが裏にいる。
相手の家門のせいだと猛り、頭に血を昇らせている両陣営はこのままでは止められない。
止められるとすれば、あの黒く染まった川を元に戻せる存在。
「それが『聖女』のギフトで、おそらく浄化の力」
だから二つの陣営の犠牲を抑えつつ、聖女に浄化させてみせ、騎士たちを止める必要があるのだ。
ついでに黒幕も撃破なり、その正体の尻尾を掴むなりしてエピソードエンド。
「もう許せない! 我らが命の川をライアムルトから取り戻せ!」
「レーヴァデルトは聖女をかどわかしたのだ! 大義は我らにあり! 奴らから聖女を奪還せよ!」
あーあー! 黒水河が現れたことで領地戦が始まってしまった!
聖女救出が争いに間に合わないパターンだわ!
「川に影響を及ぼしているなら上流辺りに西遊記ギフテッドがいるはず!」
私は筋斗雲で急いで川を辿る。
こんなことは二つの伯爵家もすでにやっているかもしれないけど。
私はギフテッドか、黒水晶が原因だと当たりをつけている。
きっと見つけられるものも彼らとは変わるはずだ。
「急がなくちゃだわ!」
私はバビュン! と筋斗雲を飛ばす。
その後方で。
『皆、聞け! 私の名はヴィンセント・フォン・グラムザルト! この国の第一王子だ!』
ヴィンセント殿下が張り上げる声を聞いた。
この距離で、孫悟空の聴覚があるとはいえ、はっきりと?
「あれが殿下のギフトの力?」
つまり遠くにいる者にも声を届かせることができる?
絶妙にこれまでの誰のギフト能力とも被っていないわね。
『争いを止めよ、これは王子としての命だ!』
その言葉が私にまで届いた瞬間、じわりと体に広がる感覚があった。
「……これは」
急いて黒幕を如意棒で打ちつけようとしていた私の戦意が萎んでいく。
もしかして命令遵守系のギフト?
ヴィンセント殿下のギフト『太陽の覇道』の効果?
でも跳ねのけられないほどではない。絶対命令権というわけではなさそうだ。
「厄介ねぇ……」
どうしても、いずれ敵対するかもしれない相手としてG4のギフトを評価してしまう。
別に現状、敵対する必要性なんて欠片もないのだけどね?




