123 九尾の狐
「「「ウキーッ!」」」
三体のミニ・マインたちが二匹の半獣半人の敵……式神? 的な存在と打ち合う。
私は幌金縄に絡めとられて身動きが取れない。
私の背後には幽霊メイドのアンリエッタさんと伯爵家の兄妹たち。
三人は戦力として期待はできない。
ラグナ卿はエミリア嬢の護衛をしつつ、別の敵と戦闘中だろう。
「ふ……。無様ねぇ、者行孫?」
白髪の美女は、私が名乗った孫悟空の偽名を律儀に口にし、嘲り笑う。
「ふふ! 貴方の力をもっと見せてちょうだい?」
私は床に這いつくばり、女を見上げながら不敵に笑ってみせる。
「はぁ?」
「私もギフト持ちなの、わかっているかもしれないけれど。どういうギフトだと思う?」
白髪の美女はチラリと戦闘中のミニたちを見てから答える。
「……猿を生み出すギフトかしら?」
ミニ・マインを差して言っているの?
誰が猿か! ミニ・マインたちの容姿は、きちんと私の分身姿なのである。
ちなみにミニ・マインたちに尻尾は生えていない。
あくまで私の分身だからだろう。七十二変化で生やすことはできそう。
「違うわ。私のギフトはね、他人のギフトのコピーよ」
「……何?」
「証拠を見せてあげる。……幌金縄!」
私がその名を呼ぶと、私を戒めているものと同じ黄金の縄が現れる。
「なっ……!?」
この世界のギフテッドたちが、たとえ西遊記系の能力を使いこなせていたとしても、転生者の私とは大きく異なる点がある。
それが西遊記の知識だ。
彼らは孫悟空こそが物語の中心であることを知らない。
そして、なぜ幌金縄のギフトが被っているのかも。
いや、それは私もわかっているわけではないけど!
『孫悟空のギフトならば幌金縄を使えても不思議ではない』という発想が彼らにはないのだ。
だからこそ『元から使える』のではなく、コピーだと言われて幌金縄を出されては、それを信じてしまう。
それが私のアドバンテージである。
「ふふ、これを使えば貴方を捕まえ返すことができるのかしら? あら、先程の私をしめつけていた呪文をまた唱えてみてくれる? それで私がそっくりそのままコピーできるから!」
「っ……!」
私のハッタリに怯んだのか、白髪の美女は少し下がる。
そうよねぇ、自分のギフトを他人にコピーなんかされたくないわよね?
「幌金縄よ、その女を追いなさい!」
私が発生させた方の幌金縄が命令を受けて蛇のように動きだし、女へ向かう。
このくらいは聞いてくれるのよね。
でも、私を戒めている方の幌金縄ほどの力は感じられない。
やはり強力に使いこなすには呪文が必要だったのだろう。
それでも動作するのは本物ではなくギフトの産物だからだろうか。
いろいろと本家と挙動が違いそうなのがあるわよね、ギフトの能力。
「くっ……!?」
「ほらほら、私をもっと締め付けてみなさい? さっきの呪文をもう一度!」
「うるさいわよ! 円山虎! 海龍馬!」
新たに使役する式神を増やす白髪の美女。
その名もやはり平頂山で出てくる小妖の名だ。
しかし、まんまと私の術中に嵌まり、戒めの呪文を唱えることができなくなっている。
その隙さえあれば十分!
「痩身法!」
体を痩せさせる法術で締めつけられていた縄を抜ける。
本家・孫悟空が幌金縄に捕まった時、この術を使う暇さえなかったものだ。
意地でも小虫への変化を拒む私が使うのに相応しいでしょう!
やりましたぜ、悟空の兄貴! 痩身法で幌金縄からの縄抜け実績解除!
法術で簡単ダイエット! ウキキッ!
「なっ……!?」
縄抜けを済ませた私は、すぐさま元の体型に戻り、改めて如意棒を構え直して、ミニ・マインたちと戦闘中の怜悧虫へと殴りかかる。
「ウキーッ!」
ダンッ! とその腕を潰してみせる。
頭を潰しても生命判定ではなく、緊箍児は発動しないかもしれないが、一応ね。
敵は私の戒めを知らないので殺せないとは思うまい。
「見た目は恐ろしくても私の敵ではないわね!」
どの小妖も孫悟空の一棒を前に簡単に屠られる程度の相手だ。
強敵の名ではない。というか、小妖怪の使役型ギフトもあるのね。
そっちの方が驚きである。
「幌金縄をもう一度使えば、私のコピーもパワーアップして貴方を捕らえるわよ?」
「……!」
このハッタリをかましておけば、彼女の必殺技であろう幌金縄は使えまい。
「「「ウキーッ!」」」
三体のミニ・マインが増えた小妖に立ち向かう。
手足が自由になった以上、このままにしておく理由はない。
「身外身法!」
うなじの毛を新たに引き抜き、息を吹きかける。
ミニ・マインを増やし、こちらの戦力の方が多いと見せつけてやった。
「「「「ウキーッ!」」」」
「……!」
「分が悪いんじゃないかしら、二人目のベラゴート夫人? 使役できる存在も私の方が多いわ」
「……忌々しい!」
初登場時の余裕の表情もなくなり、白髪の美女が睨みつけてくる。
妖艶な美女だけあって、その睨みも迫力がある。
さて、彼女のギフトはなんだ?
金角大王か、銀角大王か。五つの宝の内、四つの宝は兄弟それぞれが使うものだから、どちらのギフトとなっているか定かではない。
それを言ったら孫悟空のギフトで使えるのも驚きだ。
とりあえず金角大王・銀角大王は、ギフトとして区別するほどの能力差はないと思う。
「貴方のギフトは『金角大王』? それとも『銀角大王』かしら? あちらで戦っているのは、その片割れ?」
「……! なぜ、その名前を……」
「さぁ、なぜかしらね?」
この名に聞き覚えあり、と。ラグナ卿と違い、己のギフト名を把握しているタイプか。
猪八戒のギフト名も割れていたし、黒水晶一派は、そういうのがわかるのか。
私が考察しながら、油断なく白髪の美女を見据えていると、彼女は急にニヤリと笑った。
「確かにその名を持つギフトはあるわ」
「そう、それが貴方でしょう?」
「いいえ?」
あれ? 違うの? でも、使役している小妖の名は完全に平頂山に出てくる連中だ。
黒水晶を振りかざす様子のないことから、彼女自身がギフテッドなのだと思う。
「私のギフトの名、貴方にわかるかしら?」
怪しく口にすると、白髪の美女がみるみると姿を変えていく。
少しだけ身長が大きくなり、毛皮を身に纏い……。
獣人化だ。敵妖怪系のギフト、特有の。
変化した彼女の姿は、白い尾が九本に耳は……狐。え? 九尾の狐?
まさか、これ、玉藻前とか、妲己とか言い出す?
ここまで西遊記縛りで……しかも、なぜ、それらが平頂山の小妖を使役……。
いや、違う! 平頂山にも九尾の狐は出てくる!
「圧竜洞九尾狐理精?」
「あら、すごいわねぇ。見破るギフトをコピーしたのかしら?」
正解なのか。
それは正式な名とは言い難い。ただ、何者かはわかる。
彼女のギフトの正体は……金角・銀角の『母親』だ。
妖怪兄弟の設定からして本物の母親とは、おそらく違う。
転生とも異なることから、実母というより義母が正しいか。
「狐阿七大王!」
狐の獣人となった白髪の女は、新たな妖怪を顕現させる。
それもまた平頂山に出てくる妖怪の名だった。
たしかに幌金縄を持っていたのは最初、金角たちではなく、その母だ。
小妖たちを使役できるのは、金角・銀角たちが根城にする一帯を統べる妖怪の長だからか。
だが、彼女自身は強敵ではなく、やはり如意棒の一棒で叩き殺せる程度の……。
「そんなに『金角大王』と『銀角大王』に会いたい?」
「は……?」
新たに呼び出された狐阿七大王を盾に、女は逃げようとする。
変化したというのにだ。
この相手だけは小妖というには少し話が違ってくる。
きちんと軍勢を率いてくる、狐理精の弟……金角たちの叔父の立場だ。
つまり、強力な式神ということになるか。
「逃げないと、貴方たちごと潰されるわよ? ふふふ」
「何を言って」
「だって会いたいのでしょう? ほら、目覚めさせてあげる」
女が獣人の足で遠ざかりながら、囁くその言葉に、ゾワリと体が震える。
その気配は私の背後から。
「……!」
勢いよく振り返る私。
「金角大王! 銀角大王! 目覚めなさい!」
その声がかけられたのは二人。
この場にいるのは限られた人数で四人だけ。
私ではない。アンリエッタさんでもないだろう。
即ち、彼女が声をかけたのは。
「あ」
「う……ぁああああああッ!」
ベラゴート家の兄妹、クラリオとロクサーヌ。
『お嬢様!? クラリオ様!』
兄妹が悲鳴とも苦痛のうめき声ともいえない叫びをあげる。
間違いなく自分の意思によるものではない、強制発動。
強烈な光。それだけでなく、次いで溢れるのは黒い煙。
黒水晶の中を埋め尽くすような、おそらくは瘴気!
「アンリエッタさん、逃げなさい! 潰されるわよ! 幽霊かもだけど! ミニたちも!」
「「「「ウキーッ!」」」」
『ですが、お嬢様たちが!』
そのお嬢様たちこそが中心なのだ。
膨れ上がる黒煙が存在感を増していき、形となる。
当然、屋敷がそれに耐えられるはずもない。
おそらくは巨体が天井を突き破り、屋敷全体を震わせる。
「くっ!」
幽霊メイドのアンリエッタさんが瓦礫に潰されることはないはずだ。
今は自分のことを考え、逃げる。
ラグナ卿とエミリア嬢がいるはずの場所からは遠いはず。
すでに戦闘中ならば、この崩壊に巻き込まれる前に引くだろう。
屋敷の一部が崩壊していく中をどうにか出ていき、すぐに私は叫ぶ。
「筋斗雲!」
黒煙と建物崩壊の土煙の中から、かつてのブラック猪八戒もかくやという異形の巨体が二つ。
「あれが金角大王と銀角大王……」
筋斗雲に乗って空から見下ろす、一本角の生えた二匹の〝鬼〟の姿。
そして、その正体は……伯爵家の兄妹、クラリオとロクサーヌだ。




