124 金角と銀角
ギフテッドたちが獣人化する時、多少の差異はあれど、まだ当人の範疇と思える大きさに収まる。
けれど、ブラック猪八戒のように明らかに別の形で顕現した存在は、その限りではない。
この金角・銀角もそうだろう。不自然な黒い体をしている。
それは、まっとうな人種として人間の肌が黒いのとは違う色合いだ。
墨で描かれた色の体。
ブラック金角とブラック銀角ね。二人の体や持ち物を調べたわけじゃないけど、黒水晶を持たされていたのだろうか。
どう考えても強制発動だったわけだが、そんなことが可能なの?
黒水晶、どういう技術なのかしら。
基本はギフトの本質たる魂の欠片のようなものを封印し、使役できるものか。
そうして奪われたギフトの本質、私にとっては西遊記の登場人物たちの魂。
それらが適合する〝体〟を手に入れるのが黒水晶一派の目的の一つ?
「神の器を探して、どうしたいのよ」
金角・銀角も元は天界の住人。
神の一種といえばそうではあるが、最終的には格が違いすぎる。
金角たちの母、九尾狐理精が使役型のギフトで平頂山の妖怪たちを呼び出し、使役するものだったのだから、もしかしたら金角・銀角も、ただの使役される式神にすぎないかも?
「相変わらず考察している余裕がある状況じゃないわよね!」
考えることはたくさんあるが、情報が足りないのはいつものこと。
ヴィルヘルムが今、ゴロッソ会長を詰めたりして情報を集めているだろう。
ここでの戦果を持ち帰り、それと突き合わせて、そろそろ黒水晶一派がいったい何なのか明かしておきたい。
私は筋斗雲で空から金角・銀角の様子を窺う。
変化したところで暴れ回る様子ではない。
クラリオ・ロクサーヌの意識は……残っていなそうだ。その方がいいだろう。
「アンリエッタさんは無事かしら」
幽霊である以上、瓦礫に潰されることはなさそう。
それより重要なのは、あの白髪の美女、狐理精を逃がさない方か。
「命令! ミニたちは九尾の彼女を捜し出して追いかけて! 見つけたら誰かが報告に!」
「「「「ウキーッ!!」」」」
ミニ・マインたちは命令に従い、一斉に散らばる。
そろそろ、敵の幹部クラスを捕獲して、一派の名前なり、目的なりを聞き出しておきたい。
そういうのは、もしかしたらG4と聖女たちがこなしているのかもしれないけど。
こうも行く先々で〝難〟に遭遇する世界観。
どう考えても聖女側の方にも事件が起きまくっていると思うのだ。
たぶん、夏季休暇の間でフィナさんが十回くらい誘拐されて元気に過ごしていると思う。
あっちで牛魔王とか、羅刹女あたりは倒しておいてもらえると嬉しいなぁ。
私が遭遇しているこの難は、推定隠しルートと見ている。
ヒロインちゃんが正規ルートを通らなかった場合に発生する系イベントだ。
さて、そのルートのヒーロー役たるラグナ卿は何をしている?
「こっちに金角・銀角がいるなら、ラグナ卿は何と戦っているのよ」
西遊記キャラを敵として配置するぞ! となった時、金角・銀角を出したら、もうそのエピソードはそれでお腹いっぱいでしょうに。
このうえ、何がいるというのだ。
私は金角・銀角の様子を見ながら、ラグナ卿がいる場所を見るため、筋斗雲で移動する。
この状況だと私が庇うべき対象がエミリア嬢しかいないので、ある意味で楽……。
いやいや、伯爵家の兄妹は救うために動くけれどね?
外付け良心ことエミリア嬢の決断を聞きたい。
流石の私も、あの兄妹を始末して事件を解決しようとは思っていないけれども。
「うわぁ、大炎上中」
筋斗雲の高度を上げ、角度をつけて見ると、屋敷の反対側は絶賛、火の海だった。
流石はラグナ卿。戦闘がいちいちド派手になりがちだ。
「火眼金睛!」
片手をおでこに据えて、筋斗雲の上から遠方を覗き見る孫悟空スタイル。
ラグナ卿はエミリア嬢を庇いつつ、屋敷から戦いやすい外へと戦場を移したようだ。
先程の轟音からそこまで時間は過ぎていないはずだから、あちらも戦闘を始めて、そこまでではない。
「何あれ」
ラグナ卿と敵対しているのは、どうやら一人ではない。
一人は……以前、想像した通り、青毛のライオンの獣人。
あれは烏鶏国で登場する国王になり代わった『青毛獅子怪』だと思われる。
となると、あの獣人の正体がベラゴート伯爵である可能性が濃厚?
輪郭が墨のような色合いということは……生来のギフテッドではなく、後付けか。
なんか普通に全員、操られているっぽいわね。
もう一人、特徴的な存在がいるが、こちらは獣人という雰囲気ではない。
ただ、その体は通常の人間のサイズではなく、身の丈三丈……九メートルほどの巨躯。
鉄兜に黒靴、大刀を手にしていて、如何にもボス格といった風情。
問題は、その巨人だけではない。
ラグナ卿とエミリア嬢を取り囲むようにして、例の魔猿たちが湧いているのだ。
つまり四面楚歌。ラグナ卿無双のお膳立てが整っている有様である。
なんだろう、あれ? わかるような、わからないような。
相変わらずだけど、私の知識は基本、文字情報なため、容姿ではわからないのだ。
ただ、猿を率いている……つまり使役型のギフトで猿を生み出している?
というのが特徴なのだろうが。
そんな敵、いたかしら?
悟空ブラック・六耳猕猴という風でもない。
耳は六つもないし、猿ではなく、ただの巨人にしか見えない。
ただの巨人ってなんなのよ。貴族令嬢にあんなもの、どうしろと?
ウキーッ! お茶会にご招待してさしあげてよ!
あら、その鎧兜、どこで仕立てたのかしら?
「ともあれ、身外身法!」
追加でうなじの毛をむしる。そろそろ私のうなじの毛が打ち止めだ。
だが、多勢に無勢の状況はひっくり返しておかなければ、エミリア嬢が危ないだろう。
ラグナ卿の心配はとくにしていない。
「命令! ラグナ卿の援護、エミリア嬢を絶対守って!」
「「「「ウキーッ!」」」」
私の援護を察知したのか、ラグナ卿は視線を向けるが、すでに戦闘中のため、返事はない。
金角・銀角の対処に手は借りられなさそうだ。
相変わらず、あっちもそっちも敵だらけの世界観。
これ、ラグナ卿を連れてきていなかったら、あの二体と加えて、金角・銀角の対処を私一人でやらなくちゃいけなかったってことよね。
というか、本来のルート? では、ラグナ卿がそれか。
むしろ二面作戦で兄妹を救出に動いたせいで、金角・銀角まで余計に現れた状況?
実はこのイベントは本来、ラグナ卿が相手にしている二体と魔猿たちだけで終わっていて、しばらくしてから金角・銀角イベントのはずだったのだ! 的な。
……私が難を引き起こしているとか言わない!
むしろ解決するべき問題が一気に判明したから、ここを乗り越えればあとで楽ができるってものよ! ウキィ!
ひとまず状況を見たあと、私は金角・銀角の方へ戻る。
「うわぁ、街に向かわせる気?」
対峙するはずの私があっという間に去ったせいで、フリーズしたままかと思いきや、金角・銀角が領主屋敷の外側へ向かおうとしている。
「そうはいかないのよ!」
完全に〝巨人化させられ、加害者にさせられる被害者〟という進撃っぷり。
元の姿に戻れる前提で、彼らを押し留める必要がある。
筋斗雲で旋回しながら動き、金角・銀角の回りを目障りになるように飛び回る。
様々な角度から火眼金睛で観察し、その様子を確かめるのだ。
『オオオオオッ!』
雄叫びを上げる銀角大王。おそらく中身はロクサーヌなのだろう。
腕を振り上げて、私を払い落そうとするが、筋斗雲の動きにはついてこられない。
「……敵として言うけれど。理性のない金角・銀角なんて、ただの悪手でしょう?」
西遊記における金角・銀角のエピソードがなぜ特徴的なのか。
それは彼らが五つの宝を用いて立ち回るからこそだ。
この二鬼を有名エピソードたらしめているのは例の〝ひょうたん〟である。
幌金縄や七星剣はそれほどでもあるまい。
同様の能力である『羊脂玉浄瓶』も日本では影が薄い。
芭蕉扇もあるが、そちらは羅刹女の方のエピソードの方が印象は強いだろう。
つまり、金角・銀角は、ひょうたん……紫金紅葫蘆あってこその強敵だ。
それには相手に呼びかけたり、こちらの呼びかけに応じなかったりする知性が大事なのだ。
それが理性のなさそうな、ただの巨人に変えられても、孫悟空にとって脅威とは言い難い。
「とはいえ、救出のためにどうするか!」
筋斗雲で飛び回り、敵の攻撃を掻い潜りながら、観察を続ける。
いや、私の雲捌きもずいぶんと上達したものだ。
立ったまま筋斗雲を乗り回し、ぐねぐね飛び回ってもなんのその。
そんなことを言っている場合ではないけれど!
ヘイトを私にひきつけ、二鬼が街へ向かわないように立ち回る。
如意棒を構えるが、はたして打ちつけていいものか。
私の法天象地のように巨人の中に本体があるタイプならいい。
でも、あの体がそのままロクサーヌたちの体だとしたら……。
「これは確かに聖女が必要ね……」
倒すだけなら簡単なのだ。私やラグナ卿なら。
だが、それでは救うべき相手を救う手段が見えない。
結界・浄化・治癒。それらこそ今、本当に必要な能力に思える。
もしかしたら、この場に聖女がいたなら浄化によって、金角たちの体をロクサーヌたちから剥ぎ取れるかもしれない。
体を四方八方から観察してみるが、黒水晶らしきキラキラが見えない。
どうして? 確かに人間の姿の時には見たわけではないけれど。
巨体の奥にありすぎて、そこまで光が届かないのか。
「それこそ、ひょうたんで吸い取るわけにもいかないし……」
あれは、ひょうたんに入れた敵を〝溶かして殺す〟道具なのだ。
救出対象に使うようなものではない。
「仕方ない! 顔とお腹は狙わないから本体に傷がいくとしても我慢しなさいよ!」
ちょっと性差別みたいで申し訳ないけど、クラリオだと思われる金角から倒そう。
それで情報を引き出す。
あの巨躯を傷つけたところで本体にダメージがいかなければ、それでよし。
傷が本体にいくようなら……また考える。
できるだけ時間が経てば治るような、そんな外傷だけ済ませて倒す!
私は筋斗雲を旋回させて、金角の足元へ向けて速度を上げた。




