122 幌金縄
「不法侵入。しかも、伯爵家の血筋の者を家から誘拐? 貴方が平民だったら極刑ね」
ごもっともな指摘である。相手がまっとうな人間ならだが。
「責任者は訪れた男爵家の娘かしら? ラウゼン家を訴えさせてもらうわ」
扉の前に立つのは白髪の妖艶な美女が一人。
屈強な護衛を連れてきている様子ではない。
先程の轟音からラグナ卿は戦闘を始めたようだ。
本筋の流れを考えると、エミリア嬢とラグナ卿がいる、あっちがメインストーリー。
その間に裏で伯爵家兄妹を移動させる敵勢力がこの女か。
人質として確保したいのかしら。
「何か誤解があるようですわね」
「誤解? この状況で?」
「ええ。だって私、こちらのベラゴート伯爵家嫡男、クラリオ・ベラゴート様とその妹君、ロクサーヌ嬢と友人なんですもの。今回はお二人に招かれて屋敷に入っただけでしてよ」
「……勝手に入った、の間違いでしょう?」
「いいえ? 堂々と扉から入ってまいりました。クラリオ様たちにも歓迎されていましてよ?」
「そんなはずがないでしょう」
「ふふ、どうして? 彼ら二人は伯爵家の兄妹。この家で自由に振る舞っても咎められる筋合いはないわ。それに今、使用人たちも出払っているでしょう? だからクラリオ様たちが堂々と私たちを、正式に迎え入れてくださったの。正式な客人に対して無礼な物言いをするなんて、貴方はなんて躾けがなっていないのかしら? そんなことでは社交界でやっていけなくてよ」
ちなみに私は正式な社交界デビューはまだよ!
前世でそんな経験があるわけもない。
「……減らず口を」
「クラリオ様、彼女はいったい何者かしら?」
美女を無視してクラリオに話しかける。
もちろん油断する気はない。
というか、この部屋には普通にミニ・マイン三体が出たままだ。
幽霊メイドのアンリエッタさんも姿を隠していない。
それを見て悲鳴を上げたり、動揺したりするなら可愛いものを。
まるで動じないその様子が余計にあやしい。
「……後妻です。父の後妻」
「あらまぁ」
そんな典型的な役回りなことあるのねぇ。
人の変わった伯爵が、夫人を追い出して迎えた後妻?
「ふ……。わかったようね? この子たちを盾に正当性を訴えようとしても私は、」
「如意棒!」
私は美女の言葉を遮り、如意棒を取り出す。
部屋の物や兄妹に当たらないように気を配りつつ、ブンブンと振り回してみせた。
「我は者行孫! 正体を現したお前から、伯爵を操る黒水晶を奪うか、破壊しに参った!」
突然の名乗りと見栄切りに美女は流石に言葉を失う。
貴族よろしく悠長に言葉の投げ合いに興じると思った?
残念! すでにラグナ卿が暴れているので、もはや私たちは強盗である。
この上は、正義を示すには伯爵家兄妹の保護だけでなく、洗脳か、なり代わりを証明するより他はないのだ。
開き直って先手で襲いかかるべし!
「黒水晶をいただくわよ!」
「ふざけたことを!」
ひとまず襲いかかってみて、相手の出方を窺う。
ギフテッドか、黒水晶による召喚を行うなら、それを使ってくるだろう。
正体を見極めなければ。ラグナ卿もかくやの暴挙だ。
「ウキーッ!」
「うきぃ!?」
私の掛け声に驚くあたり、ちょっと常識的かしら!
こちらの方が非常識である。やっていることは賊だ。
「くっ!」
一応、即座に打ち倒すのではなく、きちんと相手が避けられるように遅く振り下ろす。
打つ手があるなら使ってくるか、逃げるならそれはそれでアリ。
こちらも一旦、兄妹を外に連れ出すことができる。
パン! と美女は手を打ち鳴らす。猫騙し?
「──幌金縄!」
……は?
突如、現れた黄金の蛇のようなものが私の体に纏わりつく。
これは!?
「緊縛呪!」
「わっ……」
美女の口から聞き取りにくい呪文のようなものが囁かれる。
黄金の蛇、否。黄金の縄は、私にまとわりつくだけでなく、強く締めつけてくる。
「うぐっ!?」
逃げ出す隙もなく、黄金の縄が私の体を強く締めつけてくる。
苦しいぐらいに。
私が使った時とは大きく異なる性能。
そうだった。幌金縄をきちんと使うには正しい呪文が必要なのだ。
そして、孫悟空はその呪文を知らないまま、エピソードが終わった。
即ち、ギフトで出せたところで、私も孫悟空も幌金縄の真価を発揮できない。
それよりこいつのギフトは、まさか。
「口ほどにもなさそうねぇ、者行孫? 変な名前だけれど、私も同じような名の者たちを使役できるわ」
「ミニたち! この女を捕まえなさい! 幌金縄を私に使っている間は、貴方たちには使えないわ!」
「「「ウキーッ!」」」
既に出ている三体のミニ・マインが私の指示に従い、襲いかかる。
「精細鬼、怜悧虫」
だが、美女が繰り出したのは、どこか異形な、獣が混じった人のような存在。
私がミニ・マインを出すような感じで小妖を召喚できるギフト?
ジュリアンさんが黒犬を召喚したみたいなアレだ。
「「「ウキーッ!」」」
現れた二体の半獣半人の小妖。しかし、その名には聞き覚えがある。
それに幌金縄を使用した。
間違いなく平頂山エピソードに出てくる敵のギフト。
平頂山とは……妖怪の兄弟、金角大王・銀角大王が出てくる舞台。
西遊記を語る中で、牛魔王をさしおいて最も有名なかもしれない敵たちの話だ。




